第2話 絶滅世界
梅雨が終わり、本格的な夏を迎え始めた頃、僕はとある大学の研究所に取材に来ていた。
研究室は季節関係なく、ジメッとした雰囲気が立ち込めている。
教授は今、席を外していると言われ、僕は研究室内で待っていてくれと言われていた。
そうして、ここに来るまでにかいた汗などをハンカチで拭きながら待っていると、ドアを開ける音が聞こえ、いかにも研究に身を捧げていると言った感じの男が入ってきた。
彼もまた、外出で汗をかいているようだが、その汗を気にする様子もなく、この暑い季節などお構いなしに、しわのついた白衣を見に纏っている。
講義などで一応人前に出るようだが、あまり身なりなどは気にしないタイプのようだ。
あくまで、研究一筋といった感じの人間だ。
「いやいや、客人を待たせてしまってすみませんね」
「いえ、私の取材依頼も急なものでしたから、取材のご協力誠にありがとうございます」
「全然、むしろ私の研究に興味を持ってくれるなんて嬉しいな、あ、私の名前は白亜努です、どうぞよろしく」
「こちらこそ、僕の名前は元輿付喪です」
「では、世間話もなんですから、ささっ、こちらの部屋へどうぞ」
そう言うと、応接間と思われるこの部屋のもう一つ奥の部屋へと彼は案内を始めてくれた。
「私の研究分野は恐竜などについて専攻していましてね、様々な場所に出向いては地層と向き合い、その場所の昔の環境ぶりを考察するのが主になります」
「そこには、昔採取した化石などが飾ってあります、ほら、これなんかは岐阜に行った際に特別にと知人からもらったオオミツバマツの球果の化石ですよ」
「なるほど、松ぼっくりもこんな綺麗な形で化石になるとは、すごいですね」
「でしょう、私たちはタイムマシンを作ることなんて到底できないだろうが、地球が大切に残してきた遺物を見ることで過去のことがよくわかるのです」
「もちろん、タイムマシンができないって完全に否定するわけではないですがね」
彼は軽く笑いながら話す。
しかし、研究室とは言ったものの、化石がいくつか飾っている以外はこれといった研究を行っている場所と言えそうなものはなかった。
そう思っていたのが見透かされていたのか、彼がまた話し始める。
「ふふ、これと言った研究をしてないようなって思いましたね?」
「い、いえ、そんなことは」
思わずドキりとする。
「いやいや、隠さなくていいですよ、確かにここは研究をしていると言った割にはそれっぽい道具もほとんど置かれていないですから」
「実際、ここでする事は少ないんですよ、ボランティアの大学生とか捕まえて、ショベルカーで掘り起こした岩から化石を探して、見つけた化石をクリーニングしたら、そこに来た人とどんな生物がいたのかを調べることが多いですし」
「だからね、この夏は暑くて辛いものです」
男の話は一人で盛り上がっていっていた。
だが、言われてみれば確かにそうだ。
僕はてっきり研究室に行けば面白い何かを見つけれるかなと思っていたが、他の研究に比べて外での活動が多いのは少し考えればわかる事だった。
今回の取材は失敗かもなと思い、少し落胆してしまったその時、彼は言った。
「それでね、今日取材したいって言うもんですから、急遽、近くの地層を調べに行こうと思うんです」
「でかい機材とかは流石に準備出来ませんでしたけど、研究室で私の話をダラダラと聞くよりは実際に見ながらのほうがいいかなと思いましてね」
「本当ですか、それはありがたい」
「よし、それじゃあ早速準備しましょう」
「元輿さんの格好じゃ少し動きづらいし、その服が汚れてしまうのも嫌でしょうから、私の活動用に使っている服を貸しますよ」
そう言って、彼は青色のTシャツと、薄い黄色のジーンズを手渡してくれた。
「何から何まですみませんね」
「いいんですよ、じゃあ私は部屋の外で待ってますから、着替えたらきてください。
そう言って男は部屋から出て行った。
私も少し急ぎ目に着替え、後を追った。
「車で三十分ぐらいのところなんですけどね、少し面白い噂のあるところでして」
車で向かう途中に彼が言う。
「面白い噂?」
「はい、なんでも、ここではよく、絶滅したはずの生物の目撃情報がありましてね」
「始まりは、もう十年は前かな、森というか林というか、少し木の生い茂る場所なんですが、近くを通りかかった住民が、昔本で見たことのあるようなでかい恐竜を見たって騒ぎ始めましてね」
「最初は誰も気に留めていなかったんですが、それからしばらくして、他の住民からも目撃情報が寄せられたんです」
「流石におかしいだろうとなって、私含めた研究者何人かでそこの調査に向かったんですけどね、それで・・・」
彼は少し勿体ぶるように間をあける。
「それで・・・?」
「恐竜は見ませんでしたよ」
「そうですか・・・」
僕は少しがっかりした。
「ですがね、私たちは見たんですよ、ジャイアントモア」
「ジャイアントモアって、あの絶滅したでかいあの?」
「そうです、でもジャイアントモアは十五世紀には絶滅したはずなんですよ」
「それに、あれはニュージーランドが生息地ですよね?」
「そうなんです、だから私たちもびっくりしました」
「他の絶滅した鳥だったら、見間違いなんかで片付けられますけどね、ジャイアントモアと見間違える可能性のある鳥なんて、世界で探しても、ましてや日本でなんて、見間違えるはずがないんです」
「確かに、そうですね」
「私たちは一目散に追いかけました、けど、気づいたらいなかったんです」
「しかし、私たちのうちの一人が写真を撮っていたのです」
「本当ですか?じゃあその写真は・・・」
「なくなったんです、いや、正確には撮ったはずなのに消えていたんです」
「彼は焦って適当にシャッターを押したわけでもありません、しっかり画角にジャイアントモアを捉え、シャッター音に関しては我々だってしっかり聞いていました」
「なるほど、確かに面白い場所ですね」
「でしょう、話が盛りがっていた間に、もう目的地につきそうですよ」
そう言うと、彼は近くの有料駐車場に車を止めた。
「ここからは歩きです、なに、十分もかからないでしょう」
確かに、話で聞いていたような林と森の中間ぐらいの場所はここからでも遠目で捉えることができた。
奥には海もある。
「まぁ、暑いですから、この距離でもだいぶ汗かきそうですけどね」
そう言って少し頭をかきながら彼は車を出る。
僕も続いた。
エアコンの効いていた車のドアを開けた瞬間、体全体にむわっとした暖かい空気が通過し、外全体が夏になったのだなと感じられた。
「いやー、外に出た瞬間にこれですか、本当に暑いですねー」
「そうですね、外での研究が大変なことがよくわかりますよ」
「はは、まぁ夏は日が長いのでそこの所はいいんですけどねー」
そんな他愛のない話をしながら目的地へと足を運ぶ。
「着きましたよ、いやー、疲れた、とりあえずそこに自販機がありますから、何か買ってきますよ」
「何から何まですみませんね本当に」
「気にしなくていいですから、スポーツドリンクでいいですか?」
「あー、緑茶にします」
「緑茶ですね、分かりました」
そう言うと彼は小走りで自販機に向かう。
取材場所、服、飲み物、車、彼にはお世話になりっぱなしだ。
今日の取材が終わったら、何かお菓子を買って今度届けよう、そんなことを考えていた。
「ここが例の森か、特に怪しい感じもしないし、特別な念なども感じ取れる様子はない」
何か変わったものがないかを目視で確認していると彼が飲み物を買って戻ってきた。
「はい、買ってきましたよ、綾鷹でよかったですか、生茶もありましたけど」
「お気遣いありがとうございます、綾鷹で大丈夫ですよ」
そう言って一口緑茶を喉に通す。
少ししか歩いてないとはいえ、やはり喉は乾いていた。
「乾いた喉に冷たい飲み物を流し込むのは夏って感じがしますね」
そう言いながら、彼も買ってきたスポーツドリンクを飲む。
「そうですね、これが一番本来の夏って感じ
です、人の作ってきた夏祭りなどの伝統でもなく、生物としての夏って感じがしますね」
「はは、小説家の方は感じ方もおしゃれですな」
「それじゃあ、今日行くのは海の方です、やっぱり海の近くは地層の変化が顕著に出ていますからね」
彼はそう言いながら、海の方へと足を進める。
私も彼の後を追った。
「本当だったらボーリング調査とかもして見せてあげたいんですけどね、まぁ、少し崖の見えるところまで行けば地面の層が分かりますから、今日はそれを見て貰うくらいしかできません」
「一応雰囲気出すために、メジャーとかロープとかスコップなんかを、この小さいバッグに入れてきたんですけどね」
「ロープは研究じゃなくて冒険か」
彼はバッグからロープを取り出して、笑いながら見せて来る。
「ははっ、じゃあそのロープは僕が持ちますよ、冒険は協力が大切ですからね」
「それにいいんです、むしろここまでさせてもらって十分すぎるほどですから」
彼と崖を見上げれる場所まで行き、彼がひとつひとつ地層の変わり目や堆積の仕方からわかることをひとつひとつ丁寧に解説してくれた。
昔の時代から来た私は、最初は現代の言葉すらも怪しい人間だったため、もちろん現代の子供たちが勉強してくる内容だってよく分からないことも結構ある。
小説家になって変な知識は積み重なっていたが、調べていないことは基本的なことすらもちんぷんかんぷんだ。
しかし、彼の説明はとても分かりやすく、質問にも嫌な顔せず答えてくれた。
「・・・とまぁ、こんな所です」
「沢山の話ありがとうごさいます、いい取材になりました」
「そうでしたら、よかったですよ」
「では帰りましょうか」
「あ、できれば、その、噂の森をもう一度だけ見に行ってもいいですかね?」
「いいですよ、というか、私も行くつもりでした」
そう言って彼は少し笑う。
「しかし、この森に恐竜なんかいたら流石に目立ちすぎるぐらいの狭さですね」
「ですねぇ、だから見間違いだとは言われているんですが、私自身もここでの不思議な体験をしたものですから、信じたいものですな」
「それに、恐竜などの化石を研究している私にとって、この場所が本当に恐竜を見れるなら天国です」
「いつか見れるといいですね」
「あっ、そう言えば飲み物、飲み終わりましたよね、さっきここの近くの自販機で買いましたから、捨ててきますよ」
「いや、さっき買いに行ってもらったんですから僕が・・・」
「いいんです、あなたは取材に集中してて下さい」
そう言うと彼は私の握っていたペットボトルを取ってまた小走りで自販機の方へ向かった。
本当にすごくいい人だ、この人の研究はいつか報われてほしいな、そんなことを思っていると僕の目にまさかの光景が飛び込んできた。
「恐竜?」
先ほどまでは何もいなかったはずの森の奥に恐竜の姿がある、見間違えるはずなんてない。
でかい頭に、鋭く伸びた爪、そしてそのでかい体を支える大きな足がついた生き物が森の奥にいる。
「これは・・・?」
恐竜をもっと間近で見るために、恐る恐る森へと足を進める。
そうして奥に見える恐竜に目を奪われていたその時!
草が生い茂っていてよく見えなかった中から、小型の恐竜が飛びかかってきた。
すんでの所で衝突は避けたが、その鋭い鉤爪で服ごと足を切ってしまった。
「ここは何かヤバいっ!早く戻らなくては!」
痛む足を無理やり動かして、入ってきた森の入り口を目指す、そこまで広い場所でもなかったため、入り口はすぐのはずだ。
しかし、入り口だと思って飛び出した場所はひらけた場所ではあったが先ほどまでいた場所とは全くもって様子が違う。
言ってしまえば、昔、恐竜がいたと言われた世界のような場所だ。
空にはプテラノドンのようなデカい飛行生物がおり、荒野のような場所にはさっき森の奥で見かけたような恐竜が何匹もいる。
崖の下の海にも、プレシオサウルスのような首の長い生き物がいる。
「こ、ここはまさか、恐竜時代だって言うのか?」
そんなことを思っていたが、そこにまたありえない光景が広がる。
「え?あれって、ジャイアントモアじゃないのか?」
先ほど自分も襲われたような小型の肉食獣に追われているその生き物はまさしくジャイアントモアだった。
それに、よく見ると空にいるプテラノドンみたいな生物が捉えているのは確か、前に図鑑で見たことがある。
ホオダレムクドリだ、こいつも1900年初頭に絶滅していたはず。
ここはなんかおかしい、だが、ここがどんな世界かは分かりかけてきた。
時代問わず絶滅した生物だけが存在する世界。
いや、絶滅したものが流れ着く世界と言った方が正しいのか、その辺はよくわからないが別にいい。
あの森はこの世界と僕のいる世界の繋ぎ目となる部分だったのかもしれない。
しかし、昔ジャイアントモアを見かけて追いかけた彼含む研究者はこの世界に迷い込む事はなかった。
なぜ僕はこの世界に迷い込めたのか、正直わからない。
だが、そんな事はどうだっていい、僕はここから抜け出す方法を考えなくては。
しかし、僕に考える余地なんてのは与えてくれないみたいだ。
何も隠すものがない荒野で一人立ち尽くしていた僕は格好の獲物だ。
小型の肉食獣がまた僕の存在に気づき向かってきた。
「くそっ、まずい」
とりあえず、草木などの身を隠せる場所の方へと向かった。
荒野で自分よりもサイズの大きい生物たちとの追いかけっこに勝てるわけがない。
森の中に入り込んだはいいものの、さっきみたいに見えないところに潜んでいるやつにまた襲われたらどうしようもない。
切った足の痛みもどんどんひどくなってきている。
「とりあえずこれしか・・・」
痛みを振り切って僕は足のかけれそうな場所があった木によじ登った。
ここなら多少高さもあるし、周りの状況も幾分か確認しやすい。
僕は呼吸を整えながら、彼にもらったTシャツの袖を片方ちぎって足に巻きつけた。
一応の対策はできたものの、足の怪我もそうだが、時間が経てば経つほど食べ物、飲み物、沢山の問題がのしかかって来るはずだ。
「どうしようか・・・」
そう思っているとスマホが鳴る。
電話だ。
「ここ、電波通ってるのか?」
そんな疑問があったが、とりあえず電話に出る。
電話の相手は彼だった。
取材のお願いをするために一度電話をしていたので、僕の番号を知っているみたいだった。
「もしもし?元輿さん今どこにいるんです?」
「あー、なんと言えばいいのかわからないけど、恐竜たちのいる場所に来てしまったみたいだ」
「え?本当ですか!?一体どこです?」
「いや、君は絶対森に入るな、僕も森の奥で恐竜を見かけて森の中に入ったら全然違う謎の世界に足を踏み入れてしまった、小型の恐竜に襲われて足も怪我をしている」
「そんな・・・大丈夫なんですか!?私にできることってありますかね?」
「そうだな、とりあえず僕たちが森を見た反対側に行ってくれ、森の中には入らなくていい、僕たちが飲み物を買ったりした方の反対側の森の入り口、そこに立っていてくれ」
「それだけでいいんですか?わかりました」
「できるだけ急いでくれ、怪我の具合的に時間もあまり待ってくれなそうだからな」
「電話は繋げたままでいいですか?」
「あぁ、大丈夫だ、そうしてくれ」
ギャー!ギャー!
大きな鳴き声と共に、木が倒れて僕は地面に叩き落とされた。
幸い頭は打たなかったが、左腕を下にして落ちたため、おそらく骨が折れた。
ものすごい激痛が走っている。
「くっ、一体・・・なに、が」
意識も少し遠くなってきたのかもしれない。
しかし、今ここで失ってはダメだと自分に言い聞かせ痛む体を無理やり起こした。
痛み自体はものすごいものだったが、逆に意識が戻ったためそこだけは良かったこととする。
意識がはっきりしてきた所で何が起こったのか分かった、プテラノドンみたいなやつが木に突っ込んできたのだ。
「えらく目のいいやつだな」
「ちょっと、今の音ってなんですか!?、大丈夫なんですか?」
「あー、とりあえず大丈夫だ、とりあえず君は全力で走って反対側を目指せ、さっきよりも時間の猶予は無くなってしまった」
「わ、分かりました」
そう言うと電話越しに、彼が勢いよく走っている足音が聞こえて来る。
「彼は全くもって理解できない状況をいきなり説明され、それに勝手に巻き込まれているにも関わらず僕のために全力を尽くしてくれている、僕も痛みなんて気にしちゃいられないな」
そう思い、僕は飛び込んできたそいつに目を合わせる。
ギャー!ギャー!
そいつはまた大きく鳴き声をあげると、それまた大きなくちばしを開いて、丸呑みにしようと突っ込んできた。
「くっ、早い」
動きは単調なため、僕はなんとか避けることができたが、かなり素早い。
僕が今五体満足であればこれぐらい早かったとしてもマタドールのようにひらりと躱わせただろう。
しかし、右足と左腕がろくに言うことを聞かないのだ。
これは不幸中の幸いと言えるが、痛めたの手足が対角でよかった、これなら痛めてない右足に力を込めて避けても、避ける方向的に左手を使って受け流しやすい。
そうして、しばらくはそいつの動きについていけた。
「白亜さん、後どれくらいですか?」
「ハアッ、ハアッ、運動とは無縁でしたから、多分最初に走れって言われた距離から一キロほどだったんですけど、すぐバテてしまって、あと三百メートルぐらいで着くと思います、でもスピードがだいぶ落ちてしまって、ここまでの距離よりも時間がかかってしまいそうで・・・」
「そこまで詳しく説明しなくてもいい!!走ることに集中するんだ!」
先に聞いたのは僕だが、怪我の度合いで精神が乱れつい怒ってしまった。
「す、すいません、急ぎますから」
電話越しの足音から、ラストスパートをかけてペースを上げてくれたようだ。
「ありがとう白亜さん、おっと!」
「電話中に邪魔はいただけないな、まぁ、肉食獣に言ったところでしょうがないか」
(これくらいならまだ全然いける、白亜さん頑張ってくれ)
そう思っているとまた性懲りも無く突っ込んできた」
「それっ、これなら・・・えっ?」
くちばしを避けて左に体勢を崩したのだが、視界の端から見える光景を、右腕を切り裂くような勢いで振り下ろされた左翼を、僕の目はバッチリと捉えた。
(避けきれない!)
僕は勢いよく近くの木まで吹っ飛ばされた。
「ガハッ!、ハアッ、ハアッ」
まずい、おそらく、いや確実に今ので右腕も逝った。
体の中で満足に動かせるのはもう右足だけだ。
吹っ飛ばされた衝撃のせいで、なんとか維持していた意識も吹っ飛びそうになっていた。
遠い意識の中考えていると、あいつが近づいて来る、大きく開いたままのくちばしがどんどん迫って来る。
「よしっ、今だ!!」
僕は持てる力を全て振り絞ってポッケからロープを取り出し、あいつのくちばしにキツく縛る。
「これでお前の最大の武器は封じた、その翼を使っても攻撃できるが、捕食はもうできないぞ」
そいつがくちばしを無理やり開こうと、僕の事そっちのけで暴れ始めた所でちょうどよく彼からの声が聞こえた。
「ハアッ、ハアッ、着きました、着きましたけど、他にすることって、ハアッ、ハアッ、あります?」
相当頑張ってくれたようだ、彼の喋り方からもよく伝わる。
「いや、あとは出来るだけ森の奥が見渡せるような木の少ない位置に立っていてくれればいい、何度も言うが森の中にまでは入らなくていいからな」
「わ、分かりました」
そして僕はまた痛む足を無理やり動かしながら、森の反対側が見える場所まで移動する。
「ビンゴだ・・・僕は今、森の向こうにはっきり彼を捉えたぞ!」
僕は彼から電話が来て気づいたのだ、この森を抜け出す方法を。
成功するかなんて分からなかったが、僕は森の奥の恐竜を見て、それを追いかけてここに来た。
つまり、抜け方はその逆のはず。
森の奥の現存生物を見て、それを追いかければ僕は抜け出すことができる、正確には僕たちの中での現存生物と呼ばれるものたちの世界に行くことができる。
僕は腕も振れない中、全力で走った。
バランスを何度も崩しそうになったが、なんとか態勢を整えて走り続ける。
まだロープは取れてなかったようだが、僕に対して激しく怒るあいつが追いかけて来る足音も聞こえる。
「空の上から探して飛び込む方法は得意だろうが、地上での追いかけっこは苦手だろう?、なにせ、こんな状態の僕ですら逃げられるんだからな」
伝わるわけもないが、そんな捨て台詞を吐きながら僕は彼の見える目の前まで来た。
そして、森を抜ける・・・
いきなり地面が道路に変わり、僕はびっくりして思わず体勢を崩して転んでしまった。
「ハアッ、ハアッ、戻って・・・来れたのか?」
「だ、大丈夫ですか!?!?」
彼の声が聞こえる、帰って来れたようだ、本当に良かった、安心すると僕は気を失った・・・
数時間ほど経って僕は目を覚ます、体には至る所に包帯が巻かれ、無理して動かした体からはまだ痛みが走る。
「目、目が覚めた!」
そう言って彼がナースコールを押す。
病院の先生たちも僕の寝ている病室に来た。
「大丈夫ですか、すごい大怪我でしたよ」
「腕、足、背中の複雑骨折、そして肋にもひびが入っていました、よく生きていましたね」
病院の先生がそんなことを患者に言うのかと思ったが、僕はそれぐらいの怪我を負ったようだった。
実際、折れている場所は他にもあったようだし。
しばらく医者から、どれくらい入院するかや、リハビリの事などの話をされた。
そうして話が終わると、彼が話しかけて来た。
「あなたが森からいきなり現れた時、本当にびっくりしましたよ、怪我もそうですけど、電話の内容も本当だったんだなって」
「嘘をついていると思われても仕方ないと思ってました、信じてくれて、僕のために走ってくれて本当にありがとうございます」
「いやいや、僕なんかより自分の体を褒めてあげてくださいよ、そんなになるまで頑張ってくれたみたいですし」
やっぱりこの人はいい人だな、そう思った。
「でも、電話越しの元輿さんなんか性格変わってましたね」
彼が笑いながらそう言う。
「いやぁ、本当にすみません、追い込まれて語気を荒くしてしゃべってしまって」
「いやいや、いいんですよ、これからは気を使わずに話してください、もうただの取材先の人なんて関係じゃあないでしょう?」
「ふふっ、確かにそうかもしれないですね」
「今日は一日中お世話になったので、今度菓子折り持って行きますよ」
「じゃあ、僕は次はもっとすごい調査を見せれるようにスケジュール調整しますね、退院のタイミングとかに合わせれればいいけど」
「そこまでしてくれなくても大丈夫ですって」
彼としばらく談笑したあと、彼はまた明日も来ますと言って病室を後にした。
それから、体の痛みでよく寝れなかった僕は今日起こったことを考えていた。
抜け出す方法がうまくいったのは確かだし、だからここにいるのだがそうすると一つ疑問が浮かび上がる。
彼含む研究者の人達は、なぜあの世界に迷い込まなかったのか。
しばらく考え込んでいると、一つの結論に辿り着いた。
僕は転生した身、本当はこの世の中にいないはずの人間なのだ。
そういう意味で、波長があったのかもしれない。
「まぁ、今回の取材は妖怪とか関係なかったけど、かなり興味深かったな」
珍しくそう思った。
普段は特段そう言うことはないし、こう言う妖怪に関係のない取材は、小説家として当然と言う側面の強い取材であるため、それほど熱意のあるものではない。
彼の情熱溢れる説明を聞いていたからだろうか、それは分からない。
だけど、僕は退院したら、真っ先に図書館で本を借りようと思った。
恐竜図鑑を借りに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます