【光射す未来へ:グランツ編】7





 何て事だ。





 起きて、グランツは片手に顔を埋めるような形で頭を抱えた。

 まだ夜は明けていない薄暗い部屋で、グランツは隣に眠るユイカの寝顔を見て、一気に酔いが覚める。


 一糸纏わぬ男女の間に何があったのかは、一目瞭然で、なおかつ、思い返せばかなり鮮明に、その事も覚えている。

 あれほど、今まで理性的に振る舞っていたのに、ぶち壊しも良いところだ。

 しかも…。

 グランツはシーツを捲り、更に項垂れ、それをもう一度シーツで隠した。


「……………………。」


 そもそも、昨日の夜、悪酔いした事から始まったのだ。





 魔物討伐から第二騎士団が帰還したと聞いて、久しぶりに飲みに行こうとカインを誘ったのはグランツだった。

 行きつけの店に行くと、いつもの通りに麦酒から飲み始め、葡萄酒を空け、ウィスキーをロックで空けたのは覚えている。

 普段はあまり酔わないのだが、昨晩は何故か良く酒が利いた。

 酔いが回ったせいで余計なことも口にした。

 あの夜、ユイカにいだいた気持ちとか、そういうものだ。


「一度触れたら、きっと止まれない」

「…」

「いけないと思うのに、触れたくて仕方がない、こんなことは初めてだ」


 カイン相手には素直に何でも言えてしまう。

 幼馴染み故だろう。

 一口、ウィスキーを煽って、カインは至極真面目な顔で言った。


「何で触れたらいけないんだ?」

「カイン?」

「グランツ」


 カインは黒曜石のような瞳で真っ直ぐにグランツを見つめた。


「逃げる為の理由を探すな」


 真っ直ぐすぎる視線をかわして、グランツは酒を煽る。


「逃げ、か。そうだな。そうかもしれない」


 あの日ヴァルミオンに軽く指摘された通り、格好悪い自分を見せたくないだけだ。

 本当は嫉妬深く、狭量で、余裕などない、みっともない自分を知られたくないだけかもしれない。


「みっともないな、俺は」

「人を好きになると言うのはそう言うものなのだろう?」

「知らん。こんな気持ちは初めてなんだ」


 するとカインは柔らかく微笑んだ。


「そうか」


 それからどれだけ飲んだかは覚えていない。

 頭がぐるぐると回って、カインがそろそろ帰るぞと支えてくれたのを覚えている。

 店から出る手前で、ユイカに触れる殿下を見て頭に血が上った事も、そこからユイカを連れ出したことも思い出した。


 それから、至近距離にあるユイカの体温が堪らなくて離れたのに、ユイカは離れようとしなくて、あんな顔であんなことを言うから、それがまるで許しのように聞こえて、つい。


 そう。つい。

 貪るように口付けてしまった。


 大通りではない路地で人通りも少ないこともあって、苦しそうに喘いでも止めることが出来ずに、長い口づけは恐ろしく淫らなものだった。


 脳裏に、やけに鮮明にリップ音が思い出されて、グランツは再び深く項垂れる。


 おそらく経験が乏しく、たどたどしい答え方のユイカの反応を無理矢理飲み込むように、強く抱き締めて逃がさなかった。

 息も上手に出来なくて立てなくなってしまったユイカを抱き上げて、そのまま狭い路地に連れ込まなかっただけ、まだ理性があったと思う。

 ただ横に宿屋があったのがいけなかった。

 どうやってフロントで受け付けて部屋まで行ったか、あまり覚えていない。

 覚えていないくらい性急だったと言うことだ。


「なんて、みっともない」


 呟いてグランツは顔を上げて部屋を見回す。

 調度品やら部屋の大きさやらがやたらと豪奢で美しい。

 一番良い部屋を。

 記憶の向こうでそう言ったような気がする。

 安宿なんかではなかったことがグランツの心を少しだけ救った。


「………」


 指の隙間からユイカの顔を見て、そして目を閉じる。







「グランツ、あの、グランツ、私…」


 何かを言い掛けたユイカの言葉も聞かずにむしろ言葉を塞いで、そしてやけにふかふかなベッドに自分の体重ごとその背を埋めた。


「ユイカ、触れても、構わないか?」


 散々、深いキスをしておいて何を言っているのだろう。

 これでユイカが嫌だと言ったら、とんだ不埒者だ。


「…」


 ユイカは黒目がちな目を瞬かせて、そして不意に微笑んだ。

 微笑んで両手をグランツに伸ばすと両の頬に触れて、少し身を起こして、ぎこちなく触れるだけのキスをした。


 それからあまり覚えていない。

 無我夢中で彼女を、貪った。

 それは覚えている。


 苦しそうに顔を歪め、破瓜の痛みを堪えるように縋って付けられた背中の細かい傷が、まるでグランツを責めているように感じて嘆息した。


 そうだユイカは眠っていると言うより、意識を失ったのだ。

 労らなくてはいけない行為であったはずなのに、勢いで無理をさせてしまった。

 しかも、何度も。


「はぁ………」


 もっとちゃんとエスコートして、もっとちゃんとした場所で、もっと大切に、彼女の中で綺麗な想い出になるようにと、そう思っていたのに。

 シーツの血痕にまで責められている気がして、思わず隠してしまった。


 しかし、どうしようもない罪悪感に襲われるのと同時に、思い返せば返すほど鮮明になっていく記憶に、嬉しさも込み上げてくる。

 最初、どうして良いか分からないといった様子で唇を噛み締めていたユイカは、思わず声を上げた。

 恥ずかしさの混ざった嬌声は、最初は控えめで、でも回数を重ねるごとに本人の意思とは違うところで自然になっていくのが分かった。

 それが愛おしくて堪らず、いつまでも聞いていたくて、つい止まれず何度も何度も。


「…ごめん」


 自分は存外我が儘で、独占欲も強く、嫉妬深く、業も深い。

 だからもう、この腕から離してやれない。


 眠るユイカの髪を撫で、ベッドの軋む音を立てないように静かに顔を寄せると、こめかみに口付ける。

 そしてそっとグランツは湯浴みをしにベッドから離れた。




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