第4話 悪魔に右手を売った男
ちょうど正午に差し掛かる昼時。
とあるカフェで編集者と打ち合わせがあり、次の読み切り短編についての話を早々に終わらせて他愛もない世間話をしていた。
「あのぉ、知ってますか?」
「悪魔に右手を売った男の噂」
「悪魔に、いや、知らないなぁ」
「うちの出版社で別の人が担当してる小説家の人なんですけどぉ、なんか、原稿を依頼された翌日には完成させて来るんですってぇ」
「一日で、そりゃすごいな、だから悪魔に右手を売ったなんて言われてるのか」
「はい、それでその人、残りの期間で読み切りとか書いてくれないかってよく頼まれるみたいなんですけどぉ、なんかぁ、いつも断るんですって、だから毎月一日しか働いてないんですよ」
「はは、そりゃ羨ましいけど、その人も取材とかネタ探しで忙しいんじゃないかい?」
「でもぉ、なーんか、怪しいんですよねぇ」
「元々は結構締め切りギリギリまで書けないってことが多かったみたいですし」
「書くペースとかスタイルっていうのが大きく変わる人間もたまにはいるさ」
「そういうものなんですかねぇ」
編集担当はつまらなそうな顔をしながら飲み物をストローでちびちび飲んでいた。
「まぁ、根も歯もない噂話なんてよそう、しかも君、この後他の担当との打ち合わせあるだろ」
「そうですねぇ」
その後は会計を済ませてそのまま解散となった。
一週間後。
元輿に毎週出版社でやっている、小説家二人の軽い対談ブログの依頼が届いた。
「そういえば、うちの出版社こんなのやってたな、ついに僕の番が来たってことか、めんどくさいけど断るわけにはいかないな」
頬杖をつきながら、ゆっくりメールの画面をスクロールして内容を確認していると、対談相手の名前があった。
「えーっと、諫早尚筆さん、あれ、この人って確か、編集さんが言ってたあの噂の人か」
「全くもって証拠のない噂の真相を本人に聞くのは少し失礼だけど聞いてみようか、せっかく対談するなら一つぐらい質問のネタあった方がいいだろうし」
三日後。
「今日はよろしくお願いします、諫早さん」
「こちらこそ、どうぞよろしくお願いします」
その後は、お互いの作品を読んでるか、お互いの小説を書く時のルーティン、とかそんな感じのありがちな質問に合わせて軽く話をした。
「何かお互い質問したいことは?」
「私は特に」
「あー、じゃあ僕はひとつだけ」
「なんか、僕の担当の編集者がいつも原稿を依頼された翌日に書いてくるから悪魔に右手を売ってるとかって言ってまして、失礼だとは思ったんですけど、実際どうです?」
「はは、なんか言われてるみたいですね」
「知ってたんですか」
「はい、まぁ、私は一度書き始めると止まらないタイプで、一日に何文字書くとかじゃなくて思いついたらその時に書けるところまで書くスタンスですので、結果的に早くなるというかね」
「なるほど、なんとなくわかります、一度アイデアの波が動いたら止まるまでは書きたいってその気持ち」
「ですよね」
そんな感じで対談を終えた。
その帰り道、僕は帰る前の彼をまた呼び止めた。
「どうしたんですか?」
「いや、やっぱり引っかかるところがありましてね、その、思いついたらずっと書くのは分かりましたけど、それが毎回初日に重なるもんなのかなってね」
「・・・まぁ、空いてる日で思いついくことも結構ありますし」
「でもそれだったらあなたはその時すでに書き始めないと気が済まないはず、それに、書いてない間の読み切りの依頼は断ってるみたいだけど、空いてる日に何か思いついて書くならそれを読み切りに当てればいいじゃないか、思いついたことが毎回、今連載してる話しに合うものってわけでもないだろう?」
彼は少し間を空けてからポツリと答える。
「・・・・・・なかなか勘が鋭いですね、なら答えを見せてあげますから、今から私の仕事部屋に来て見ますか?」
意外な答えだった。
僕はあくまで理論っぽく攻めているが、実際描くスピードが早いだけという可能性だって全然ある。
でも彼は今"答え"を見せると言った。
何か面白いものが見れそうだと思い僕の胸は少し高鳴る。
ガチャッ
「ここが私の仕事部屋です、そしていつも初日に原稿を完成させている秘密はこの機械です」
そこには大きなコンピュータのような機械と、それに接続されたパッドのようなものがいくつかついていた。
「これは・・・?」
「これは寝ている間の私の脳に電波を送り、またその夢の中で考えた私の小説の内容を電波として機械に送る装置です」
「私はあまり外出好きではないから取材もそこまで進んでやれるタイプじゃないし、かなり限定された環境にこだわって小説を書くタイプですから、この装置を開発したんです」
「最初の段階では、その時の自分が求めている執筆場所を意図的に作って夢の中で小説を作ってたんですけど」
「最近ではネットからマップの情報を取り込んで取材も済ませるようにしたんです」
「だから他の人より早く効率的に小説を書けていたわけです」
「なるほどな、それはすごい装置だ」
「まぁ、でも実際は寝てるところに刺激を入れてるから全然体が休まらなくて書いた後に装置外してまた寝るんですけどね」
「そうかい」
「試しに使ってみますか?」
「せっかくだし、使ってみてもいいかい?」
「もちろんいいですよ、じゃあそこのベッドで横になって待っててください」
彼はそう言うと装置に電源を入れ、何かを入力し終えると僕の頭に装置と接続するためのパッドを何枚かペタペタとつけた。
「じゃあ今から特殊な波を脳に送って眠らせますよ」
そう言うと装置からゴウンゴウンと動く音がしていた。
僕は音を認識して間も無く眠りについた。
「・・・・・・ここは」
目を開けると目の前にはトンネル、周りは木が生い茂っていて山奥って感じだった。
「どうしてこんなところに・・・ん、いや、そうか、僕は装置で眠ってここに来たってことか」
「夢から覚めた感覚だったが、今見てるのが夢ってことか、これはすごい装置だな」
少しづつ頭が冴えてきて、彼が入力したであろう取材先をあらためて見渡す。
「それにしても、僕が妖怪とかの話書いてるからっていかにもみたいな場所をお試しの取材先にするとはねぇ」
「山奥のトンネルなんて実際そんな噂がなくても雰囲気のせいで神経過敏になったやつが噂を流すような場所だ」
無論僕の目の前にあるトンネルも、灯は暗い色のオレンジで、奥は完全に見渡せないような暗めのトンネルだった。
「実際の心霊スポットでももう少しちゃんとした灯ついてるぞ」
少し呆れながらも僕はトンネルの中へと歩みを進めた。
ガシャン!!
いきなり土砂崩れが起きたような音が背後から響く。
「うーん、これも彼の趣味か?」
どこからか岩が落ちてきてトンネルの入り口を全部塞いでしまっている。
「まぁ、夢の中だしいいのか?」
キーッ
また背後から音がする。
何か金属製のものを引きずるような不快な音だ。
「あんまり想像したくないが、彼の今までの趣向で行くとこの予想は当たりそうだな・・・」
パッと後ろを振り返る。
少し化粧が崩れたピエロの男がいる。
歯をみせながら大きく笑みを浮かべ、刃物をこちらに向けてクルクルと回している。
「行き止まりで殺人鬼に追い込まれてるのか、夢だとわかっていてもこんなに嫌な汗が体を伝うってことはやっぱりこの装置はすごいな」
「だけど、そんなことに関心してもいられないようだ」
「ここは!」
まっすぐ殺人鬼の方に走って向かう。
それを迎え撃つように横向きで刃物を振り下ろした男の刃物の下をスライディングでかわす。
「ふぅ、単純なやつで助かったぞ」
そのまま僕は立ち上がり、急いで奥まで走り抜ける。
背後からは僕を追いかけるあいつの足音が聞こえていた。
しばらく走り続ける。
「ハァッ、ハァッ、トンネルの出口が見えてきたが、彼がここでこっちの入り口も閉めてくる可能性もあり得るぞ」
「とりあえず出てみるしかないが」
僕はバテそうになりながらトンネルの出口まで走り抜ける。
「よしっ、出れたっ!、あっ・・・」
僕が無我夢中でトンネルから出た瞬間、目の前に映し出されたのはでかいトラックだった。
そのまま体がトンネルの中に引き戻されるようにぶっ飛ばされる。
ドサッ
道路に体を激しく打ち付け、そのまま僕は気絶した。
「・・・・・・ここは、僕は夢から覚めたのか?」
ぼやける視界がはっきりしてくると、目の前にはあのピエロがいた。
口から涎を垂らしながら、楽しそうに僕の顔を覗き込んでいる。
彼の趣味の悪いシュミレーションなんて忘れて僕は今の状況に恐怖していた。
なぜなら彼は膝枕をするように僕を覗き込み、刃物の刃を僕の顎ギリギリに近づけている。
彼は僕の足先に大きな鏡を設置していて、僕にもその状況を鮮明に見せようとしている。
僕の意識がはっきりしたことを認識した殺人鬼は僕の顎から少しづつ刃を食い込ませてきた。
刃は錆びていて、切れ味が悪いためか少しづつしか刃が入ってこない。
僕の体が少しづつ切り離される瞬間を僕は間近でみせられていた。
さっき轢かれた時には確かに気絶したが、今の状況は体に痛みも走っているのにまったく意識が飛びそうにない。
あまりの絶望と恐怖に絶叫を挙げていると次第に意識が遠のき気づいたら最初のベットで目を覚ました。
「・・・・・・ここは、現実だよな」
「はい、そうですよ、お疲れ様でした」
正直説明なしでこんな夢を見せられた事に怒りをぶつけたかったが、やりたいと言ったのは自分だしここは我慢しようと思って少し嫌味ったらしく質問した。
「君、こういうの趣味でいつもこんな取材してるのかい?、それとも追求してきた僕に報復するためにわざとやったのかい?」
「私自身こういうのは好きなんですけど、自分で決めたシュミレーションじゃ全然恐怖できなくて、だから人が絶望に浸った時のデータが欲しかったんです」
「なるほど、つまり?」
「人が本当に絶望した時のありのままの表情が欲しかったので協力してもらいました」
「編集者の人に教えてもらったって言ってましたけど、あれもきっと興味持つと思って適当な話を打ってもらったんです」
「なるほどね」
僕は少しため息をついた。
つまりは全て彼の計画通りにやらされたというわけだ。
少し前にドヤ顔で問い詰めてた自分に会いに行って頬をはたいてやりたい。
「全て予定調和ということか、まぁいいデータが取れたなら良かったよ」
「次の作品は読ませてもらおうかな」
「ふふ、辛口コメントはやめてくださいね?」
その後は、彼の用意した紅茶を飲みながら取り止めもない談笑をし、彼の家を後にした。
僕の家につき、夢でたくさん汗をかいたのでシャワーを浴びて、スッキリしたところで部屋の椅子に腰を掛けて今日あったことを回想していた。
「諫早尚筆、彼は僕が興味を持つように適当に話を打ってもらったと言っていたが、小説のネタのためにそこまでの行動を起こす時点でそうだし、そもそも小説を書く環境のためにあんな装置を作るようなやつだ」
「既に右手だけじゃなくて、"全部"、悪魔に売り渡してしまっているのかもな」
彼がお土産にくれた紅茶を飲みながらふと思う。
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