【光射す未来へ:グランツ編】3
そうだ。
残念だ、と…そう思ったんだ。
その事に気付いてユイカはティーカップを置いて頭を抱えた。
「ユイカ様?」
エミリーの不思議そうな問いかけもユイカの耳に届かず、今度は顔を両手で覆う。
残念って、何を期待したというの?
そして顔を両手で覆ったまま天を仰いだ。
ステラが部屋にやって来てユイカの様子を見て首を横に傾ける。
「まあ、ユイカ様は何をなさっているの?」
「グランツ様と帰ってきてからこんな様子なんです」
エミリーの言葉を聞くなり、ステラは慌てた様子でユイカの両肩をわしっと掴んだ。
「まさか、グランツに何かされたのではないでしょうね!」
「ス、ステラ様!何も、何もないです!」
そう何もないのだ。
それが残念…ってなんで残念。
「それなら良くってよ」
全く油断も隙もない。
ステラは愛らしい顔を怒りから緩めた。
「そんな、グランツは優しい人だから何も心配ないですよ」
笑って言うユイカにステラはじとーっと碧い双眸を細めて見返した。
「グランツが優しいだなんて、あの腹黒に騙されていますわ」
…腹黒。
「あんな誰にでも優しい笑顔で、自分の気持ちを隠してそつなく接することが出来るなんて、腹黒以外の何者でもありませんわ」
まあ、確かに、言われてみればそうですが。
ユイカが見てきたグランツは、怒りもするし、レイシャルトに説教もするし、ヴァルミオンに掴み掛かったりもする、笑顔以外も随分見てきたので、ステラの言うところの腹黒は感じていなかった。
「あの性格は父上から譲り受けたのですわね、きっと!」
「そうだとしても、グランツは私に何かしたりしないですよ」
「ユイカ様はグランツの手の早さを知らないのですわ!」
手が、早い…。
想像がつかない。
ゲームでもグランツは最後の最後のキスイベントまでヒロインにキス一つしないキャラだった。
ちなみにキスシーンが一番多かったのはレイシャルトだが、最後まで致してしまう手の早さはヴァルミオンで、ユイカにとって手が早いと言うイメージはその二人である。
「そうなんですか?」
「ええ!あれは私が十八歳グランツが十三歳の頃でしたわ」
ステラは明後日の方を向いて語りだす。
確かあの時は社交シーズンで、私が手を出そ…ごほんごほん…仲良くしていたお友達を王都の我が家にお招きしましたの。
私は夜中のパジャマパーティーと称して口説き落とそうと…じゃなくて、パジャマで夜通しのお喋りを楽しもうと思っていたのに、彼女はいっこうに私の部屋に来ないものですから、疲れて休んだのだろうと思っていたのですわ。
ところが!
朝、彼女はあろうことか、グランツの部屋から出てきたのです!
乱れた格好で!
聞けばグランツに一目惚れをした彼女が迫ったそうなのですが、それを良いことにあの弟は…!
わたくしが狙ってると知りながら…!じゃなくて、私の友人と知りながら!
しかも憤慨するわたくしに、グランツは言ったのです。
姉上、彼女に不名誉にならないようにこの事は内密にお願いしますよ。
どうやら彼女には婚約者がいるようですしね。…ああ、安心してください、彼女は初めてではありませんでした。
姉上も婚約者のいる人に手は出さないようにしてくださいね。
おそらく十三歳のグランツの物真似をしてステラは笑顔から一呼吸置いた。
「
「そ、そうなんですね」
「ですから、良いですこと?ユイカ様もお気をつけあそばしてよ」
「あ、はい…」
あの紳士なグランツが、そっかぁ…。
そりゃあ二十六、七歳の良い大人なんだし、それなりに経験はあるよね。
って言うか、あの見た目で無い方がおかしい気もするし。
でも十三歳って、早熟だなあ…。
私なんかアラサーになっても、なんにも無かったしなぁ…。
「でもまあグランツも、きっともう父上から逃げられませんわね」
「何かあったんですか?」
「世界樹の件も落ち着きましたでしょ?ですから父上はグランツに縁談を勧めてましてよ」
縁談。ってお見合いとか、だよね。
「グランツは頑なに逃げ回っていましたけれど、先日父上は半年だけ待つから覚悟を決めろと期限を切ったのですわ」
そっか、侯爵家の跡取りなんだから、そう言うことも当然だよね。
「根が真面目な子ですもの、きっと覚悟を決めてましてね」
――――覚悟、か…。
乙女ゲームの恋愛みたいに、お互い好きだったらエンディングはハッピーです。みたいな簡単なことではないのだろう。
現実には、貴族であるグランツにとって恋愛とか結婚とかと言うのは、家同士の事であったり、家の未来を担うものであったりと、大変重たいものなのだ。
「やっぱりゲームとは違うんだな」
「ユイカ様?」
ユイカの小さな呟きに首を傾げるステラに苦笑して「なんでもない」とユイカは言うのだった。
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