【光射す未来へ:グランツ編】4
その夜、眠れずにユイカは夜着のままの格好で中庭を歩いた。
王宮が無人になることはないが、時間も時間で警備の者以外、寝静まって静かだ。
ゲームでのグランツとお話する場所である東屋のベンチに腰掛けて、はあっと息を吐き出した。
顔を上げたユイカの頬に夜風が柔らかに当たって気持ちがいい。
この世界に来て、一年くらい掛かって魔王を倒し、それから半年いつの間にかユイカは十九歳になり、あと半年とちょっともしたら二十歳だ。
「早いなあ…」
元の世界で三十歳に近づくほど年々、月日が経つのが早いと感じたけれど、それとは少し違う感覚だ。
長くも感じた一年くらいが、夢中で過ごしていたせいで気付いたら早かったみたいな感じだ。
世界樹が救われて、急に時間ができたせいで色んな事を考える余裕ができてしまった。
グランツがずっとユイカに想いを向けてくれている事を、ユイカも分かっていた。
でもそれは、ゲームの特性上当然の事なのだ。
そう、聖なる乙女に守護者が恋をするのは当然の事。
ユイカがそれ以上に踏み込めば簡単に恋愛に発展する。
世界樹を救うまで、ユイカの目的は元の世界に帰ることで、その為に皆になるべく平等に、皆に等しく好かれるために振る舞い、お陰で個別に恋愛ルートに入ることはなく、その日を迎えられた。
しかしゲームとは違う結末を迎え、結末の先にはユイカの『これから』が続いていた。
それは本当に先の分からない未来であって、ユイカの本当の意味でのこの世界での生が始まったのだ。
私、グランツの事が好き?
本当は三十歳プラス一年半くらいの人生経験。しかし恋愛経験値はほとんど無い。
そのせいか良く分からない。
恋愛経験があったらもっと色々分かるものだろうか。
いや、もしかしたら三十歳の自分が邪魔をしているのかもしれない。
本当にこの体の年齢の自分だったら、勢いだけで色々決めれたのかもしれないけれど、余計なことまで考えたり見えてしまったりするのだから。
じゃあ勢いでグランツの気持ちに答えても良いの?
果たしてそれで良いのだろうか。
グランツにだって選ぶ権利はあるわけで、ゲームのアルゴリズムに乗っかったような恋愛で良いはずがない。
もっとふさわしい相手が居るかもしれないのに。
ここはゲームとは違うと思う反面、やっぱりゲームの世界観の中なのだという思いも抜けなくて、ユイカの中では葛藤だらけだ。
それに、グランツにドキドキしてしまうのも、単に好みだってだけで恋とは違うかもしれない。
カインとグランツが一緒にいるところを見たらドキドキするし、レイとグランツが一緒にいるところを見てもドキドキするし、そう言うところも見ていたいし、好みだなあって思う男性が近くにいたら普通にドキドキするものよね。
それに、元の世界に帰れないと分かった途端に恋愛に気持ちが向くだなんて、なんだか自分が現金な人間な気がして嫌な気分になるのだ。
「ユイカ!」
切羽詰まった様な響きを持った呼び掛けに、顔にクエスチョンマークを浮かべて、ユイカは声の方に顔を向けた。
「グランツ?」
少し息を切らした様なグランツの様子にユイカは不思議そうに笑った。
「どうしたの、そんなに慌てて」
「どうしたじゃない」
グランツは東屋の中まで入ってくると、ベンチに座るユイカの目線に合わせて腰を折って両肩を掴んだ。
「こんな時間に一人で、こんな暗い場所に居るなんて危ないだろう?」
「そんな、王宮の中だもん、警備の人もいるし大丈夫だよ」
「警備の人間も、ただの男だ」
グランツはため息混じりに言いながら上着を脱ぐと、いわゆるネグリジェ姿のユイカの肩に羽織らせた。
「そんな格好で出歩いてはいけない」
「ワンピースと変わらないじゃない」
「少なくとも俺は、ユイカの寝着姿を誰にも見せたくない」
グランツは片手をユイカに差し出した。
それを取ると引っ張りあげられてユイカは立ち上がる。
「部屋まで送るよ」
「あ、うん、…っわ!」
進もうとしてネグリジェの裾を踏んでしまって、ユイカはそのままグランツの胸に顔から突っ込んだ。
「あわわ、ごめんっ」
あれ、これってこの前と同じ感じだなあ。
そう思って顔を上げると、この前と同じ様にグランツの碧い眼と視線がぶつかる。
夜のせいかこの前より深い色をしていて、目が離せずにその瞳に映る王宮のランプの揺らめきを見ていた。
「あ…」
何を言おうと言うのか。
ユイカは浅く口を開いて言葉を止めた。
言葉をなくして訪れた沈黙が二人を覆う。
グランツの片手のひらがユイカの頬を包んで、ユイカは目を閉じて、訪れる何かを期待した。
しかし、期待した何も起こらずに、
「送ろう」
グランツの声が聞こえてユイカは目蓋を開いた。
グランツは、一瞬抱き止めた腕に力を込めて、そして、困った様に笑ってグランツはそっとユイカの体を放した。
部屋まで送られてユイカは閉じられた扉に凭れて、そのまま床にすとんと座り込んだ。
そして両手で口許を覆った。
キス、して欲しかった。
してくれると、思った。
そんなことを思うだなんて。
ユイカはそのまま膝を抱えた。
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