第6話 アトゥイ・マカ

「先生、私船酔いしたかも知れませぇん」


「そうか、なら客室で酔い止めでも飲んで寝ててくれ」


「旅仲間にそれは冷たくないですぅ?」


「うるさい!僕は看護師でもないんだからそんなに頼るな」


少し声を張ると観念して客室によそよそしく戻っていった。


「どうしてこうなった・・・」


ふと今の状況になった原因を回想する。


「そう、最初はただの打ち合わせだったのに・・・」


「あのぉ、北海道であった船の沈没事件について知ってますぅ?」


「あぁ、テレビでなんとなく」


「なんかその事件、打ち上げられた船の状態が変らしいですよぉ」


「そうなのかい?」


「はい、なんでもぉ、船の底から真っ直ぐ槍で撃ち抜かれたみたいな穴が一本空いた状態で沈んだみたいなんです」


「ははっ、槍か」


「でも沈没した後にどこかの岩に刺さった可能性もあるんじゃないかい?」


「えー、でもぉ、沈没したところの海底はそんな岩だらけのゴツゴツした場所じゃなくてぇ、そんなこと起こるはずないみたいな場所って書いてましたよぉ」


「君、意外と調べるんだなぁ」


「こう見えてもは余計ですぅ」


「それで私、その海気になるんですよね」


「はぁ、興味のあるものがあるのはいいことだが、それがどうしたんだい?」


「この話聞いて、先生も気になりませんでしたぁ?」


少し言い方はむかついたが確かに気になった、あぁ、気になったとも!


「気にならないと言ったら嘘になるかもしれないなぁ」


「ですよねぇ、それで海に一人で旅行ってのも寂しいじゃないですかぁ」


「ん?あぁ、確かにそうかも知れないなぁ」


「じゃあ、一緒に行くってことで決まりですねぇ」


「・・・・・・」


乗船してから何度、回想したのだろう。


あの時、僕が一人でも旅行はいいものだと言いさえすれば!


まぁ、それでもゴリ押される可能性はかなり高いが、助かる確率は微量ながらもあったはず、なのになぜそれをやらなかったのか。


僕は旅行なんてそんな気分はなく、頭の中で一週間前の打ち合わせの記憶がグルグルと回っていた。


気づけば船はゆっくり止まり始めて、すでに乗客が降り始めていた。


僕は乗り気にならなかったが、部屋にいる彼女を起こして二人で船から降りた。


「いやぁ、船酔いってなかなかハードなんですねぇ」


僕の体にもたれかかり、ズルズルと足を引きずり気味にして彼女は歩く。


「君、ホテルで休んでいたらどうだい?」


「んー、そうしますぅ」


タクシーを止め、予約していたホテルまで走ってもらった。


「ほら、チェックインも済ませたからもう少し頑張れ」


ロビーのソファに力無く倒れ込んだ彼女を無理やり起こして部屋まで連れて行った。


コップに水を入れてテーブルに置き、ソファに彼女を放置して、僕は取材予定の内浦湾に向かうことにした。


ホテルまで連れて行ってもらったタクシーの人に待ってもらっていたので、少し急足でホテルを後にし、そのタクシーに再び乗り込む。


「すみません、有珠善光寺までお願いします」


「あいよ、でもこの時期に行くなんて珍しいねぇ」


「内浦湾付近の歴史について調べてるんです」


適当に濁して答える。


「・・・お客さん、事件について調べてるね?」


思わずドキりとする。


「はは、バレちゃいましたか、そういうの結構好きなタイプで」


「いや、分かるよ、俺もあの事件少し気になってるからさぁ」


「せっかくの縁だし、あの辺の伝承を教えてやろう」


「あそこはねぇ、昔からアッコロカムイって言う神様がいるのさ」


聞いたことのない名前を聞いて困惑した僕に運転手さんは説明を続けてくれた。


「アッコロカムイってのはね、内浦湾にいるすっごく大きな神様で、湾の主なんて言われてる」


「そうだったんですか」


「それで昔からあそこにいる生き物がごく稀に、アッコロカムイの力を賜ってものすごく大きくなるなんて噂があるよ」


「ま、噂にすぎないけどねぇ」


本当は寺の人に聞き込みをしたら何かわかるかと思っていたが、思わぬ収穫を得ることができた。


それにしても生き物の巨大化、これが今回の事件に関与しているのはほぼ確実と見ていいだろうが、もしそれに出くわしたらどうしようか。


神の力を賜ったものというのは、生き物にしろ物体にしろ人智を遥かに超えた力を得る。


今回の取材、全くもって油断できないものになったな。


心の中で少し気を引き締めながらも、取材への期待はどんどん膨らんでいった。


しばらくして、タクシーは目的地に着いた。


「じゃあ俺この駐車場で待ってるからさ、また俺のタクシー使ってくれよ、実のところ俺も少し気になるんだ」


「分かりました、いい結果になればいいですけど」


「うん、期待してるよ兄ちゃん」


料金を手渡し、神社の掃除をしていた管理人のらしき方のところに向かって早速話を聞いた。


「あの、アッコロカムイについての伝承について調べてるんですけど、何か知ってることってありますかね?」


事件のことは伏せて、おそらく今回の事件に関与しているであろうアイヌの神様についてだけ尋ねる。  


「アッコロカムイの伝承ですか、うーん昔の文献にあった様ななかった様な」


しばらく黙り込むと、思い出した様に話を始めた。


「今で言う地球岬展望台あたりから海を見下ろすと、海の中で静かに眠りにつくアッコロカムイが見えるなんて話があった気がするよ」


「覚えてるのはそんくらいかねぇ」


「そうですか、ありがとうございます」


正直、思った様な成果は得られぬままタクシーへ戻る。


「兄ちゃん、どうだった?」


「そこまでいい情報は得られませんでした、唯一聞けたのは地球岬展望台あたりからアッコロカムイが眠る姿が見えるなんて話をしてましたね」


「地球岬展望台か、行くのか?」


「はい、とりあえずは」


「あい、わかった」


そう言って、運転手は展望台までタクシーを運転する。


「着いたぞ、見えるといいな」


「はい、そうですね」


あまり期待はせずに地球岬展望台を目指す。


しばらく歩くと、海にほど近い灯台につき、海を一望することができた。


しばらく目を凝らして海を見ていると、僕は不自然な岩を見つけた。


やけに尖っているし、よーく見ると少しづつ動いている。


「あの感じ・・・まさかサザエ?」


サイズの規格外さだけを除けばそれは紛うことなきサザエだった。


船を貫いたなんて言っていたが、こんなのそれどころじゃ済まないほど大きい。


もし突起部分に船が当たったりなんてしたら突かれた衝撃で船ごと木っ端微塵になってしまう。


「今までもこれがバレずにひっそり暮らしてたのか?」


様々な疑問が頭をよぎっていたが、僕の眼前にものすごい光景が広がった。


サザエのいるもう少し奥の海中が、波すら立てずに大きい穴を広げて行ったのだ。


それもサザエの大きさすら凌ぐ様なものすごい大穴。


しばらく穴を広げ続け、それがピタリと止んだ。


そして、穴の中からその穴を埋めてしまうぐらい太い腕が出てきて、サザエを掴んで穴の中へと引き摺り込んでしまった。


完全に穴の奥へとサザエが入ると、その穴はまた波一つ立てずに消えて行った。


呆気に取られていたが、もう目の前には巨大なサザエも穴も腕もない。


ただの綺麗な海がそこには広がっていた。


僕は状況を把握しきれぬまま、タクシーへと戻った。


「兄ちゃん、なんか見えたかい?」


「でかいサザエと腕と穴を見ました」


「んー、なんかよくわからんけどすごいもの見たんだな」


しばらく放心状態が続き、気づけばホテルに着いて、気づけば自分の部屋に入ってボーッとさっきまで目の前であったことを回想していた。


しばらくすると、帰ってきたことに気づいた彼女が部屋に勝手に入ってきて、何かあったかしつこく聞いてきた。


空気を壊され、少し今は触れないでくれと言う雰囲気を出して追っ払おうとしたが、それも無駄足になり、結局適当にあしらって部屋まで連行した。


部屋に戻ると、さっきの様な感情に戻る気にもなれず、彼女に少しムカつきながらもまたさっきのことを考え始めた。


悔しくもさっきより冷静に考えることができた。


しばらく考え込んだ末、僕の結論はサザエを育てていたということでおさまった。

神である自分の力を使ってサザエなどを巨大化させ、食べ頃サイズになったら食べる。


船に突起が当たった時はまだそんなに大きくなっていなかったのだろう。


「神流の贅沢というのは、規格外にも程があるな」


夕食の海の幸への期待が高まり、思わずお腹が鳴ってしまった。







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