ごみ――星宮花織

 いつもより早く起きた朝。教室のドアを開けようと引手に手をかけると、がさがさと音がした。もう誰か来ているんだな、と思いながらそっとドアを開ける。


 そこには、自分の机の上や机の中、椅子の上に置かれたごみや紙くずをごみ箱に捨てる柴田さんの姿があった。


 どういうこと? なんであんなにごみが?


 私が呆然としていると、不意に彼女が振り向いた。柴田さんは、驚いたように目を見開く。


「柴田さん、おはよ」


 私が柴田さんに笑いかけると、彼女は「おはようございます」と小さな声で返してくれた。


「……ごみ、どうしたの?」


 首を傾げると、柴田さんが「えっと……」と気まずそうにごみに目を向け、それからまた私に視線を戻す。


「ち、散らかしちゃって……。あ、自分で」


 私は「そうなの? 大変だね」と目を見開くものの、最後の『自分で』が不自然だったな、と頭で思った。


「私も手伝うよ」


 そう言って、スクールバッグを自分の机の上に置いてから柴田さんに近づきごみを捨て始める。


――あの日から、怪しいとは思っていた。


 なんで、机の上を教科書や本などで隠していたんだろう? なんで、なくなってしまった上履きがごみ箱の中にあったんだろう?


 ずっと、疑問に思っていた。


 なにかあるんだな、など、大変な目にあったんだな、などと思って、私は事を終わらせていた。

 でも今回は、そんな簡単に終わらせられない。


 もしかしたら。私の憶測だけど。

 柴田さんは、誰かにいじめられているんじゃないか。


「ねえ、柴田さん」


 私は恐る恐る、口を開いた。


「はい……?」

「柴田さんって……いじめられてるの?」


 そう言うと、ごみや紙くずを拾っていた柴田さんが硬直した。

 私は「ご、ごめん!」と慌てて謝る。


「失礼だったよね、ごめんね」

「いえ……」


 柴田さんは小さく首を振り、俯きながらこちらを向いた。


「えっと、わ、私は……」


 震えた声で話そうとしている彼女を静かに待つ。


「実は――」


 その瞬間、教室のドアが勢いよく開いた。


「あ、花梨。おはよう」


 そこには、ひらひらと手を振る春がいた。


「って、そのごみどうしたの?」


 春が目を見開いた。


「柴田さんがごみ箱をひっくり返しちゃったらしくて。片付けを手伝ってるの」

「そうなの? 私も手伝うよ」


 春がこちらに近づいてきて、ごみを拾い始める。柴田さんは困ったように私と春のことを見ていたが、またごみを拾い始めた。


 結局、彼女の言葉の続きを聞くことはできなかった。

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