【光射す未来へ:グランツ編】6
浄化から王都に帰還して何日か経った夕刻、エミリーも居なくなったユイカの部屋の戸を叩く者があった。
「はーい」
扉を開くと、いかにも今から遊びに行きますと云わんばかりの出で立ちの、レイシャルトが立っていた。
「よぉ」
「今から街に行くの?」
「ああ。ヴァルと落ち合うんだけど、たまにはお前もどうかなと思って誘いに来てやった」
ユイカはじぃっとレイシャルトを見上げた。
俺様な物言いのくせに、案外と人の気持ちを大事のする王子さまは、急にどうしたのだろうと思ったのだ。
「なんだよ」
「最近誘ってくれなかったのに、どうしたの?」
グランツの手前遠慮していた、とは言いにくい。レイシャルトはエメラルドの美しい瞳を明後日の方へ向けた。
「母上が、お前に元気がないと言っていたから気晴らしにどうかと思っただけだ。嫌なら良いんだぜ。ただの気まぐれだし、断られても気にしないしな」
これは本当の事だ。
だから堂々と良い放つレイシャルトにユイカは思わず破顔した。
「レイは口悪いけど優しいよね」
「…行くのか行かないのか、どっちだよ」
誉められてるのに憮然とする辺りもレイシャルトっぽい。
好感度の低いレイシャルトなら逆に笑顔満載で切り返されるのだろうが、気を許している証拠だと思うとなんだか嬉しく感じるのだった。
「行く!」
ヴァルレイ眺めるのも久しぶりだし、目を潤しに行こう。
夜の王都の繁華街は相変わらず活気に満ちていて、相変わらず顔馴染みに声を掛けられてはレイシャルトはそれを交わして店へを向かった。
「よ、レイ。ああ、お嬢ちゃんも一緒か」
先に店に来ていたヴァルが軽く手を上げる。
「悪い、遅くなったな」
「いや。そんなに待ってないさ。何、飲む?」
「麦酒」
「レイは麦酒な。お嬢ちゃんは?」
「私も麦酒」
「おい、あと一週間くらい我慢しろよ」
「ああ、お嬢ちゃんもあと一週間で二十歳か」
「一週間くらい良いじゃない」
「お前なあ…」
ユイカにとったら、二年近くの禁酒なのだ。
そろそろ喉を潤したいアラサー魂だ。
「グランツ辺りにまた怒られるぜ」
ヴァルミオンに言われて、以前グランツに怒られたことを思い出して、ついついクスリと笑ってしまう。
「嫌なこと言うなよ」
「別に冗談じゃねえよ。今日は二階にグランツとカインが来てるぜ?」
言いながらヴァルミオンは親指を立てて、階段の上をひょいと差した。
「大分前から二人で飲んでるみたいだから、大分出来上がってるんじゃねえかな」
出来上がってるグラカイ。
わ~、見たい!
と思う反面、レイと夜に来たことをグランツがどう思うのだろうか。と罪悪感めいたものが過るのとのは同時で、ユイカは天井を見上げる。
「お嬢ちゃん、上に行きたかったら席を替えるぜ?」
「え、いやー…」
レイシャルトは提案したヴァルミオンをチラッと見て、椅子に座ると、次に腕を組んで立ったままのユイカを見上げた。
「お前さ、グランツにはお前からはっきり言った方がいいぞ」
「な、何を?」
「アイツは言い寄られるばっかりで、自分から人を好きになったことのない奴だからな。どうせ建前ばかりで動けないんだろ」
「そりゃあ、そうかもしれないが、経験のないお嬢ちゃんには難易度高い話だよな」
「でも…」
ユイカが何かを言い掛けた時、階段の方からガタガタと音がして、三人の意識は途端にそちらに向いた。
「おい、大丈夫か?」
カインに支えられてグランツが階段から降りて来るところだ。
「大丈夫だ」
声音こそはっきりしているが意識が朦朧としているように見える。
「グラ…」
ユイカが二人の方へ行こうと足を向けた瞬間、レイシャルトの手がユイカ腕を掴んで止めた。
止めて、レイシャルトはグランツにエメラルドの瞳を向けた。
それをグランツの碧い眼が受け止める。
「お前がアイツとその先を望まないなら、オレがもらってやる。オレはお前が誰を好きでも構わない」
「レイ…っ」
「殿下」
ユイカの非難めいた声と、グランツがカインの腕を振り払ってこちらに来て、ユイカの腕を掴むレイシャルトの手首を掴むのが重なる。
「手を放せ」
レイシャルトの声は王族のそれで、グランツは「失礼致しました」と形ばかりを口にして手を放したが、眼差しが非難の色を宿していた。
「ユイカ、今日はグランツと帰れ。酔っていても女を送るくらいは出来るだろう?」
「当たり前です」
カインが心配そうにグランツを見たが、ヴァルミオンが苦笑して首を横に振る。
「カインは俺達に付き合えよ」
「しかし」
「良いから良いから」
グランツはユイカの肩を抱いて店の出入口へと促した。
「それでは」
「あ、カイン。ちゃんとグランツを送るから心配しないでね」
かなり酔っているなあと感じたユイカは、「俺が送るんだよ」と言うグランツの言葉を無視して、カインにそう言うとグランツと共に店を出た。
その後ろ姿を見送って、ヴァルミオンは苦笑する。
「レイ、良いのか?」
「何の事だ」
「人の良い王子様だな」
「何を言ってるか分からねえな、今夜は飲むぞ」
レイシャルトはフンと鼻で笑うと、葡萄酒を一本注文した。
店を出て馬車を拾おうと路地に出たところで、グランツは通りの壁に手をついて額を片手で覆った。
「グランツ!」
慌てて覗き込むようにユイカは体を支える。
「大丈夫だ。だから、離れて…」
「そんな、駄目だよ。肩に掴まって」
「そういう、事じゃない」
はぁっとグランツ息を吐いた。
「キツいんだ。今、近付かれたら、何をするか…」
我慢の利かない酔った思考で、我慢のタガが外れてしまいそうなこんな状況で、至近距離で彼女を感じたら、何をしでかすか分からない。
それなのに、ユイカは至極優しく微笑んで肩を貸してくれたまま、グランツを見上げた。
「グランツに何されても、私、大丈夫だよ」
グラリとグランツの目の前が歪んだ。
精神的なものなのか、実質的なものなのか分からないその歪みは、グランツの理性を奪うのには十分なもので、グランツは噛みつくようにユイカの唇を、奪った。
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