第3話 引きずられて行く

真帆子が家に来た夏休みの最終日から、数日は何事もなく過ぎていた。

登校初日に教室で会った真帆子の様子も、特に変わりなく何時もの明るくて皆の輪の中心に居る姿だった。

璃子もあの日の事を変に蒸し返す様な事を聞かずにいたし、普段通りの様子にも安心していた。

新学期に入り1週間も過ぎたある日の放課後だった。

璃子・真帆子・綾海(あやみ)の三人でおしゃべりに夢中になっていた時だった。

「私さ、夏休みにお母さんの実家に泊まりに行ったの。近くには大きな川と、ちょっとした滝もあってさ」そう言って綾海は母の実家で過ごした時の事を、

しばらく楽しげに話していた。久しぶりに会った従姉が高校生になり、大人っぽくなっていたなどひとしきり話た後、少し声のトーンを落として「それがさ~」と言うと、口をちょっと尖らせて「お婆ちゃんがね・・・」と話を始めた。

「お盆の頃は死者があの世から現世に帰って来る、それは良い霊もいれば悪い霊も・・・。

水辺の近くにはいってはダメだよ。水辺の近くは三途の川と繋がるから、あの世に引きずられてしまうよ」・・・と。

「お婆ちゃん、私 中学生だよ。川遊びなんてしないよ〜」

と答えた綾海の声が聞こえないのか、祖母はまるで呪文の様にずっと繰り返して言っていたと、その時の様子を話した。

伯母によると、去年のお盆に近くの滝から少し下った辺りで、川遊びをしていた子供が事故で亡くなったと教えてくれた。

「お婆ちゃんも知ってる子で、自分の孫でもないのに可愛がってたらしいの・・・で、その子のお葬式の時に見たって言うんだよね」と口元に手を当て、顔をグイッと寄せ小声で言った。

「何を?」真帆子も璃子も顔を寄せ、綾海に聞き返した。

「・・・幽霊」

「え?・・・幽霊?」

真帆子が寄せていた顔を、体ごと後ろに反らせ座っていた椅子も一緒に後ろに下がった。

璃子は綾海の口から出たその言葉に一瞬反応出来ずにいた。

「ちょっと、何マジな反応してるの~。幽霊なんて居る訳ないじゃん。私も聞いた時は焦ったけどさ、何かお婆ちゃんも年だし、見間違いしたんだろって伯母さんも言ってよ〜」そう言って答えた綾海も、さっきの表情とは変わってケロッとした顔をしている。

「も〜、止めてよねぇ。一瞬マジッ!て思ったじゃん」と、真帆子は綾海の肩をバンバン叩きながらそう言った。

そんな2人を他所に、璃子はあの黒い影を思い出してしまった。

あの黒い影・・・もしかして、あれも私の見間違いだったのだろうか? 

いや違う・・・確かに目を開けて見た訳じゃない、でも確かにあれは居た。

璃子の顔を覗き込み、腕を掴み引きずり降ろした。 

もしかしたらあの黒い影の様な物が、幽霊と言われる物なんじゃないのか? 

黙り込む璃子の顔を、綾海が覗き込み「ちょっと璃子! 何マジな顔してんの?もしかして怖がらせちゃった?」と、申し訳無さそうな顔をして声をかけてきた。

「あっ・・ううん、ごめん。違う事考えてた」

璃子は慌てて、手を顔の前で振り返事をした。

1度頭に擡げた思考は、どんどん膨れていってしまった。

考えては否定し、否定してはまた新たな疑問が湧いて出て、璃子の中に少しずつ確実に染み込んでいってしまった。

その日の帰り道、2人と別れ自宅までの間にある小さな橋を渡って居る時だった。

何気なく橋の下の川辺りに視線をやると、夕暮れの中に立ちすくむ人が居た。

すると璃子が視線向けるのと同時にその人も、自分の方に顔を向けて来た次の瞬間、璃子は瞬きするのを忘れたかのようにその姿はを凝視してしまった。

人だと思った姿はそれとは全く違っていた事に気づいたからだ。

「アレだ・・・あの黒い影」 

それは全体が何処までも黒い、人の形をしたあの影だった。  

影でしかないソレは、璃子の方をじっと見ている様な気がして、じわじわと冷たい汗が流れて来た。

目を反らしたいのに、今直ぐにこの場から離れたいのに体が思うように動かない。

その黒い影は少しずつ璃子の方に動いて来ている様な気がする。

怖い・・・。嫌だ・・・。

「このままだと連れて行かれてしまう」そんな恐怖がじわじわと璃子の体に纏わりついて来る。目を反らしたいのに反らす事も出来ず、まるで体が杭の様にその場に打ち付けられたかの如く、身じろぎもせずただ立っている事しか出来ずに居た。


「璃子〜、そんな所で何してるの?」

璃子を呼ぶ声がしたと思ったその時、まるでそれに答えるかの様に璃子の体が軽くなり、その途端一気に体中の毛穴という毛穴から一気に汗が吹き出した。

「ほら、何ぼ〜としてんの。帰るわよ。今日ちょっと遅くなったから、ご飯の手伝いして頂戴ね」

そう言って璃子の肩に手を添えて来たのは、帰宅途中の母であった。

いつの間にか夕暮れ時だった筈の周りの景色は、紫と黒を織り交ぜた景色へと変わっていた。

母に促され歩き出そうとした時に、ふと耳元に声が聴こえて来た。

振り向くと紫から黒に移りゆく景色の中に、何かが立ちすくんでいた。

母には聞こえていないのか、璃子に話しかけて来たが、話の内容が璃子の耳には届かなかった。返事のない娘の様子に母も呆れたのか、買い物袋を持ち直し家路へと向かった。






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