チューニングはまだ
泉樹柑菜
第1話
「お前」
そうとだけ書かれた紙を渡して奴はどこかへ行った。事の発端は、奴に好きな人がいるということが判明したことだった。
奴、宮下優は私の幼馴染だ。隣の家に住んでいて、小中はもちろん、なぜか高校まで同じというまさに腐れ縁というやつだ。そして部活も中学の時から同じの吹奏楽部。私はアルトサックス、優はテナーサックス。
おそらく一日の半分は一緒に過ごしている。
そしてある日の放課後、当たり前のように私たちは一緒に帰っていた。
「切実に彼氏がほしいー!」
ほぼ口癖になっているこの言葉を叫びながら私と優は駅まで歩いていた。
「お前いつもそんなこと言ってるけど、好きなやついるの?」
「い、いる、と言ったら嘘になるかなー」
私はそう答えて右上を見上げた。
「彼氏ほしいならまずは好きなやつ作らないとだろ」
優は呆れたように言った。ムカつく・・・・・・。優に言われると余計にムカつく・・・・・・そう思いながら優を睨みつけた。
「上から言ってくるけど、優は好きな人いるわけ?」
「いるよ」
一瞬思考が完全に停止した。思わず立ち止まる。
「えぇー!!」
「なんだよ、うるさいな」
優はいつも通り少しダルそうに言った。え? この優に好きな人?
「だれ!」
「お前になんか教えねーよ、絶対言いふらすだろ」
「えー」
ただしここで引き下がらないのが私!
「じゃあイニシャルだけ!」
「無理」
「クラスは!」
「無理」
「部活は!」
「絶っっっっ対に何も教えない」
そうこうしているうちに駅に着いた。もちろん電車の中でも攻める。
「教えろ!」
小声で言いながら優の脇腹をつつき続ける。それでも優は口を開こうとしない。
結局優は、下校中好きな人について何も漏らさなかった。余程バレたくないらしい。
それでも私の攻撃は止まらない。教えろというLINEを毎日20通は送ったし、部活でも学校の行き帰りでも質問攻め。
そんな日々が続いて3日、優の顔に疲れが見えてきていた。そろそろ降参かなと、私は心の中でほくそ笑んだ。
そして4日目の放課後、私は授業後すぐに音楽室に向かった。今日合奏すると言われていた部分で練習をしておきたいところがあったのだ。
早すぎて誰もいない音楽室で早速楽器を出してチューニングをしていると、優が音楽室に入ってきた。いつもクールでポーカーフェイスの優にしては顔が少し赤く、決まりの悪そうな表情を浮かべていた。
「よっ、ところで好きな人だれ?」
私はもはや挨拶と化してしまった言葉を言う。優は何も言わずにズカズカとこちらにやってきた。そして、何も言わずに私の譜面台の上に小さく折りたたまれたメモ用紙を置いた。
「何、これ」
私の質問にも答えず、優は急いでいるように音楽室を出ていった。
「何なのあいつ・・・・・・」
思わず、そう小さな声で呟きながらメモ用紙を開いた。そこには男子の字にしては綺麗に整った時でたった二文字。
「お前」
それから十分ほど経つと徐々に部員が集まってきた。後少しで合奏が始まってしまう。それでも私は、チューニングさえまともにできずにいた。
合奏が始まる直前になって優は音楽室に入ってきた。そして、定位置である私の隣の席に座る。
いつもはふざけ合ったりしている、合奏中も優の方を見られないでいた。まるで、優が幼馴染のよく知っている優ではなく違う男の子に感じられた。
自分の心臓がうるさくて、リズムを上手く合わせられなかった。
チューニングはまだ 泉樹柑菜 @kanna_mizuki
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