第8話 世界一周タクシー

僕は焦っていた。


理由は明白で、寝坊してしまったために打ち合わせの時間に遅れてしまいそうなのだ。


落ち着かない様子でしばらく待っていると、電話で呼んだタクシーがやってきた。


「すまないが、出来るだけ早く駅近くまで頼む」


「・・・・・・」


運転手は何も答えることなく車を出し始めた。


何かおかしいなとは思ったが、時間が間に合うか間に合わないか気が気ではなかったのでそこまで気にしてはいなかった。


しかし、そこからタクシーが駅とは全く違う方向に進んでいることが周りの風景から分かってきた。


「僕は駅に行きたいって言ったんだぞ、おい?聞いてるのか」


そう問いかけると、やっと運転手の男は口を開いた。


「そう急ぐ必要はありませんよ、今はそう、特別な時間とでも思ってくれればいいです」


全く返答になってない答えに苛立ち、少し強い口調で言い返そうと思ったが、運転手がスピードを速めながらガードレールの方へと突っ込もうとしているのがわかり、急いで静止しようとした。


「おい!?海に飛び込もうとしてるのか?」


「はは、まさかそんなわけ」


男は軽く笑って流しているが、明らかに止まる気などなく海に一直線でタクシーは走っている。


止まれと言いかけたが、時すでに遅く、ガードレールを飛び越えて車は海に向かった。


「・・・え?」


タクシーは決して海に落ちることもなく、なぜか空をそのまま走り続けている。


「ほら、眺めがいいでしょう」


運転手がそう言いながら、斜め下に見える広大な海を指差して笑う。


「お前は一体何者なんだ?」


「タクシー運転手ではないですけどね、決して悪い事をしているものではないです」


男は語気を強くして問いかける僕に動じることもなく意味深な答えだけを放ってみせる。


空の上から逃げ出すことなんて到底叶うわけもないので、僕は諦めてこの謎の男とのドライブを受け入れることにし、男を目一杯問い詰めてみることにした。


「タクシー運転手ではないならなんで今日僕が呼んだタクシーの電話できたんだ?」


「んー、あなたが選ばれたってところですかねぇ」


「そうか、それじゃあ普段の仕事について教えてくれ」


「普段ですか、まぁこんな感じで誰かを乗せて気ままにドライブしたりしてるだけですけど、年に一度だけ大仕事があるので残りが有給でも許されるとは思ってますよ」


「そうかい、それでその大仕事ってのは何のことなんだい?」


「それは最後の目的地までのお楽しみですね」


「分かるならいいが、ドライブの相席に選ばれるのには理由とかあるのかい?」


「いや、完全にランダムですね」


「それはタクシーに電話した人間に限るとかあったりする?」


「いや、それ以外でも誰かに書いた手紙とかそういう何かと何かを繋ぐものを使った人間からランダムに選んでますよ」 


「なるほどねぇ」


とりあえず素性を暴くために幾つか質問をしたが分かったのは何処かには向かっていることと、僕がここにいるのは意図的でなく他にも同じ経験をした人間がいるということ、そして目的地があるということだ。


正直、目一杯追求してやろうとしたが、あまりにこの男の素性が不透明であるためこれ以上追求することがない。


「もう質問は終わりですか?」


僕がいきなり黙り込んだ事を見透かすように男が聞いてくる。


「あー、じゃあ好きな食べ物は?」


「私の好物はキャセロールですかね」


「キャセロール、聞いた事ないな?」


「そうでしたか、キャセロールっていうのは炒めたニンジンとかご飯にバターと砂糖を入れてオーブンで焼く料理ですよ」


「チーズとかを入れるとなお良しですかねぇ」


「そうか、じゃあ趣味なんかはあるのかい?」


「強いていえばドライブですかね」


「・・・・・・」


「別に無理して質問にしなくてもいいんですよ、他愛ない世間話でも悩みでもなんでもいいんです」


また黙り込んだ僕を見て男が言う。


「・・・この状況が強いていえば悩みと言ったらどうする?」


「んー、そこは我慢してもらうしかないですねぇ」


「この車、私が運転してるわけじゃなくて決まったコースを自動で走ってるんでね」


確かによく見てみると、男はハンドルも握らずに腕を組んで海を見下ろしていた。


「毎日同じコースで飽きないのかい?」


「まぁ、自然ってのは同じ場所でも違うものが見えますからねぇ」


「こんなに広大な自然を見渡しながらの運転だし確かにそうか」


「前なんかは鯨を見かけましたよ」


「こんなに遠くから見てもすっごく大きくてびっくりしてしまいました」


そこからはしばらく沈黙だったが、大事な事を聞き忘れていたため僕はまた質問をした。


「そういえば、目的地があるなんて言ってたがそれはどこなんだい?」


「秘密です、でもすごくいい場所ですよ」


「じゃあ、目的についた後僕はどうなるのか教えてくれないか」


「それも秘密ですかね、怪しいかもしれませんけど決して悪い結末は待ってないから安心してください」


男はそう言うが、怪しまれたくないならここまで隠す必要はない、やはり警戒した方がいいのだろうか。


「じゃあその目的地って何は後どれくらいで着くんだい?」


「んー、このペースで行くとざっと四日ぐらいですかね」


「なんだって!?」


「まぁ、大丈夫ですよ、食べ物も飲み物もちゃんとありますから」


「そう言う事を言っているんではないんだがなぁ」


「ちなみに、ここでの時間の進みは少し特殊なので実はもう三日ぐらい走ってますよ」


「なんだと?」


さっきから新しい謎が目白押しで押し寄せてきて、僕は何事か理解するのにかなりの時間を要した。


「でもほら、三日丸ごとたったにしては体が臭くないでしょう?」


いきなりそう言われて思わず服の匂いを嗅いでみたが、確かに三日間お風呂に入ってないと言う感じではなく普通だった。


「その辺の対策も完璧ですから、後四日程のドライブをゆっくりと楽しんでくださいね」


「なんだかさっきから微妙に話が噛み合ってない気がするが、僕はそんな事を言いたいんじゃなくてだね・・・」


「まぁ、固いことは気にしないでくださいよ」


男は僕の疑問の雨霰をを静止するように適当に受け流す。


そこまで適当にあしらわれてしまうのであればと僕も半ば諦めて外の景色を眺め始めた。


「それで、なんか食べます?」


車内が静寂に包まれた中、男が初めて自分から話しかけてきた。


「一応食べなくても大丈夫ですけど、口寂しいとかあれば飴とかキャンディーなんかありますけど」


「いや、とりあえずいいかな」


「そうですか、欲しくなったらいつでも声かけてくださいね」


それからは特に話すこともなく、時間だけが過ぎていった。


「そろそろ着きますかね」


男がそう言うと、タクシーが少しづつ下降し始めた。


しばらくすると、タクシーはさっきまで浮いていた事が嘘だったかのように普通に道路を走り始めた。


だが、周りを見渡す限り外国人だらけで、このタクシーが日本から空を飛んでどこかの国まで来た事がわかった。


二時間後


「着きました」


男がそう言って、タクシーを止める。


「ここは確か、ロヴァニエミだったか?」


「そうですよ、私はここに住んでいるんです」


そう言って男はタクシーを止めた隣にある家を指差した。


降りてくださいと言われ、そのまま男と一緒にタクシーから降りて僕は家へと招かれた。


「夕飯の支度ができていますからね、手を洗ったらテーブルで待っていてください」


そう言われ、手を洗った後に椅子に座って待っていると、男はすぐに料理を持ってきた。


「ほら、これが私の言ってたキャセロールです、おいしそうでしよ?」


確かに美味しそうだが、僕はそれ以上にこのスピードで料理が運ばれてきた事に疑問を抱いた。


辺りを見渡す限り、他にこの家に住人がいる様子はない。


疑問は拭えなかったが、冷める前にと言われてそのまま美味しく料理をいただいてシャワーも浴びさせてもらった。


「あの、いつ帰れるんですか?」


「明日ですね、二階の一番手前の部屋にあなたのベッドを用意しておいたのでそこで今日はゆっくり休んでください」


「一週間の長旅お疲れ様でした、おやすみなさい」


彼はそう言い残して、皿の後片付けを始めてしまった。


明日帰してもらえるならいいかと思い、僕は上の部屋で久しぶりに横になる事ができた。


ふかふかのベッドでぐっすり眠っていると、ベルの音がした後に大きな光に目の前が包まれて僕は目を覚ました。


「ここは・・・家の前?」


気づいたら僕は家の前に戻ってきていた。


さっきまで夢か幻覚を見ていたのかとスマホを確認したが、見た限り曜日が一週間進んでいたのであれが気のせいでないことだけは分かる。


「なんだったんだ・・・」


僕は呆気に取られていたが、打ち合わせのことを思い出して焦ってスマホを解除して連絡しようとした。


「やっぱり打ち合わせの日に連絡が来てるが・・・これは?」


すいません、打ち合わせの予定日一週間ずれ込んでましたぁ、なので打ち合わせ来週です。


「あいつ・・・」


僕は思わず彼女の名前を叫んでしまいそうになったが、その怒りをグッと抑えた。


「まぁ、遅刻にならなかったからいいか・・・ん、一週間後?」


「それって今日じゃないか!」


慌ててスマホの時間を見ると、先週同様遅刻ギリギリだった。


「まずいまずいまずい」


そう思っていると、なぜか家の前にタクシーが来た。


「はい、予約のお客さんどちらまで?」


そう聞かれて、今回はあの男ではないことと、そしてきっとこのタクシーは先週読んだはずのタクシーである事を理解した。


僕は急いで乗り込んで駅まで向かい、いつも打ち合わせを行うカフェへと走って向かって何とか間に合った。


打ち合わせを終わらせて帰路の途中、タクシーの中でふと男の正体について考えた。


「もしかしたら、あれってサンタクロースだったのか?」


真相の真意は定かではないが、今年のクリスマスはツリーを家に飾ろうと思った。

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