第2話 あなたの腕の中で

「よーし、そろそろ休憩は終わりにして、

 町に戻ろうか? フィア。」

「う、うん・・・」

エリナの声に、よいしょっと体を起こす。

確かに休めたけど、休めたけどっ・・・!


「ねえ、エリナ。今更だけど、どうして膝枕だったのかな・・・?

 エリナもさっきまで、いっぱい動いてたよね?」

魔力回復薬を飲んだ後に、流れるようにさっきの体勢にされて、

そのまま頭まで撫でられたら、もう動けなくなってしまう。


嬉しいけど、やっぱり恥ずかしいし・・・

何より、私がエリナにそれをやってあげたいのにっ・・・!


「んー? フィア疲れてたみたいだし、私も休めてるから大丈夫だよ。

 何より、ああしてる時のフィア、すごく可愛いなって思ったから。」

「~~~!!」

エリナの言葉に、また顔が火のように熱くなってしまう。

体は休めたけど、心はそうじゃないのは気のせいだよね・・・?



「・・・・・・」

「エリナ、どうしたの?」

それから、私達は歩き始めたけれど、

すぐにエリナが立ち止まり、遠くを見つめるような仕草を見せて、

少し不安になってしまう。


「フィア、ちょっとごめん。」

「ひゃいっ・・・!?」

その時、エリナが私の背中と足に手を回し、ひょいと抱え上げた。

こ、これって・・・『お姫様抱っこ』!?


かつて『風の剣士』が、彼女の最愛の人であり、

一国の姫でもあった『水の賢者』を、こんな風に抱き上げていたことから、

この名前が広まったらしいけど、まさかエリナはそれを知って・・・

いや、『風の剣士』に憧れてるエリナが、知らないはずが無いよねっ・・・!?


「え、エリナ・・・?」

「・・・すごくやばそうなのが、こっちに来てるみたい。

 逃げられるなら、このまま走って逃げるけど、もし無理な時は・・・」

「っ・・・!!」


うん、エリナは時々、私を悪戯っぽく可愛がったりするけど、

こんな冗談は言ったりしない。

そして、遠くを見つめるその瞳も、真剣そのものだ。

彼女の腕の中で、見惚れてしまいそうになるけど、私も気を引き締める。



「・・・近付いてきた! 方向は多分、真っ直ぐこっちのほう。

 この草原じゃ、隠れる場所も無い、か・・・」

「うん、もう私にも聞こえる。

 あっちから走ってくるのは・・・ギガントバッファロー・・・!!」

さっき二人で討伐したウルフ種とは、危険度も大きく異なる。

まず身体そのものが大きいし、気に障れば人でも他の動物でも、すぐ攻撃してくる。


少人数のパーティーで遭遇してしまったら、自分達の不幸を嘆くしかない、

と言われているような存在だ。


「エリナぁ・・・もしかして、さっき戦ったウルフ種の・・・」

「うん、血の匂いでも嗅ぎつけられたかな。

 どのみち、こうなったら仕方ない。

 まずは走るから、しっかり掴まって・・・!」

「ううっ・・・!」

私を抱き上げるエリナに、ぎゅっとしがみつく。


それを確認するように、ほんの少しだけ時間を置いて、

風のような速さでエリナが駆け出した。



「・・・! 来た!」

エリナの声に、恐いのを我慢して目を開けると、

私達が進む方向から見て横のほうから、

物凄い勢いでギガントバッファローが突進してくる。


もちろんエリナは、最初からそれを避けようと動いているから、

明後日の方向に駆け抜けるギガントバッファローを、

一度は見送る形になったのだけど・・・


「ひいっ・・・! こっち見た!」

「完全に私達が狙われてるね。これは、やるしかないか。」

脚を止めた相手の両目は、間違いなくこちらに向いている。


「や、やるって何を・・・?」

「私とフィアなら、出来るでしょ。」

「・・・っ!! う、うん、頑張る・・・!」

ずっと一緒にいるエリナのことだから、

どうしたいのかは、それだけで分かった。



「また、来た・・・!」

「うん、しっかり見る・・・!」


突進するギガントバッファローに、

今度は正面から向かい合うように、エリナが駆け出す。


もちろん、このまま衝突すれば、

私達は簡単に吹き飛ばされてしまうだろう。


「曲がるよ。」

「んっ・・・!」

一言だけの合図で、エリナが走る方向を変え、

私達はギガントバッファローとすれ違う。


少し距離はあるけれど、周りに風が吹き荒れるようで、

その爛々と輝くような目が、こちらを睨んだように見えた。



「次は・・・行けるかな?」

足を止めて、再び突進してくるだろう相手のほうを向きながら、

エリナが尋ねてくる。


少しだけ、呼吸が荒い。

今のを、何度も続けることは出来ないだろう。


「うん、次で決める。エリナ・・・」

「ん?」


「大好き。」

「・・・! うん!」

お互いに笑い合って、次で終わらせることを、固く誓った。



「行くよ。」

「うん!」

再びギガントバッファローが突進を始めるのを見て、

エリナが合図をして駆け出す。

私もその腕の中で、先程から続けている準備を、仕上げにかかる。


「曲がるよ。」

「撃つよ・・・!」

そして、先程と全く同じように、相手とすれ違うところで、

私は魔法陣を展開した。


フレイム・ランス!!」

そこから炎の魔法が放たれ、ギガントバッファローの目を撃ち抜く。

う、上手くいった・・・!


「~~~~!!!」

どんなに体が大きな動物だって、目を焼かれて無事なはずはない。

その脚は止まり、悲鳴を上げるように大きく咆哮する。


「エリナ、悪いけど・・・」

「うん、もう一回!」

相手の大きな隙を逃さず、エリナがすぐに反対側に回り込む。

私も同じように炎を浴びせ、ギガントバッファローの視界を完全に絶った。


「これで、終わりっ・・・!」

そして、素早く私を下ろしたエリナが、その剣で相手の急所を切り裂き、

やがて巨体がどさりと倒れる音が、草原に響き渡った。



「や、やったあ・・・!」

それを見て、さっきまでの疲れや恐怖がどっと押し寄せてきて、

私はぺたりと座り込んでしまう。


「フィア、悪いけど、今の騒ぎでまた何か来ちゃうと嫌だから、

 早めに素材を回収して、町へ帰ろうか。」

「そ、そうだよね・・・うう・・・」

エリナの言う通りなのは分かるけど、

力を出し切ってしまった身体は、そう簡単には動いてくれない。


「ほら、フィア。」

「ひゃっ・・・?」

そんな私を、エリナがまた『お姫様抱っこ』で抱え上げる。


「さっきはありがとう。私も大好きだよ。」

「~~~!!」

そのまま顔を寄せて、お返しをもらってしまい、

頬が真っ赤になるのが分かった。


恥ずかしくて今すぐ駆け出したいくらい、動けるようにはなったけれど・・・

町へ戻るまでの間、私の顔はずっと赤いままだっただろう。

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