小さな灯火は追風の腕に抱かれて

孤兎葉野 あや

第1話 苦いお薬は甘く・・・

目の前には、二十体以上はいるだろう、ウルフ種の魔物。

獲物と定めた相手を取り巻きながら、

隙を見せた瞬間に食い付こうと、唸り声を上げている。


「よーし、こっちこっち!」

そんな状況の中で、エリナが一本の長剣と、

軽装の防具だけを身に付けて、

ウルフの群れの中を華麗に立ち回っている。


近くの一体に斬りつけると、

横から飛び込んできた別の一体をひらしとかわし、

その背中に反撃を入れる。


彼女にとっての憧れの存在・・・かつて二つの大陸を救ったとされる、

六人の女性パーティーの一人、『風の剣士』の伝説を思い出すような動きだ。



「フィア、準備はどう・・・!?」

「もっ、もう少し・・・!」

不意にエリナが私の名前を呼んで、ちょっと慌てながら答える。

あなたに見惚れてました、なんて言ったら怒られる・・・いや、笑われるかな。

だって、かっこいいんだもん・・・!


私の答えにうなずいて、エリナがまたウルフの群れを相手に、

舞い踊るような戦いを続けている。


もしも彼女が、あの群れを引き付けてくれていなければ、

体力の無い魔法士である私は、あっという間にがぶりとやられてしまうだろう。

そんな緊迫した状況のはずなのに、

エリナを見ていると、その動きだけで頭がいっぱいになってしまう・・・



「・・・っ! 準備できた。いけるよ、エリナ!」

気を取られている間に、構築しておいた術式への魔力の充填が終わった。

私だって、ただエリナに守られながら、見惚れていたわけじゃない。


エリナにとって『風の剣士』がそうであるように、

私にも『火の指揮者』という憧れの存在がいる。


その六人のパーティーは、『風の剣士』がリーダーだと言われているけれど、

強敵との戦いや乱戦となれば、『火の指揮者』が的確に仲間達へ指示を出し、

本人もまた広範囲に火の魔法を展開して、幾度も勝利に導いたという。


だから、私だってやってみせるんだ・・・!



「分かった、合図したら撃って!」

エリナがすぐに答えると、立ち回りを少し変えて、

自分を中心に、相手を呼び込むように動いている。


そして、ウルフの群れが包囲網を狭めた瞬間・・・

「フィア!!」

エリナが叫ぶと共に、目くらましの薬粉を振り撒き、大きく飛び退いた。


フレイム・レイン!!」

ウルフの群れの頭上に魔法陣が浮かび、火球が降り注ぐ。

その直撃を受けたウルフは絶命し、負傷したものはエリナがすぐさま斬り伏せる。

残った数体が慌てて、遠くへ走り去っていった。



「よーし、大量大量。」

「ふええ・・・疲れた・・・・・・」

魔物を倒したら、やるべきことは素材の収集である。

毛皮とか牙とか、持って帰れば良い収入になる。


さっきまで動き回っていたエリナが、

疲れた様子もなく、てきぱきとこなしているけれど、

私は自分で分かるくらい、手の進みが遅い。


「どうしたの、フィア。さっきから元気ないよ。」

「うう・・・大技を撃ったから、疲れちゃって。」


「じゃあ、魔力回復薬を飲もう?

 安物だけど、少しは効果あるでしょ。」

「ううっ・・・それ、苦いんだもん・・・」


「もう、魔法は上手くなっても、

 フィアはそういうところ、子供の時から変わらないんだから。」

「だってえ・・・・・・」

幼馴染のエリナには、こんなところも筒抜けだ。


そもそも、エリナが夢を追いかけて剣士になると言い出して、

私もそれに付いて行きたいって、ここに居るのだけど。

あれから、成長できているのかなあ・・・


「よーし、じゃあ私も一緒に飲んであげる。んくっ・・・」

「え、え・・・?」

急にそんなことを言いだしたエリナが、魔力回復薬を口に含む。

いや、剣士が飲んでも、あんまり意味無いよね・・・?


「んっ・・・」

「ふえええええっ・・・!」

そう思っていたら、目の前にエリナの顔が迫ってきて、固まってしまう。

逃げようにも、エリナの腕はもう、私の背中に回されていた。


「んんっ・・・んくっ・・・・・・」

流し込まれた魔力回復薬を、夢うつつの中で飲み込む。

それは、いつもだったら苦いはずなのに、とても甘く感じた。


「うんうん、よく飲めたね。」

「エリナああああっ・・・・・・!」

私を引き寄せた体勢そのままに、頭を撫でてくれるけれど、

顔が火のように熱い。


「こうすればフィアがちゃんと飲めるなら、毎回やる?」

「その前に、恥ずかしくて死んじゃうよお・・・・・・」


「ええー? 今日はフィアの魔法にすっごく助けられたから、

 ご褒美のつもりだったんだけどなあ。」

「ふえええ・・・? 嬉しいけど、嬉しいけどっ・・・!」

悪戯っぽく笑うエリナの言葉に、ますます顔が熱くなる。

その腕はまだ私の背中に回されたままで、

恥ずかしさと幸せな気持ちが、私の胸をいっぱいにしていた。

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