グランツ編【光射す未来へ】

【光射す未来へ:グランツ編】1




 剣の稽古ならカインよりグランツに頼んだ方が良い。

 グランツにとって女性が剣を握ることは別に特別なことじゃない。



 レイシャルトがそう言った通り、剣を教えてほしいと言ったユイカの言葉に、何の躊躇いもなくグランツは頷いてくれた。

 シュトラール家の女性たちのことを考えてみれば、納得と言えば納得だ。 


 つい半年ほど前、魔王を退け世界樹が新たに芽を出して生まれ変わり、元の世界に帰ることができなくなったユイカは、くよくよしていても状況が変わるわけがないと思い立ち、この世界で生きていく覚悟を決めた。

 覚悟を決めて始めたことは、仕事をすること、この世界で生きていくために必要な力をつけることだ。


 もちろん聖なる乙女として国から生活の保障はされているが、ニートでいるのもなんだか居心地が悪い。

 仕事としては好きなことを思い切りやろうと考えて、目下、王妃様とエミリーとステラとで小説の出版に向けて活動中だ。

 エドアルドのおかげで印刷技術も飛躍的に向上しており、このままいけば、出版社めいた仕事が成り立ちそうである。

 生活の保障ができている中でやる腐活動なのだから、タダ働き上等!の心意気である。


 また、この世界で生きていくために、ユイカは乗馬と剣を覚えることにした。

 馬に乗れることは生活の足として必要なことだし、いつまでも守護者の誰かに送り迎えをしてもらっていては悪い。

 剣は前々から自分の身くらい守れなければ、一人でどこにも行けないと思ったからだ。


 今日もユイカの部屋で、腐女子四人そろって構想を練っていたところ、グランツがユイカを呼びにやってきた。


「まあ、ユイカ様ったら、剣など持たなくてもわたくしが守って差し上げますのに」


 かわいらしく唇をすぼめてユイカの両手をきゅっと握るステラは、こんなに華奢でかわいいのに、暴漢をも投げ捨てれるくらいに強い。


「グランツなど放っておいて、わたくしと、この続きのお話を楽しみましょう」


 そして、ステラの好みはユイカのような少女だった。


「姉上、ユイカは俺との約束が先ですから」

「あらいやだ、姉を差し置いてユイカ様を独り占めしようだなんてイヤラシイ」

「イヤラ…、いえ姉上、剣と乗馬の訓練ですよ、どこにいやらしさがあると言うのか」

「だいたい、わたくしの好みと貴方の好みは結構被っているのですわ。そのせいで我が家に私がせっかく招いて遊びに来る可愛いたちは皆、貴方を好きになってしまうし、貴方もまんざらじゃないものだから、いつだってわたくしが損をするのだわ」

「………姉上…」

「それにグランツ、父上から…」


 何かを言いかけたステラを遮るようにして、髪を一つに束ねてスボン姿に着替えたユイカは、


「グランツ、お待たせ」


と、元気よく隣の衣裳部屋から出てきた。


「まあ、そんな少年ぽいお姿も素敵ですわね」


 ステラは目を輝かせると、何やら鉛筆をキャンパスに走らせた。


「行こうか」

「お願いします、先生」


 ユイカはグランツについて中庭に向かった。






「随分と上達したね」


 木剣を手に息が上がるユイカに、グランツはそう言ってくれた。

 汗を手の甲で拭ってグランツを見上げる。

 いつもより簡素な軽装で、一目でプライベートなのだと分かるグランツは、飾り気のない服でもなんだかスタイリッシュだ。


「でもグランツは汗一つ掻いてないし」

「それはまあ、仕方ないさ」


 最初に会った頃に昼寝をした、中庭にある東屋の横の芝生にユイカは休憩とばかりに寝転んだ。

 その隣にグランツが座る。


 思えばグランツ攻略ルートに入ると、ヒロインはよくこの東屋でグランツとお茶をする。

 繰り返しグランツに会いに行くを選択すると大概ここに来るのだ。

 そして繰り返し会うことで好感度は上がる。


 ちなみに、ゲームで最初に攻略したキャラであるグランツは、ユイカにとって好みでしかない。


 顔も好み。

 声も好み。

 ルックスも好み。

 性格も良い。

 優しくて、仕事もできて、頭も良くて、運動神経も良くて、家柄も良い。

 非の打ち所のない男性なのだ。


 好みの男性に優しくされれば、つい交流を持ってしまうのは当たり前で、しかも剣と乗馬を教えてもらっている事もあり、一応の結末を迎えてからこの半年、ほとんどグランツと一緒にいた。

 居心地が良くて、まるで攻略のためにキャラを選択するみたいに、ついついグランツと一緒に過ごしてしまった。


 ゲームの特性上、聖なる乙女と交流を持てば持つほど好感度は上がるはずで、ゲームのアルゴリズムのままであれば、グランツの好感度はますます上がっているに違いないのだが、当のグランツがユイカに何か迫ってくるとかそういう事はなかった。

 今、東屋の中でお茶をするではなく、外で寝転んでいるところを見ると、ゲームほど都合良く好感度など上がりはしないのだろうか、やはりゲームとは違うのだと、ユイカはそう思った。


「それに、俺より剣が上達してしまったら、俺がユイカを守れないしね」

「良いじゃない、それでも。私がグランツを守る日がくるのも近いかもね!」

「うーん、それは遠慮したいな」


 今日はどの騎士団も訓練がないのか、中庭の向こうの修練場も静かだし、中庭にも人気がない。

 お蔭でゆっくりと休憩ができそうだと思い、そう言えば最初の時もこうやって寝転がったっけなあとユイカはのんきに思った。

 あの時はすっかり昼寝してしまって…。

 そう思った瞬間、急激な眠気がユイカを襲った。


「ユイカ、明日は乗馬の…」


 グランツは言いかけて、小さな寝息が聞こえてきて横を見た。

 すっかり昼寝を始めてしまったユイカに思わず苦笑する。


「君はいつも俺の前でよく眠ってしまう」


 最初の時もそうだった。

 ここで大の字になって寝転んだユイカを思い出してグランツはふわりと笑った。






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