【光射す未来へ:グランツ編】2





 なんだ、普通の女の子だ。



 第一印象はその一言に尽きる。

 聖なる乙女の肖像みたいなのは、ほとんどが後光が差しているような神々しい美女なものだから、少しそういうのを期待していたせいだろう。、などという感想になってしまったのは。


 あの日、世界樹の森へ行ったのは王子の替わりだった。


 虹の結晶が乙女の出現に反応していると、結晶を管理する官吏に言われ、国王陛下は王子二人に世界樹の森へ行くように命じた。

 そもそも世界樹の森は、王族か聖なる乙女しか正気を保っていられないような場所なのだ。それ故に王族が王族で有り得るのだが。

 そういった理由から、王は当然王子二人に乙女のお迎えを命じたわけだ。


 素直に頷いたアシェルとは別に、グランツの仕える第一王子であるレイシャルトは「承知致しました、父上」と立ち上がった瞬間、ぐらりと立ち眩みを起こして、今しがたまで座っていた椅子の背もたれに掴まった。


「少し、目眩が…。グランツ…」


 レイシャルトはたおやかとでも取れるような仕草でグランツを呼んだ。


「…っは」


 グランツは内心仕方なくレイシャルトの側まで行くと、自分より細い身体を支えた。

 仮病を使っているレイシャルトを支えるのは慣れっこだ。


「ああ、グランツ。いつもすまない」


 見る者は皆魅了される柔和な笑顔をレイシャルトはグランツに向けて、その肩に少し顔を寄せ、


「ダリぃ、お前が行ってくれ」

「…」


 小さく耳打ちをするとにっこりと微笑んだ。

 普通なら破壊力のある微笑みだろうが、長年仕えているグランツにとっては嘘臭くて仕方がない。


「私の加護をお前に与える」


 レイシャルトは指先でそっと額に触れた。

 暖かな魔力が流れてくるのをグランツは感じた。


「私の替わりに聖なる乙女を迎えてくれるね」


 レイシャルトはこの上なく綺麗に微笑んだ。

 この不良王子が。

 というグランツの心の声は誰にも聞こえるはずもなく、


「承知しました」


 結局グランツはカインと騎士数人を伴ったアシェルと共に世界樹の森へと赴き、ユイカと出会った。


 ユイカと名乗った少女の行動は、グランツが出会った事のある他の女の子とは少し違っていた。

 森で初めて会った時には、何か訳の分からないことを言って昏倒するし、目が覚めたら、自分のことをおばさんなどと言い出すから、どう見ても5つは年下の少女の妙な謙遜に吹き出すしかなかった。


 グランツは女性にはモテるほうだ。

 しかしそんなグランツに見向きするどころか、目の前でよだれも垂れていそうな勢いで大の字になって眠りこけるし、化粧して着飾ることもしないし、隣にいるグランツなどそっちのけで修練場で鍛練をしている騎士たちを嬉しそうに眺めているし、とにかく今まで出会ったどの令嬢たちとも違っていた。


 そんな中、バンダルでの事件が起こり、グランツは風変わりな少女に抱いた興味が、いつの間にか男としての執着に代わっていることに気づいてしまった。


 聖なる乙女としての力を自覚した結歌が不安と共に漏らした「帰りたい」と言う本音が、グランツの心を揺らした。




 ――――ユイカが、帰る。




 帰る方法があったら帰りたいよな、などと同調めいたことを優しく口にしてみたものの、そう思ったら急に焦った。

 焦って衝動的に抱き寄せた腕の中の彼女を離したくないと、グランツはそう思ってしまった。


 そして守護者が次々と集まっていき、グランツのユイカへの気持ちはまるで糠に釘、暖簾に腕押しとでも表現するかのように伝わらず、


《守護者はみ~んな乙女を好きになるもんなんだよ!》


 風の精霊・ヴァンが言ったように守護者の皆が結歌の周りに取り巻いた。

 しかし皆がユイカを大切に想いながらも、魔王を退けたあの日から今まで、いまだ誰もが乙女と六人の守護者の関係でしかない。




《いい加減、何か変化はないものかしら》


 光の精霊・キララは姿を現すと、口を開けて眠っているユイカの顔の横に、ちょこんと品よく座った。


《この子、本当に鈍いですわね》

「そこが良いと思うんだけどね」


 言いながらグランツは眠るユイカの頬をそっと撫でた。

 そして半身だけ覆いかぶさるとグランツは顔を寄せ、ユイカの額に唇を寄せた。


《っま!》


 キララは羽の扇で顔を隠すと、ポンっとグランツの中に姿を消した。





「っは!」


 しまった、眠ってしまった!

 勢いよく起き上がってユイカは涎を手の甲で拭った。


「相変わらず、君は俺をまったく男として意識してないな」


 くすくすとグランツが笑うのに、ユイカは渋面して膝を抱えた。


「そんなこと、ないんだけど…」


 ああ、恥ずかしい。

 涎垂らして大の字で眠りこけるなんて、女らしさの欠片もないじゃない。

 グランツが笑うのも当然だ。


「本当にそんなことない?」

「だって、私は…っ」


 私は…。

 え?

 何?


 ユイカは言いかけて戸惑った。

 私はなんだと言いかけたのか。

 ユイカはグランツから目を逸らして、心にはない当たり障りのないことを探して口にした。


「グランツがお兄さんみたいで安心してるのかも」

「そうか」


 グランツは爽やかに笑って立ち上がると、ユイカに片手を差し出した。

 その手を掴んでユイカは立ち上がる。

 立ち上がったら、グランツはユイカをぐっと引っ張って、その反動でユイカはグランツの胸に顔をぶつける形になった。


「わっ」


 グランツの見かけより逞しい腕が、ユイカの背中を包むように回されて、その腕の中でユイカは顔を上げた。


「グランツ?」


 ユイカの瞳に飛び込んで来たのは、グランツの困ったような笑顔だ。


「俺はいつまで君のお兄さん?」


「グランツ?」


 見上げたユイカの頬にグランツの手が添えられて、吸い込まれそうなほど透明感のある碧い眼と見つめ合う。


 時間が一瞬止まったかのように感じた、一瞬。


「なんてね」


 その一瞬をグランツが笑って目を逸らして終わりを告げる。


「乗馬は今度にしようか」

「…うん」

「部屋まで送ろう」


 グランツがユイカから離れて歩きだす。

 ユイカはどこか物足りなげにその背中をを見て、追いかけるように歩きだした。







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