第7話 並行世界で何度も
原稿を提出した翌日。
特に予定もなかった僕は、行き先も決めずにバスに乗り込み、どこか適当な場所で降りて散歩をすることにした。
しばらく住宅街を進むと、どこか寂れた雰囲気の漂う場所へ着いた。
古い団地住宅で、隣接した公園の遊具も錆びてどこか寂しい雰囲気だ。
僕は公園のベンチに座り、少し息をつく。
ボーッとしていると、団地の一階の端の部屋のドアがガチャリと開き、僕は視線をその方向へと伸ばす。
そこには、その部屋から出てきた住人と合わせて三人の老人がいて、ここまで聞こえるくらい大きな声で話をしている。
「なんか、今日隣の部屋が騒がしいのよ」
「え、あなたの隣って空き部屋じゃないの?」
「そうなのよ!だから空き巣なんじゃないかって怖くて怖くて」
「警察に相談した方が良いんじゃないの?」
「そうね、今から交番いきましょうか」
そう言って三人ほどの老人集団は公園から出て行った。
空き巣だとしたら目の前でその話をしたら逃げるだろうと思った。
しかし、しばらく経ってもその部屋から誰かが出てくる気配はない。
「今僕が行ったら、空き巣犯は完全に僕だが、少しだけ調べてみるか」
先ほど老人がいた部屋の隣のドアを静かに開ける。
ドアが開き、その後にびっくりしたのか人の声がした。
「誰だ?空き巣か?あいにく僕は警察じゃあないから安心しろ」
そう言うと、部屋から一人の男が出てきた。
年齢は結構若そうな好青年って感じだが、どこか仙人のような風格を感じるオーラがある。
「君、ここで何してるんだ?」
「なんでここに警察以外が・・・?」
僕の質問を無視して彼は何か事情ありげな独り言を呟く。
「おい、何か事情がありげだが、僕にはなんのことかさっぱりわからないから説明してくれ」
「あ、分かりました」
青年は思ったよりも冷静な僕に面食らっているようだが、淡々と自分の身辺について語り始めた。
「僕はずっとパラレルワールドを歩いているんです」
「どう言うことかといえば、毎日起きると、曜日は今日なんですけど、同じ日をループしてるって言うよりは違う世界のこの日を練り歩いているんです」
「この団地が取り壊されて目新しい綺麗なマンションの時もあれば、そもそも団地だけ取り壊されて起きたら外なんてこともありました」
「ふーん、なるほどね」
「でも、団地とかマンションの時はいつも空き部屋から物音がすると言われて警察が来るんですよ、なのになぜ今回はあなたが?」
「まぁ、なんというか僕も複雑な事情もちなんだ」
そう言って僕は自身の生い立ちを端折って説明した。
「平安時代から、そんなことがあるんですね?」
お互い事情あり同士なため、彼も話の飲み込みが早かった。
「つまり、あなたが現代に転生した世界線に僕は今迷い込んでるからこうして出会えてるんですね」
「あぁ、大方そういう事だろうね」
「なんか、僕嬉しいです、こうやって違うパターンに迷い込むのは久しぶりなので」
「そうかい、でもこれから数え切れないぐらい別の世界の僕に会うんだろう?」
「まぁそうですけど、なんかあなたとは気が合いそうですから」
「訳あり人間という面ではお似合いだね」
それにしてもこんな奴がいたのか、仙人みたいなオーラはあながち間違いじゃあなかったな。
同じ日を考えれないくらい渡り歩いていたら精神的に参ってしまいそうなのに、彼はもうそんな領域を過ぎ去ったのだろうか。
「君、食べ物はどうしているんだ?」
「あぁ、前の世界のものでもこのバッグに入れて置いたものはそのまま持っていけるみたいなので、別の世界に飛ばされる時間のギリギリに店の食べ物とかを少し拝借してます」
「だからこの並行世界は全部一日遅れてるんじゃないかなと考えてます、ループしてたらバッグに入れてたお金とかも復活するはずですからね」
「なるほどね、面白い考えだ」
思いもよらぬ場所でいい取材ができたなと思っていると、玄関のドアを勢いよく開ける音がした。
「警察だ!誰かいるのなら大人しく身を投函しろ」
「あ、来ちゃいましたね」
「僕だけなら良いですけど、あなたはどうするんですか」
「そうだな・・・」
一応の解決策を思いついたが、あまりにもひどいものなので他の解決策を考えた。
「・・・どうしようか」
「おい、声がしたぞ!聞こえているなら早く身を投函しろ」
「・・・仕方ない」
どうしても思いつかないため僕は苦汁の決断をした。
「君、お土産にこのお札をやる」
そう言って、普段何のために持ち歩いているお札をバッグに捩じ込んだ。
「え、なんのお札ですかこれ?」
「それは次の世界の僕との会話のネタにしてそのときに聞いてくれ」
彼の襟首を掴んで、半ば強引に彼を廊下へ引き摺り出す。
青年をいきなり部屋から引き摺り出した僕を見て警察が警戒する。
「お、お前、それは人質か?今すぐ離しなさい!」
「違います、僕はたまたま公園で一休みしていたらそこのご婦人方の空き巣の話を聞いて、逃げてしまう前に捕まえようとしたのです」
彼は思わず顔をキョトンとさせた。
僕はそんな彼に耳打ちする。
「君、明日には警察からもこの世界からも逃れられるんだろ、だからここは一つ頼んだぞ」
「え、えー・・・まぁ、仕方ないですね」
警察に彼を引き渡し、僕もむちゃはしないようにと少しだけ注意をされて事なきを得た。
翌日
「彼、大丈夫だろうか」
きっと今頃、また違う世界の僕と会っているのだろう。
「あのお札を見せれば、きっと前の世界でも僕に会っていることを信用してもらえるだろうし、別の世界の僕はまたなにか次の世界の自分との話のネタになる何かを渡したり、平安時代の話でもしてやっているだろう」
「僕の存在する並列世界の間ぐらいは楽しんでほしいものだな」
紅茶を啜りながら、彼のことを思った。
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