第3話 いざ勝負

次の取材先について考えていた元輿に、あるメールが届いた。


件名 鋳型製鉄所の噂について

小説家 

元輿付喪様


初めてのご連絡を差し上げます。鋳型製鉄最高責任者の鋳型秀蔵と申します。


この度、メールを送る経緯としましては、私の勝手事ではあるのですが、是非、私の会社を取材してもらいたくご連絡致しました。


詳細については、取材が決まった後、実際その場で落ち合った時に話させていただきます。


誠に勝手なお願いで恐縮ではございますが、よろしくお願い申し上げます。


株式会社鋳型製鉄

最高責任者

鋳型秀蔵

501-3726岐阜県美濃市加冶屋町


「んー、取材して欲しい会社ってなんだろうか」


「売名目的ならお断りだが、一応この会社について調べてみるか」


元輿はネットで鋳型製鉄を検索にかけた。


「これは・・・中々面白そうだ」


元輿が調べて、一番上に出て来たのは最近のニュース記事だった。


鋳型製鉄、社内いじめで一人の男性が死亡


「こんなナイーブな時期に取材?絶対に何か言えないような裏があるねこれは」


元輿は取材するという旨を返信し、日程についての返信が返って来た。


「一週間後か、楽しみだ」


元輿は久しぶりに期待できそうな取材に心を躍らせて取材日を待った。


一週間後


元輿は美濃市駅で待ち合わせをしていた。


電車に乗って元輿が駅に降りると、既にその男は待ち合わせ場所に来ていたようだった。


「お待ちしておりました、改めて、鋳型製鉄の鋳型秀蔵と申します、本日はよろしくお願い致します」


「元輿付喪です、こちらこそどうぞよろしく」


鋳型と軽く握手をすると、早速鋳型の車に乗り込んで例の会社へと向かった。


車の移動中に彼は今日取材に来てもらった会社についての詳細を語り出した。


「私の経営している会社は祖父の時代から続くかなり大きな会社で、遠い先祖には刀鍛冶もいるような筋金入りの溶接一家なんです」


鋳型はまず会社について話し始めた、いかにも興味ないって感じで返事をする。


「はぁ、そうなんですか」


「まぁまぁ、ここは取材とは関係ない話ですけど少し聞いてくださいな」


態度に出ていたようだ、少し反省。


「それで私もいい歳ですから、後継を考え始めないといけなかったんです」


「ですが、恥ずかしいことに結婚とは無縁な人生でしたから、会社の奴から後継を決めることにしましてね」


「その後継候補が、半田小鉄だったんです」


「・・・・・・名前で言われてもよくわからないんだが」


「ニュースで亡くなった奴ですよ、ほら見たでしょう?あのニュース」


「そうだったんですか、無粋な事を言ってしまって申し訳ない」


「いえいえ、気にしないで結構です」


「それよりもね、この後の話が大事なんですから」


自分の会社で、しかも後継候補が亡くなったというのに平然としているこの男にも若干の違和感を覚えたが、遮らずに話を聞く。


「半田はね、かなりの負けず嫌いな性格でして、高校でもそれが原因で問題起こして辞めたところを雇ったんです」


「普通そんな奴雇わないだろって思うかもしれないですけど、私が継ぐ前にこの会社でものすごい人手不足になったことがありまして、まぁ、癖のある奴だがちゃんと働けるように育てたら大丈夫だろって、私の父親が採用したんです」


「その時の教育担当が私だったんですがね、最初は酷かったですよ、仕事だってのに周りと勝負しようとしたり、挙句にはそれで溶接の出来が悪くて商品にできなかったり、正直私は辞めさせたかったです」


「でも、その負けず嫌いゆえなのか、努力は怠らないような奴ですぐ技術を伸ばしていきました」


「そんなこんなで、この前までずっとここで働いてたんですけど、勝負早いところは昔から変わってなくて、新人に対してもかなり絡みにいってたみたいですから、いつしか周りに距離を置かれ始めましてね」


「それがいじめに発展したということですか?」


「まぁ、そういうことです」


元輿は、なんだ、よくある話じゃないかと思った。


性格に難のある人間が職場に馴染めず、いじめられる。

割とどんな場所でも起こり得るシチュエーションだ。


「それで、アーク溶接って知ってますか?」


「アーク溶接?聞いたことないな」


「アーク溶接っていうのは、簡単に言うと電圧をかけて空気の絶縁を破壊した時に、二つの電極に生じる電流が生み出す熱を利用して溶接を行うものなんですが、防護用などをしっかりしないとすごく危ない溶接方法なんです」


「それで、それがどうかしたんですか?」


元輿は少しイラつき始めていた、結局いじめによってエスカレートした結果、殺してしまったというありがちな殺人事件について聞かされているだけだったからだ。


「それで殺されたんですよ、半田小鉄は」


男の話す雰囲気が一転する。


「聞いたところによれば、後ろから殴って動けなくなったところを縛って完全に身柄を封じたところで目の前でその溶接をしたらしいです」


「そいつらは殺すつもりはなかったらしいです、ただあいつが社長を継ぐのがいやだったからなにかしら後遺症残して脱落させようとしたって、本当に恐ろしい奴らだ」


「強い熱と光で半田は半狂乱になって暴れ出したらしくて、そのまま感電死だったそうです」


「それからです、うちの溶接所であいつが得体の知れない"何か"になったのは」


急に話が大きく変わる、元輿も先程までの態度を反省するように話に食い入る。


「公のニュースにはなってないんですがね、主犯格の奴らは捕まったんですよ、だけど他の奴ら、ほぼ全員腕か足を持ってかれたんです」


「は・・・?」


元輿は思わず声を出してしまった、腕か足を持ってかれた?

一体どう言うことなのかと思っていると鋳型さんは言う。


「腕とか足は残ってるんですけどね、動かせないんですよ、そいつら」


「医者に診てもらっても、どこも異常があるようには見えないって」


「話はこんなところです、小説家さんなら興味あるかと思って、メールしたんですよ」


「なるほど・・・」


間違いない、そいつは恨みによって"何か"に変化を遂げてしまっている。

元輿は思わず体のぞくぞくする感覚を抑えながらも少し疑問があった。


それはこの男である。

普通こんないわくのある事が間違いなく起こっているのに小説家に取材させるなんてイカれてるとしか言いようがない。


「ひとつ、いいですかね」


「はい、どうしましたか?」


「普通こういうのって、除霊師とかそっち系に頼むもんじゃないかい?ましてや公に出さないような事を取材させるなんてイカれてるとしか思えないけど」


「それがね、断られたんです、ここの気の流れは、その人の恨み以前に悪すぎて正直近づきたくないって」


「・・・そんなやばいところに僕は呼んでも大丈夫だと思ったのかい」


「まぁ、なんというか、この話を親戚に相談したらあなたの話を聞きましてね、あの人は絶対その手の事に深い関わりがあるんだって言ってましたから」


「・・・・・・もういいです、納得できるよあな理由をあなたから聞ける気はしなさそうですから」


その後はしばらく沈黙が続き、気づくと車は例の溶接所まで着いていた。


「ここです」


「特段変わった様子は見えませんね」


そうは言ったが、もちろん僕も気づいている。

なんだこの場所は、悪い気が溜まってるとかじゃなくて、色塗りしたのかってぐらい深く留まっている。


それに驚いている僕には一切気づかず、鋳型は中を案内してくれた、今は社員の一部は病院生活、他の者たちも怖くて次々辞めていったそうだ。

鋳型は来週には会社を畳む予定らしいが、最後に何かわかればと思い、その方向に詳しいであろう色々な人間たちに同伴を頼んだそうだ。

無論、僕以外全員がNGだったらしいが。


「これといって紹介する物はないですけどね」


男は頭をかきながらその辺で立ち止まる。

確かに、溶接所の中は、特段変わったものもないため、気の流れが見えないものには普通に見えそうだ。


それでも人間誰にでも備わってる第六感的なものが耳をつんざくぐらい悲鳴をあげてこの場所は危険と教えてくれそうだが。


「この、金色のシートってなんですか?」


「あー、これは遮光シートです」


「車で話したアーク溶接をする時とかに光が漏れないよう遮る役割があります」


「なるほど、ちなみに半田さんが使っていた溶接器具とかってわかります?」


「あー、ウチは道具共用ですから特にこれといってそう言うのはないですね」


「そうですか」 


確かに悪い気が充満はしているが、正直半田という男の成れの果てが持っていると思われる妖気のようなものは感じ取れなかった。

いつも使っている道具なんかがあればそれが手掛かりになったかも知れないが。


元輿が頭を悩ませていると、鋳型さんが少し申し訳なさそうに話しかけてくる。


「あのー、ちょっと頼み事いいですか?」


「頼み事、ですか?」


「はい、出来ればこの紙にサインってしてもらえますかね?」


「は?え?」


「その、あなたの事を教えてくれた親戚が、取材に来るって話をしたらサインもらってくれってうるさくて・・・教えてくれた仮がありますからできればでいいんですけどぉ」


「・・・・・・まぁ、いいですよ」


あんまり納得いかなかったが、この場所に連れて来てくれた恩というのでいけば僕にもその親戚さんに仮があると思うからとりあえず書こう。


「あの、ペンあります?」


「あー、持ってたかなぁ」


鋳型さんはポッケをゴソゴソと漁る。


「お、ちょうどよく持ってました、半田の葬式の時に香典書くので使ったんでした」


そう言って墨ペンを渡して来た。


「・・・・・・あの、やっぱり後で書いて渡すからいいです」


「そうですか、すみません準備が足りなくて」


なんとなくそこじゃない気もするが、まぁ、この男は少しタガの外れた人間なんだろう。

今までの行動からもなんとなくわかっていた。

しばらく進展のない時間を過ごしていたところで、鋳型さんが思い出した。


「そういえば、半田は休憩室にいつも低周波マッサージ機を持って来てました」


「遺族もこの溶接所に来るってことはなかったので残ってるかも知れません」

 

「本当ですか、休憩室は?」


「こっちです」


鋳型に案内されてついた部屋は、何人かが座れるイスと、テーブル、あとはロッカーなどがあった。


「確か、このロッカーに・・・おっ!ありました、これです」


男はマッサージ機をこちらに見せつける、ロッカーに制服らしい物も残っているので、おそらくは休憩中に襲われたのだろう。


そんなことを考えていると、部屋を薄暗く照らしていた蛍光灯が割れて部屋が真っ暗になる。

あまりに急な出来事に鋳型は気絶したようだった。

僕は暗闇に現れた"何か"を捉えたが、どうやら襲ってくる気配はない。

目が慣れて来て、暗闇でもなんとなく物の形などがわかり始めた時に見た目もなんとなくわかって来た。

見た目は人間とさして変わらない。

今のところは襲って来ていないようだが、顔はこちらの動きをしっかりと捉えている。


「こんなにワクワクするのは久しぶりだよ、さっきまでこの溶接所の気に圧倒されていたがそれなんか比じゃないぐらいこいつはヤバい、でもそこがいい」


僕は"それ"とずっと視察戦をしていたが、ついにあちらからこっちへと繰り出して来た。

だが、動きはかなり単調に見え、知能はそこまで高そうじゃない。

こっちに視線が集中しているみたいだから、試しにと足先で足を引っ掛けようと僕は足を出す。

(よし、引っかかるぞ)


そう思ったその瞬間、そいつは引っかかる直前で軽やかに飛んで見せ、そのまま空中で足先を振り上げて僕の足裏に足先をクリーンヒットさせる。

想像を超えた不意打ちとかなりの威力に僕はひっくり返るように尻餅をつく。


「くそっ、こいつ思ったより知能があるぞ、それにこの身体能力!まずい、思ったよりやるぞこいつ!」


気を取りなおすように足に力を入れて立ちあがろうとした時に違和感に気づいた。


「右の足先、力が入らないぞ?」


その瞬間、僕は他の被害者の容体を思い出した。


「腕、足をもってかれた、こいつの元の男、半田は負けず嫌いで勝負っ早い」  

さっき聞いた情報がパズルのピースのように繋がる。

「・・・ハッ!こいつ勝負を仕掛けてもしも負けたら、負けてしまったら、その勝負で使った体の一部を奪えるのか!?」


「そうだとしたら本当にまずいぞ、こいつはシンプルな戦闘技術もかなり高い、どんどん体の機能を奪われてしまったら僕は確実に殺される!」


「だが、焦ってはダメだ、もし今ここで走って逃げて追いつかれたら、それも勝負に負けたって事になる、そしたら多分、両足を持っていかれる」


「くそっ、また近づいて来た」


そいつはゆらゆらと体を横に揺らしながら近づいてくる。

それに対応するように僕も一定の距離を保って動く。


しばらく戦いに進展が訪れない中ある事に気づいた。

「こいつ、ずっとこんな調子だが、もしかして自分からは勝負を仕掛けれないんじゃないか?」

「それなら、この距離を保てば逃げ出せる」


そう思った瞬間、そいつが一気に間合いを詰めて殴りかかりにくる。


(まずい、対応しなくては!)


俺は右拳に力を込め、カウンターの瞬間を狙う。


(今だっ!)


その刹那、パンチは目の前で止められた。


「フェイントだとっ!まずい僕の拳は止まらない!」


僕の右拳はそいつの顔にヒットした。


「まずいな、こいつ本当に頭がいいみたいだ」


そいつは勝負を仕掛けて来たなと言いたげにしながら拳を構え始めた。


「くそっ、やるしかないのか、正直さっきの動きを見るに武術で勝てる気なんてしないぞ」


お返しと言わんばかりの右ストレートが飛んできたが僕はすんでの所で躱わす。


「これならっ!」


右ストレートを躱されて態勢を前に崩したそいつの横顔に思いっきり拳を振りかざした。


しかし、そいつは急に足先をグッと固定し、背伸びをして頭の位置が少し上に動かした。

拳は首の前を通過して空を切り、綺麗にカウンターを入れられてしまった。


ガシャンッ!


殴られた衝撃もかなりのもので、僕はロッカーの方に吹っ飛ばされた。


「くそ、こいつ、本当に強い、そして次は右腕の機能が失われたみたいだ」


よろめく体を必死に起こすこちらの方へ、また体をゆらゆらと横に揺らすそいつが近づいてくる。


(何か、何かないのか?)


「う、うぅ・・・」


急に呻き声が聞こえる、気絶していた鋳型さんが目を覚ましたようだ。


「一体何が、ヒッ!こいつは・・・・・・まさか半田、半田なのか!?」


半田だった"何か"は後ろに振り向き、鋳型さんの方へと歩みを進める。


「ひっ、た、頼む、許してくれ、いじめを見て見ぬふりしていた私も悪いが、頼む」


「いいから落ち着け!そいつが近づいて来ても何もするな、ゆっくりこっちの方へ来るんだ」


「や、やめろ、近づくなぁぁぁ!」


気が動転した鋳型さんは持っていたライターに火をつけてそいつに投げる。


「そいつもろとも自分も死ぬ気か!?」


そう言っても、間に合うわけがない。

その瞬間。


「ガッ、ガッ、ガァァォァ」


そいつが初めて声を出した。

ライターが体の一部を照らすと悶絶して、ドアの前の僕にすら触れずに外へと飛び出した。


「ハアッ、ハアッ、なんとかなったのか?」


僕はとりあえず腰を抜かしていてその場から立ち上がれない鋳型さんの所に近寄る。


そして、近くに落ちていたライターを拾って、一旦火を消した。


(ライターの火が着弾したわけでもなく照らしただけであいつは悶絶していたな・・・・)


「・・・・・・もしかしたら、殺される直前のアーク溶接による光が要因で光が弱点なのか?」


しばらく考え込んで鋳型さんに話しかける。

「いやぁ、鋳型さん、ファインプレーでしたね、これならあいつを成敗できるかもしれない」


「ここに懐中電灯ってあります?」


「あぁ、それなら、確かロッカーの横にかけてあったはず」


僕はライターの火を頼りにロッカーの近くを探すと、壁に立てかけられていたであろう懐中電灯をその下の床で見つけた。

しかし、それは僕がロッカーにぶつかったタイミングで下の床に落ちたようだった。

恐る恐るスイッチを押すと、懐中電灯はついた。


「よかった、壊れてないみたいです」


「よ、よかった、これでなんとかなるんですよね?」


「・・・・・・確証はないですけど、とりあえず鋳型さんは事が終わるまでここで待っててください、後、墨ペンを貸してもらえますか?」


「墨ペンですか?いいですけど・・・」


鋳型さんから墨ペンを受け取りポケットにしまう。


「よし、反撃開始だ」


僕は休憩室から出る。

案の定部屋の光源となるものは全て壊されていた。

あいつの姿は捉えられない、さっきもいきなり現れたからもしかしたら出てくるのには何か条件があるのかもしれない、そんなこと考えていると、さっきの余裕そうな時とは違う荒い息遣いをしたあいつの声がどこからか聞こえる。


僕は気配を殺して溶接機器のある場所へ行き、一度遮光シートの裏側に身を隠す。

ここは行き止まりだが、身を隠すものがあるのは遮光シートのあるここぐらいだった。


しばらくすると、あいつの呼吸音が近づいて来た。

あいつは一心不乱に遮光シートの方へ近づき僕の隠れている遮光シートよりも手前にある遮光シートをびりびりと剥ぎとっていった。

僕を探しているのだろうか、だとしたら随分とガサツな探し方だ。

実際、探している音がかなりうるさかったので、それに乗じて僕はゆっくりと遮光シートから離れてバレずに距離を離せた。 

溶接機器のある場所までバレずに来れたのも、こいつの探す音がうるさく場所が分かりやすかったからだ。


そうして、あいつが行き止まり側に追い込まれたため、僕は懐中電灯をつけて思いっきりあいつを照らす。


「どうだ!?」


しかし、光を当てられてもそいつは逃げなかった。

なぜなら体を遮光シートで覆い、顔には溶接の時につけるマスクをつけていたからだ。


「まずいっ!あれは僕を探しているんじゃなかったんだ、他の場所で音を立ててたのもそういう事か、本当は僕の動きに気づいていたのにこいつ、僕を油断させるためにわざと!」

「そしてこいつ、光の対策までっ!くそっ、どこまで頭が回るんだこいつは!?」


金色のシートに身を包み、マスクで顔を覆ったそいつの表情は取り戻した余裕による笑みが溢れているようだった。


またゆらゆらと体を横に動かしゆっくりと、先ほどよりも余裕を感じさせるように近づいてくる。


逃げればそこで勝負が始まるため、逃げることは叶わない。

それに右腕が使えない中でもう一度肉弾戦に及んだら次は左だ。


両腕で負けた勝負に片腕で勝てるわけがない。


しかし、僕は勝ち誇った顔で言ってやった。


「だがね、僕は勝つよ」


そう言って僕は久しぶりに、妖術のための経を唱える。

何が起こっているのかわからないと言った感じで立ちすくむそいつは、経が唱え終わった瞬間、一気に悶絶しはじめた。


「昔の基礎妖術には、印を書いて、その印を光らせて光源にするものがある」

「今じゃ全然使えないかもしれないが、灯りの乏しい昔の時代はすごく役に立ったものだ、僕自身こっちにきてからは使うことなんて全くなかったからこんなところで役に立ってビックリだよ」

「僕は遮光シートの裏にこの墨ペンで印を書いておいたんだ、おまえほどの知能があれば絶対に光の対策をしてくると思ったからな、でも、もしこの墨ペンが油性じゃあなかったから危なかったかもな」


「そしてその印は!お前の纏った遮光シートの裏側に書いてある、つまり、外に光を漏らさずにお前に向かってだけ集中放射できるんだ」


「真剣勝負好きなお前にこんな闇討ち作戦で勝って申し訳ないが、これしかなかった」


"それ"は少しづつ体が崩れ、気づいたら消えていた。


右腕と足先の感覚が戻った。

とりあえずはなんとかなったみたいだ。

僕は休憩室に取り残した鋳型さんのところへと向かう。


「鋳型さん、終わりましたよ」


「ほ、本当に?あなたはやっぱりすごい人だ、呼んでよかった」


そう言って鋳型は胸を撫で下ろす。

腰の抜けた鋳型さんを抱えて僕はこの溶接所をあとにした。


翌日、鋳型さんからメールが来た。


件名 先日の件のお礼


元輿付喪様


先日は大変お世話になりました。

鋳型です。


先日は半田の件について、取材だけでなく解決までしていただき誠に有難う御座います。


会社は畳む予定でしたが、病院のいた人たちの容体が回復して、全てが解決し、これからも働いてくれないかと呼びかけた所全員から快諾してもらえました。


これも全て元輿さんのおかげでございます。


先日は本当に有難う御座いました。


株式会社鋳型製鉄

最高責任者

鋳型秀蔵

501-3726岐阜県美濃市加冶屋町 


「結局続けるのか、まぁ、みんながやる気ならいいんだろうけど、あの職場はやっぱりなんかまずい気がするんだよなぁ」


今思えば、半田さんが"あれ"になってしまったのはあの家系と土地に問題があると思う。

祖先は刀鍛冶と言っていたが、昔から刀鍛冶というのは恨みを買いやすい。

刀を作り、それを使う武士が人を斬ると、まずその人間と刀に恨みがこもる。

そして、その人間が死んだり、その刀が折れるなどして恨みを抱える器が無くなった時、そこにこもった恨みというのは全て刀の魂と共にそれを作った刀鍛冶の場所へと戻るのだ。


負けず嫌いで勝負っ早い彼の魂は、昔の戦や果し合いに向かっていた武士の恨みと波長があったのかもしれない。


それに、病院にいた人たちが殺されなかったのは、寂しくて出て来た彼にびっくりした人たちの抵抗によるダメージだけで、きっと彼から危害を加えようという気は全くなかったのだろう。


「半田小鉄は因果応報で殺されたと思ったが、少しはいいとこあったかもな」


帰りにお土産で買った日本刀はさみの切れ味を試しながらそう思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る