第6.5話 元輿、サザエを食べに行く
「くそ、昨日の夕食で出てくれれば完璧だったのに」
昨日の出来事もあってサザエを食べたかった僕は、帰る前までには食べたいと思ったが、まさかこのホテルの夕食でサザエが出ないとは。
「仕方ない、帰るまでになんとしてでも食べなければ!」
朝食を食べ終え、船酔いから解放された彼女の要望は無視してサザエの壺焼きの店を探す旅へと足を繰り出した。
「ちょっとぉ、水族館行きたいんですけどぉ」
「水族館なんてどこのを見ても魚が泳いでるだけだろ、美味しいサザエは産地だから味わえるんだ、今回は我慢しろ」
せっかく旅行に来たのに当日は船酔い、今日は関係ないところで時間を潰すというところでは不便だと思わなくもないが、そもそも僕と一緒に行くのを決めたのは彼女だからそこに慈悲はない。
「やっと着いた・・・」
最寄でもこの距離間、流石北海道といったところだ。
「あ、そこで壷焼きしてますよぉ」
僕はまっすぐ壷焼きの網まで向かう。
鼻に入る空気がサザエに満たされていき、食べる事への期待がドンドン高まっていく。
「すいません、壷焼き6つ下さい」
「はいよ」
何も載せていない網の上に豪快にサザエが置かれ、2、3分の沈黙。
静寂を切り裂くようにサザエの中に醤油が垂らされ、しばらくしてくると中で醤油が沸騰してきている。
思わず涎を垂らしそうなほどいい匂いと、見ただけで分かる美味しそうな見た目が嗅覚と視覚を大きく刺激する。
無限にも思える時間を過ごしていると、焼けたサザエを紙の皿に乗せて渡してくれた。
「よし、やっと食べれるぞ」
貝殻の中から身を取り出し、思い切って一口で頬張る。
噛んだ瞬間、貝の旨みと醤油の風味が鼻腔中を駆け巡り、一瞬にして天に昇るような気持ちになった。
足の裏側だろうか、非常にコリコリしていて噛むたびに最初に感じた旨みをなんども思い出すことができる。
いつもは早食い気味の僕だが、最後まで噛み締めて一つ目をようやく飲み込んだ。
「まだこれを二つも味わえるのか・・・」
そう思って皿を見ると、もうそこにはサザエがなかった。
隣を鬼の形相で睨むと、そこには2、3個一気に頬張って食べている彼女の姿があった。
「おいふぃいですねぇ」
「おい、君はなんで6個頼んだのに半分ずつ分けようとかそういう考えにならないんだ?」
「え、だってぇ、私勝手にここに連れて来られましたけどぉ、それなら楽しまなきゃ損じゃないですかぁ」
「はぁ、まぁいいよ、自分用のものをもう一回頼み直してくる」
「すいません、もう二つお願いできますか?」
「ごめんねお客さん、ついさっきの人で今日は締めだ」
「そうですか、すいません」
その後は近くの海鮮丼の店で海鮮丼を食べた。
「結構大食いなんですねぇ」
「誰かさんのせいでサザエ一つしか食べてないからな」
「嫌味ですかぁ?」
「そういうことだ、今日のことは教訓として胸に嫌というほど刻みつけておけ」
「前向きに善処しまぁす」
食べ終わった後は、彼女のお土産の購入を済ませて家へと帰った。
取材もいい結果だった、美味しい海産物もたくさん食べた。
しかし、あの壷焼きを一つしか食べれなかったせいで今回の取材は大失敗と言える。
彼女との旅行は危険、もう二度と一緒に行く気はないが仕事の関係上、要注意。
新しく買った打ち合わせ用のメモ帳の表紙にデカデカと書いた。
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