第13話 魅力クリーニング

とある日の打ち合わせ。


「なんが、尚筆さん結婚したらしいですねぇ」


「へー、そうだったのか」


「ところでぇ、先生は結婚とか交際とか興味ないんですかぁ?」


「んー、あんまり興味ないなぁ」


「先生はまだ若いからいいですけどぉ、取り返しがつかなくなる前に捕まえといた方がいいですよぉ」


「余計なお世話だね」


「今ムキになりましたぁ?」


「なってないよ、変なこと言うな」


「あとぉ、尚筆さんが結婚式に参加しないか聞いてくれって言ってましたけど」


「行かないと答えておいてくれ」


「やっぱりムキになってませんかぁ?」


「だからなってない、そもそもそう言う集まりは嫌いなんだ」


「じゃあそういうことにしておいてあげますねぇ」


打ち合わせが終わり、普段はあまり気にせずに生きているがどうしても将来結婚していない人生を想像してしまう。


実際結婚しなかったとしても、楽しく生きていく自信はあるが、やはり結婚した方がいいかもしれないと言う考えも頭をよぎる。


悶々としながら歩いていると、突然お婆さんから話しかけられる。


「あんた、随分と魅力がないねぇ」


いきなりなんだと思ったが、腕を引っ張られるようにして何かの店の中に連れて行かれる。


「あの、なんですか?」


「あんた、よく見ると顔は悪くないけどねぇ、普段の人相とか服から出てる魅力が全部台無しにしてるよ」


「はぁ、それで?」


「だから特別にその服をクリーニングしてやろうと思ってね」


「いや、別にいいですけど」


「そんなこと言うんじゃないよ、私がクリーニングするって言うのがどれだけ幸運なことか少しは考えな」


そう言って無理やり服を剥がされ、店の奥に持って行かれた。


「ちょっと・・・」


「しばらくそこでお待ち、すぐできるから」


「・・・はぁ」


外はコート無しではかなり寒く、このまま帰る気にもなれなかったので仕方なく待つことにした。


数分後


「はい、出来たよ」


そう言ってお婆さんは僕のコートを持って来た。


見たところ、特段変わったような様子はない。


「まぁ、試しに着てみな」


僕はコートを羽織る。


「うん、だいぶいい男になったね、これなら心配ないよ」


「そうですか、どうも」


僕はとりあえずお礼を言って店を出た。


「効果は一日だけだから気をつけるんだよ」


そんなことを言われたが、適当に流した。


しかし、少し人通りの多いところを歩き始めると、違和感に気づいた。


道を通る女性の目線が僕に集まっているのだ。


自意識過剰かと思うかもしれないが、たまたま向かいの人をチラ見とかそう言うレベルじゃなくて、めちゃくちゃガン見されている。


僕は気まずくなって走って帰ろうとすると、いきなり一人の女性に呼び止められた。


「あの、今って時間あります?」


正直、このまま断って帰りたかったが、顔がかなりドンピシャの好みだったため、断るのは何か勿体無いと思って、僕は誘いに乗ることにした。


「大丈夫ですよ」


「本当ですか!じゃあそこのお店で少し・・・」


そう言って、僕は彼女と近くのカフェに入った。


「この辺に住んでるんですか?」


「いや、この辺といえば少し遠いかなぁ」


「どこですか?」


「北岩ノ口の方だよ」


「へー!そうなんですね」


聞かれたことに答えるだけの恐ろしくつまらない会話にも関わらず、彼女はとても楽しそうに話を聞く。


コーヒーと軽いランチを食べながら話を続ける。


「その、なんで僕なんかに話しかけて来たんですか?」


「え、なんか、一目惚れ、かな」


「一目惚れ、ですか」


砂糖を入れていないコーヒーを飲んでも今なら甘く感じそうなくらい、甘ったるい空気が流れていたが、僕は不思議と幸せだった。


これが恋なのだろうかとも思ったし、やはり人生にはこんな感じで一緒にいるだけで幸せと思えるような人と結ばれるべきなんだろうかとも思った。


「それでこの後もどこか行きませんか?」


彼女にそう言われ、僕は迷わずOKした。


カフェを後にすると、二人で近くの服屋に入った。


服を買いに来るのなんていつぶりだろうか、そんなことをしみじみ考えていると、試着室から彼女が出て来た。


「似合ってますか?」


「あぁ、すごく似合ってるよ」


「ふふ、嬉しい」


服は最低限必要な分あればいいと思っているし、何かが必要になっても時間をかけずに買い物を済ませるタイプだったが、今の時間だけはどこまででも続いてほしいと思ってしまった。


その後は、近くにある他の服屋でも色々な商品を見て吟味し、服の購入を終えた頃にはすっかり夜になってしまった。


「すいませんこんなに付き合わせちゃって」


「いや、いいんです、すごく楽しい時間でしたから」


「ほ、本当ですか?」


「もちろん、嘘なんてつきませんよ」


「も、もし、この後もよかったら、このままディナーを食べに行きませんか?」


「もちろんいいですよ、行きましょう」


そして、ドラマとかでプロポーズをしている感じのオシャレなお店で彼女とディナーを楽しんだ。


二人でご飯を食べていると、近くの席の男性が彼女の方にプロポーズを申し込んでいた。


結果はうまく行き、周りのお客全員で祝福した。


「本当にこう言うのってあるんだね」


「そうなんですねぇ、私たちもいつか、いや、なんでもないです、ふふっ」


「・・・・・・あの、よかったらこの後も少し付き合ってもらえますか?」


「え・・・はい、もちろん」


僕が人生でこんなことをするのはもちろん初めてで、正直心臓が弾けそうだった。


ディナーの後、彼女と共にお城みたいなホテルに入ってチェックインをし、お互い少し辿々しくなりながらも部屋に入った。


そして、シャワーを浴びようとコートを脱いだ瞬間。


「え・・・」


「ん、どうしたんですか?」


「なんで私こんな人と・・・」


困惑気味になりなっている彼女にどうしたのか近づこうとすると、すいませんと謝られながら部屋を出ていってしまった。


追いかけようか悩んだが、この幸せムードで忘れかけていた今日のあの出来事を思い出した。


「もしかして、あのお婆さんが言ってたことって本当だったのか!?」


あのお婆さんがのクリーニングによって、僕の魅力が引き上げられていたことにも驚いたが、それ以上に元の自分の魅力のなさを痛感してベッドに力無く倒れ込んでしまった。


とりあえずシャワーを浴びてホテルで一泊した。


次の日ホテルから家に帰る時、またあのクリーニング店を探したが、見つけることはできなかった。


落胆して家に着いて、一言だけ。


「僕に結婚は無理か・・・」


普段お酒はあまり飲まない方だが、少しだけ買ってこようかなと思った。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る