Chapter2 希望と灯りの星空 1話
「あ、あれ…?リージアもいるの?」
タユが扉を開けるとチヒロが床に座っており、その代わりチヒロのベッドに横になっているリージアがいた。
「おかえり〜タユ…今日もごめんね1人にさせて……リージアはさっき来たんだ。みんなで話し合いたいって」
「ただいま。そうだったんだね…うん、僕も話し合ったほうがいいと思ってた」
リージアは黙ったまま体を起こした。
「……ずっと連絡無視しててごめん。色々オレ、考えてて」
「…それは僕もだから…タユ、ごめんね」
タユは2人の様子を見て優しく微笑むと、賄いの袋を近くのテーブルに置くとリージアの隣に座った。
「チヒロくんも、おいで。」
チヒロは少し驚いたような表情をしてから、今にも泣きそうな顔をしてタユをリージアと挟むようにして座った。
タユはそんなチヒロの肩をそっと抱き寄せ、リージアも同じようにした。
「僕って、2人に比べて何も持ってないから、2人に助けられてばかりだけどさ。ふふ、僕、一番年上だからね。こういう時に頼れる存在くらいにはなれるかなって思うんだ。だから…」
リージアは黙って抱き寄せられるままにされている。
チヒロは抑えきれない嗚咽を時折こぼしている。
「大丈夫、大丈夫だよ。どうにもならないことだって僕らなら乗り越えていけるよ。僕はそう信じてるから、今生きてるわけだしさ。ね、だから、少しでも今の状況を整理しよう?」
リージアはタユの言葉を最後まで聞いた後、タユから体を起こしてゆっくり頷いてタユを見据えた。
「…タユの言う通りだ。オレの仲間は今は……お前らだもんな。」
リージアが少し切なげに微笑むと、タユも頷いた。
「最初に言っておかなくちゃいけないことがあった。チヒロ、タユ、ごめん。爆死寸前のアクアリリスを始末したのは、行方がずっとわからなかったオレの双子の兄弟―――レイジアだ。」
リージアの言葉を聞いて、タユは大きく目を見開いた。
チヒロもタユから体を起こしてひどく驚いた表情をしている。
リージアは唇を噛んだ。
「…あんな変な仮面つけててもわかる。第一否定しなかったしな。普通に生きててくれればそれでよかったのに、なんでよくわかんねーことよくわかんねーやつとしてるんだよ……なにがあったんだよアイツ……」
「リージア…」
チヒロはそう言って俯くリージアを見て、伏目がちに口を開いた。
「…よくわかんない人、じゃないと思う。だってあれは、僕のずっと憧れていた、マコトさんだった」
リージアとタユは驚いた顔のまま、チヒロの次の言葉を待っていた。
「僕の隣に来た時は、仮面をしていなかった。でもフードを被ってたからあんまりよく見えなかったんだけど…あの人ね、ファンのことを『オーディエンス』って呼ぶんだ。あの人も…ファンのことではないけれど『オーディエンス』って言葉を使ってた。僕はずっとあの人のこと追っかけてたから、わかるよ。あの人はマコトさんだ…」
チヒロは深くため息をついて、肘を膝に置き、手を合わせた寄せた親指に額を置く。
「でもリージアと一緒。なんか……最後にアイドルをしていた時に見たマコトさんとは別人に思えたくらい、なんか…怖かった。あの人、何をしているんだろう、今…もうアイドルはしないのかな…」
「……それも結構衝撃だけど…そのマコトさんだってムジカなはずだろう?そんな有名な人が行方をくらましながら音楽活動なんてできるのかな…」
タユの指摘にチヒロはさらに悩むように親指をぐりぐりと額にめり込ませる。
リージアが「跡つくぞ」と軽くその腕をはたいた。
「……ほぼ間違いないとはいえまだ憶測だ。考え過ぎるのはやめようぜ。今は中止になった大会の穴をどうやって埋め合わせるか考えたい」
リージアはベッドに手のひらを置き、少し反るようにして天井を見上げた。
「リージア、無理してない?僕はほら…ただの"オーディエンス"だけど、レイジア…くんはリージアの家族でしょう?それも一番大切な…」
リージアは流し目でチヒロを睨んだ。
「もう気ぃ使うな。じゅうぶん受けとめる時間は貰ったし、今は一分一秒だって無駄にしたくないだろ。確かにレイジアのことはめっちゃ大切に思ってる。けど………オレは『スタスタ』のことだって同じくらい大事なんだよ」
ほんのり赤くなっている耳だけむけて顔を逸らすリージアを見て、タユとチヒロは顔を見合わせた。
「ふふ…リージアがいてくれないと『スタスタ』はやっぱ成り立たないね」
「うん、リージアの言う通りだよ。また改めて作戦会議しよ!」
リージアは強気な目に戻った2人を見て、頷き立ち上がった。
「よし!そんじゃ、タユ、賄い漁らせてもらうぜ!」
「も〜、僕らの分残しといてね?」
リージアがキッチンの方に置かれた袋の方へ向かった。
「……あ、そうだ。チヒロくん。マコトさん…?とあの時何か話してたみたいだったけど、何話してたの?」
「え?ああ…」
チヒロは少し上を見ながら思い出す。
――『ねえ、あの歌は、どこで?』
「……ねえタユ、僕あの時何か、歌ってた?」
「え、歌…?うんん、ごめん、ちょっとわかんなかったな…」
「…そっか……僕もちょっとあの時の記憶曖昧で…ごめん。でも大したことは話せてない。」
チヒロは頬を掻く。
「へへ…どうせならあの時色々聞けばよかったかなぁ?なんか名前も呼んでもらえたんだよね…でも……うう…複雑だよ…」
「わ、わ!ごめんチヒロくん…!もう大丈夫だよ…!次のライブのこと考えよっ!」
タユは胸の前で手を振ると少し申し訳なさそうな顔をしてから、リージアの元へと立ち上がった。
チヒロはリージアとタユが袋の中身を一つずつ出しては何か会話しているのを見て、安堵の表情を浮かべた。
「………アクアさんもあの時、僕を見て何か驚いてたような、気がする…」
チヒロは誰にも聞こえないくらいの大きさでぼやいた。
あの男が言った言葉を考えると、チリチリと頭が痛むようだった。
チヒロはパシパシと頬を叩いてから頷いた。
「今は目の前の課題を熟すことに集中、だよね」
(でも…)
「チヒロくん、ハンバーグとえびピラフどっちがいいー?」
「あ、まって!僕も見る!」
チヒロは立ち上がって2人のいるキッチンの方へ向かった。
☆
「いただきまーす!」
テーブルを囲んで3人は賄いの弁当を食べ始める。
三分の一を食べ終わった頃くらいに、リージアが話を切り出した。
「しばらくはこの前みたいな大会ってなさそうなんだよな」
冷静に、弁当から目を離さずリージアはそう言ってからまた一口、口に運んだ。
「チケットも捌ける気しないし…またどこかでフリーライブするしかないよね、そうなると…」
「うん、でももうあの公園じゃないとこがいいかもね…みんなに僕たちのこと知ってもらうためにもさ」
3人は少し唸って考える。
「……僕の故郷とか、どうかな」
チヒロの一言に、2人は驚いた表情でチヒロを見た。
「え?ゴッドツリーから降りるってこと…?たしか下だとムジカは半分くらいしか力を発揮できないんじゃ…」
「…ムジカになってから下に降りたことないからそんな説明されてたの忘れてたな。それもだし、ゴッドツリーで開くライブは誰かが生配信してくれたりするけど、下はわかんねえし、知名度の上昇も大して期待できないぞ」
(…知名度?)
リージアは自分で言った言葉を頭の中でもう一度砕くように、少し眉を顰めた。
チヒロは少し考えてからまた口を開いた。
「だからこそ…かな。どちらにせよ、チケットがはけなければまたフリーライブをするしかない。フリーライブって駆け出しのムジカが少しやる分にはいいけど、法律的にはグレーなところあるからさ。ちょっとずるいかもしれないけど、僕の故郷のみんなならきっと…買ってくれると思うし、家族や友達にスタスタのこと紹介したいし…」
タユはそれを聞いて少し考えてから顔を上げた。
「それをするにしても…二度や三度はできないし、厳しいこと言うようだけど知名度はまったく上がらないよ。」
「うぐ…それはそう、なんだけど…」
「なら、シェアモニターにオレたちのチャンネルを開設して配信するのはどうだ?」
タユとチヒロはハッとしてリージアを見た。
「切り札というか、狡い手かもしれないけど…オレが、"Rz"が作曲したって公表する。オレはゲームbgmのクリエイターだし割と有名なタイトル持ってるから、注目はされると思う。だが――」
リージアは2人を真剣な表情で見据えた。
「そこでオレたちの評価は大体決まる。満足させられなければ『あいつらはあんなもんだ』で終わる」
タユとチヒロは生唾を飲み込む。
チヒロがぎゅっと膝の上で拳を作り二の句に悩んでいると、タユが先に口を開いた。
「や、やってみたい…!僕…!もしそれでうまく行けば、ゴッドツリーの下でも、力がじゅうぶんだせない状態でもこれだけやれるんだって評価にも、繋がるはず…!だよね…⁉︎リスクが大きくても…僕はもう後悔しないように、少しでもやりたいって気持ちがあることは全部やってみたいんだ!」
「タユ…」
タユはチヒロの肩を強く掴んだ。
「チヒロくん、やりたい…!やろう…⁉︎不安…だけど…"僕たち"なら、できるよね…?うんん、STAR⭐︎STARTERなら、"やる"よね…⁉︎」
タユの掴む手から緊張が伝わってくる。強く熱を持ったタユの手が、肩からチヒロに熱を伝染させていく。
「……うん、うん…!そうだよね!タユ!僕たちならなんだって乗り越えていける!」
チヒロは何度も頷いてタユと手を握り交わした。
リージアはその様子を見て静かに微笑んだ。
「決まりだな。そしたら色々それに向けて準備しないとな……会場の設営とか打ち合わせはチヒロが故郷の人にアポ取っといてくれるか?」
「もちろん!」
リージアは元気よく頷くチヒロに笑顔で頷いて、タユに顔を向けた。
「タユは……新曲自体は出来上がっているから、チヒロのサポートをしてあげてほしい。オレは配信の準備をする」
「うん、わかったよ」
その返事を聞くとリージアは立ち上がって、3人の真ん中あたりに手を伸ばした。
「よし、2人とも手を重ねろ!えいえいおーするぞ!」
目を輝かせながら2人を見るリージアに、2人はポカンとする。
「なんだよ、ノリ悪いじゃんか、オレこれ友達とやるの夢だったんだけど……」
「違うよ、ふふ、リージアが可愛くて…ふふ」
タユとチヒロがくすくすと笑うと、リージアは顔を真っ赤にして頬を膨らませた。
「ごめんごめん、はい、リージア!」
タユがリージアの上に手を乗せると、その上にチヒロも乗せた。
「……おいチヒロ、お前がリーダーなんだから音頭とれよ」
「えっ⁉︎あ、あー!わ、わかった…!」
チヒロは大きく息を吐いてから、大きく息を吸った。
「が、がんばろー‼︎おーっ!」
チヒロの裏がえる声にタユとリージアは吹き出した。
それに照れるように、チヒロも頭の後ろを掻いて笑った。
小さな寮の部屋の窓から漏れる3人の声は星空に上り、星がそれに反応して瞬くようであった。
☆
「……うん、やっぱり夢を追ってよかったなって思ってるよ」
『ふふふ、よかったわね、チヒロ』
チヒロは部屋着のまま、通信機を片手に寮の外に出ていた。
2人の部屋の明かりは消えている。タユが先に寝ていて、チヒロは先ほど3人で決めたことを故郷の母親に告げるため通話を繋いでいた。
『でも、どうしてこっちで?私たちも実はチヒロたちのライブ映像、配信で見ていたけれど、結構反響あったしチケット買う人だってきっとたくさんいるはずよ?』
「無料と有料じゃ全然ワケが違うよ、お母さん…」
『あら…世知辛いわね。お母さん、チヒロが世界一歌が上手いアイドルだと思うんだけどなぁ』
「や、やめてよ…!それはお母さんが僕のお母さんだからだよ!」
『ふふふ、半分はそうかもしれないけど、お世辞じゃないのよ?本当にチヒロの歌声はどんな人も幸せにしてくれると思っているもの』
「お母さん…」
チヒロは久しぶりに聞く母の声とその優しさに触れて少し胸が熱くなった。
『もちろん、チヒロが本気で頑張るならどんな夢でも全力で応援したいし、協力もさせてもらうわ。でもお母さん、ちょっと心配』
「え?何が?」
チヒロの母は小さく唸る。電話の向こうでどのような表情をしているのか読めない。
『チヒロ、なんか無理してる。元気ないもの。でも現状を後悔しているようには聞こえない……何か、悲しいことでもあった?』
チヒロは言葉を飲み込んだ。
母の鋭い指摘に、何も返すことができなかった。
『チヒロ…?』
母が何も言わないチヒロを心配している。
チヒロは意識的に口角を上げる。
「…は、あはは…お母さんはなんでもお見通しなんだな…うん、実は悲しいこと、あった。あのね……友達のアイドルが、その、死んじゃったんだ」
母は少しの間絶句していた。
そうしてから、小さく息を吐いた。
『……そう、それは辛かったわね。』
母の優しい声色に、チヒロは喉が押し上げられるような感覚と共に、涙を堪えようとそれを押し返すように口をギュッと結んだ。
『あのね、お母さん…チヒロを送り出した時も、本当は引き留めたいくらい心配だった。ムジカって…結構その、凄惨な死に方をするって聞いたことがあったから。可哀想よね…あんなにキラキラ輝いていて美しい存在なのに。ムジカが"魔法使い"みたいな存在だったらよかったのにね。
でも、チヒロは誰にでも愛される子だと思っているし、素直で真っ直ぐでタフで、やればできる子だって信じているから送り出したのよ』
母はチヒロの返答を一度待ったが、彼を案じてまた話し始めた。
『チヒロ、よく考えてね。いつでも力になるから。悩んでいることは大一番まで悩んだままにしておかないこと!いいわね?』
「……うん、ありがとう、お母さん」
チヒロは通信機を切って、だらりと腕を下げた。
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