第5話 太陽の宝石
夏シーズン真っ盛りに入ったとはいえ、真夏日が長く続き、寝て起きるたびに汗をかいている自分に思わずうんざりするような日々が続いていた。
「去年の真夏日はたったの十日だったってのに今年はもう八日も真夏日が記録されているのか」
エアコンがあるとはいえ、日課の散歩などが思わず嫌になる。
「来月の原稿のための取材、どうしようかな、一歩も外に出たくない気分だってのに外回りの仕事があるってのはなかなか大変だよ」
氷水に額を押し付けながら一人でボヤく。
何も考えずにぼーっとしようとしても、外のセミや草刈りの音でどうもそれすら出来ないことで悶々と時間を過ごしていると一本の電話が届いた。
「もしもし、お久しぶりです、白亜努です」
「あぁ、こちらこそ久しぶりだけど、どうしたんだい?」
「あのー、いきなりなんですけど太陽の宝石って知ってます?」
「んー、それって、日長石のことかい?」
「いいえ、それとは違うんです」
「それ以外だと聞いたことないなぁ」
「伝承でしか存在が確認されてないらしいんですけどね、岩手の玄武洞の中に昔、太陽があったって伝承があるんですよ」
「ふーん、それが太陽の宝石ってことかい?」
「まぁ、そんなところなんです」
「でもですね、陽の光なんて届かないような洞窟に太陽って何か面白そうじゃないですか?」
「んー、確かにそう考えると何か気になる感じもするが、ほら、バクテリアなんかでも光るやつがいなかったっけか?」
「いるにはいますけど、だいたい海にいるやつですよ」
「・・・なるほどね、で、どうして急にその話を僕に?」
「それが、今度知り合いの洞窟探検家と一緒に調査に行くことになったんですけど、元輿さん興味あるかなって」
「なるほど」
「どうします、来ます?」
「んー、そうだな」
(何か取材のネタも欲しいところだったし、洞窟とかって涼しそうだな)
「うん、ぜひ同行させてもらうよ」
「分かりました、じゃあ詳しい日程はまた後ほど伝えますね」
「わかった」
そうして電話を終える。
「洞窟は涼しそうだが、太陽関連の取材ってだけで暑くなりそうだ」
その日の夜にまた電話が来て、日程は三日後の日曜日、洞窟探検家の方とは現地での集合になることを伝えられた。
三日後
「おはようございます、白亜さん」
「おはようございます、いやぁ、お久しぶりですねぇ」
その後は他愛もない話をしながら新幹線に乗り込み、岩手へと向かった。
二時間半後
「着きましたね」
「いやー、やっぱりいつ乗っても新幹線は速いですなぁ」
「そんな子供みたいなことではしゃがないでくださいよ」
遠征調査に気分が有頂天になっているようで、新幹線内でもそのオーラをビシビシと感じていた。
「ここからは車で移動です、たしか彼が車で迎えに駅の外で待ってるって」
白亜さんと二人で駅を出ると、いかにも探検家みたいな装備をした人間が平然として待っていた。
「お、来ましたね、ご無沙汰してます努君、そっちはお連れさんの人だね?大石輝です、よろしく」
「こちらこそ、どうぞよろしく」
「ささ、立ち話は置いといて、現地に向かいましょう」
そう言って彼の車に乗り込んだ。
現地に着くまでの間、車の中では今日の調査をまるでピクニックかのように楽しみにしていた彼ら二人の空気に圧倒され少し疲れた。
「着きましたよ、早速管理人の方に挨拶しに行きましょう」
二人は暑さなんてものともせず、車から出て足早に管理人さんのところへと向かっていった。
「・・・今回の取材はいつもより疲れそうだ」
管理人に挨拶を手早く済ませ、調べる場所の範囲などの確認を行なった。
「では、今から調査に行きますので」
「はい、お気をつけて」
二人はすぐに調査はかけていったが、僕は先に行かせて、一旦管理人に話を聞くことにした。
「あの、太陽の伝承って詳しくはどういう感じで伝わってるんですかね」
「あー、昔、ここの洞窟内に祠があったらしいんですけど、そこにお供え物をしに行った村長が祠の先で太陽を見たって話らしいです」
「まぁ、偶然だと思いますけどね、あのお二方から調査をしたいって電話が来た時は思わずびっくりしましたよ」
「はは、そうなんですね」
確かに、いかにも昔の人がその時じゃ説明つかないものを分かるもので例えたと言う感じの伝承ではある。
最初電話で話を聞いた時もそう思ったが、詳しい伝承を現地で聞けば何かわかると思ったのだが思い違いだったかもしれない。
「今回の取材、無駄足になるかもしれないな」
調査前から少し落胆したが、気持ちを切り替えて二人の後を追った。
白亜さんも調査用の服装に着替えを終えて、二人は外で待っていた。
「元輿さんもそこのトイレの個室しかないんですけど、この服に着替えてください」
「岩もゴツゴツしてるし、川沿いだから危ないんでね」
そう言って、大石さんがきていたような探検服を渡された。
僕は着替えが必要なら車で言ってくれればと少し思いながらも、トイレで着替えを済ませてきた。
「じゃあ、僕たちも行きましょう」
「まずは川沿いの岩壁付近からです、伝承的にも祠があったとしたらここら辺みたいですからね」
そう言って階段から川沿いに降り、岩で足場が凸凹な道を少しづつ進む。
「足元気をつけてくださいね」
油断してるとすぐに足を滑らせて怪我をしそうな足場を慎重に渡りながら、祠につながる場所がないかを入念に調査した。
しばらく歩いて岩壁が一部削れて屋根のようになっている場所の調査を始めた。
「うーん、奥につながりそうな道どころか岩が窪んでるところもないですなぁ」
「資料だと祠の位置はこの辺で間違いないんだがなぁ」
二人が目を凝らしながら岩を凝視している。
僕は少し飽きてきたが、周りに気になりそうなものもないので視界を横に少しづつスライドしながらその辺の岩をボーッと眺める。
「ん、あの奥の所、不自然に切れ目があるぞ」
「え、どこですか?」
白亜さんが飛びつくように反応したのでその方向を指差す。
「確かに、自然に起こったとしては綺麗に割れ目の線が入ってますなぁ」
「どれ、少しこの岩に窪みを作りましょう」
そう言って大石さんはバッグから小さいドリルを取り出して壁に手で掴めるような窪みを作ろうとした。
ガガガッ・・・
「これは・・・」
「奥に何かあるんですかねぇ」
壁にドリルで窪みを作ろうとすると、窪みではなく穴が空き、奥に道が見えた。
「これは壁じゃなくて、蓋だったってことか」
「じゃ、じゃあここが噂の祠に繋がる場所ですかね!」
「その可能性が高そうだね」
やっと本来の目的の一部が達成され、僕は内心ホッとした。
完全に蓋を壊すと階段があり、ここよりも少し地下に進むようだ。
「じゃあ、僕たちの後ろにしっかりついてきてください」
そう言って、大石さんを先頭に、僕と白亜さんはそれに続いた。
階段を降りると、暗い道が続いていた。
ヘルメットについていたライトを点灯し、手持ちの懐中電灯で足元も照らした。
「なんか、探検っぽくなってきましたなぁ」
「そうですなぁ」
「・・・・・・」
楽しそうに話す二人の後を黙って追った。
五十メートルもないほどの距離を歩くと広い場所に着いた。
「これが伝承の祠ですか」
「そうみたいですね」
「じゃあこの先に太陽があるんですね」
「そうですね、多分」
しかし、ここでふと疑問が浮かんだ。
なぜこんなに来るのが困難な場所に祠を作ったのかである。
そんなことを考えていると、嫌な予感は的中した。
「こ、ここ、これって・・・」
白亜さんが祠の中にあるものを見て絶句している。
「いきなりどうした努君?」
「ほ、祠の中に、ゆ、ゆゆ、指の骨が、あるんです」
一気に空気が固まった。
「と、とりあえず落ち着け努君、こんな地下の中で気を狂わすのは危険だ」
そう言って冷静に白亜さんを大石さんが落ち着ける。
彼がいて助かった、白亜さんと僕の二人できてたら彼は取り乱したまま何をするかわからなった気がする。
それにしても、だ。
僕は祠に近づき中を見る、見た所、指は人のもので間違いない。
しかしなぜこんなことをしているのかが全く明らかにならない、呪力のようなものを感じ取れるわけでもないため、何の理由があってここに指があるのか全くわからないのだ。
小さく唸りながら考え込んでいたその瞬間、祠の上部に設置されていた小さなリングのような場所から強烈な一筋の光が差し込む。
「ん?なんだこれは」
光の出ているリングを見ようとしたが、直接だとあまりにも眩しく思わず目を背けた。
「も、元輿君、ここ何かおかしい気がするぞ、何が起こるか色々な洞窟を渡り歩いてきた僕ですら予測がつかない、ここは黙って引き換えそう!!」
大石さんが、白亜さんと一緒に祠のあるこの場所から出ようと既に出口付近まで足を運んでいた。
「先に行っててください」
「で、でも君が一番最初に帰らないと危ない人だ、な?頼むから帰ろう」
確かに、僕もここで今何が起こっているかなんて全く持ってわからない。
だがしかし、それでは取材に来た意味が全くない。
祠の存在は確認できたが、おそらく伝承で太陽と言われた何かを見れるチャンスが起こっている今、それを棒に振ったらほとんど取材なんてしなかったに等しい。
「仕方ない、地下が崩れそうってわけじゃないから少しだけ手荒に」
僕は一時的に彼らの魂に干渉して意識を眠りにつかせた。
「少しだけ待っててくださいね」
そう言って僕はリングのさらにその先、光の出所と思われる場所に足を進めようとした。
光は祠の奥から来ているので、きっとこれを少しずらせば奥に何かあるはず。
腕に力を込めて祠を横にずらす。
しかし、その瞬間に大量の光が流れ込み、おそらく祠の裏に続くであろう道に入ろうとすると目なんてとてもだが開けていられなかった。
「どうしたものかな・・・」
なんとか目を開けれる場所まで移動し、解決策を考えてしばらく悶々としていると、すこしづつ光の流れ込みが弱くなり、気づいた時にはさっきまでが嘘のように暗い洞窟に戻っていた。
「・・・結局何だったんだ?」
よくわからないままだったが、僕は祠の奥にさらに続く階段を降りた。
祠のあった場所よりもさらに広い場所に着く。
その場所の奥に宝石のような緑色の塊がある。
「ん、ペリドットか?」
カンラン石なんて呼ばれかもするやつだが、こんな大きいのは予想外としかいえない。
「しかも、なんでこんな地下に陽の光が当たっているんだろうか」
恐る恐るその塊に近づき、陽の光が差している場所をよく観察する。
「見た感じ、一部分だけアルミみたいな金属で出来た空洞があるな」
そしてしばらく考え込んだ、だが、考えられる可能性は正直起こり得るなんて思えないようなものだった。
「こんな感じのものをどこかで見たことがあると思ったが、これはNYの地下鉄駅にある採光システムと似ている、と言うかほぼ同じだ」
つまり、考えられる仮説はこう。
奇跡的に伸びたアルミの採光システムが光をよく吸収する緑色のペリドットに少しづつ光を吸収させ、それが周期的に一気に大放出されるということがここではあるという事だ。
こんなの前例もないし、あり得るはずがないと思ったが、今見る限りではこれしか考えられない。
「村長が伝承で伝えた太陽、あながち間違いじゃあなかったのか」
そして他の場所もライトで照らして散策すると、棺桶のようなものが見えた。
「これは・・・女性の骨か」
ここは祠ではなく、誰かのお墓として使われていたのかもしれない。
関連性はあまりわからなかったが、置き去りにしていた二人を思い出して僕はここを後にした。
「はっ、何してたんだっけか・・・そうだ!帰りますよ元輿さん」
「はい、今行きますから」
三人で洞窟から抜け出し、疲れを引きづりながら全員で車のところへ戻った。
「大変な調査でしたねぇ」
「そうですなぁ、しかし、太陽は見れなくて残念でした、まぁ伝承でしか見つかってなかった祠が見つけれただけでもすごい収穫でしょうがね」
「そうですな」
相変わらず話し始めるとテンションの高い二人の空気に包まれながら車で予約していたホテルに着いた。
「それじゃあ今日はありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそこれからもよろしく」
「元輿さんもお疲れ様でした」
「はい、お疲れ様でした、では」
大石さんと別れを済ませ、その日はホテルでゆっくり休んで次の日の朝に新幹線でまた東京に戻った。
ここまで弾丸のような日程だったため、頭がほとんど回っていなかったが、家に帰ってきてようやく体を落ち着ける事ができた。
「今回の取材、いろんな面で疲弊してしまったな・・・」
ふと、昨日のことを考える。
「あの白骨遺体、村長の奥さんだったのかもしれないな」
そうすれば、祠にあった指の骨にも納得がいく。
きっとあのリングは、死後も繋がっていたかった村長の思いから用意した指輪、紛れもない太陽の宝石で作った指輪だったに違いない。
「思わず目を背けるぐらい美しい輝き、か・・・」
今日も真夏日で、家から外を覗くだけでも眩しいぐらいの日光だったが、たまにはこんな眩しさもいいのかなと少しだけ思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます