Chapter1 青く眩しく脆い星屑 5話

「おまたせしました〜、ランチのドライカレーでーす」


ロワンが客の前にドライカレーを盛り付けた皿を置いてカウンターに戻ってくる。ちょうど別のテーブルに配膳を済ませてきたタユがロワンの姿を見て駆け寄り少し顔を近づけて小さな声で囁いた。


「…すみませんロワンさん。ホールに厨房に忙しくしせて…」

「いや…仕方ないよ。全然構わないよ。厨房は今日は流石にジャコくんいてくれてるし…てかジャコくん手際良すぎて俺ホールにずっといてもいいくらいだし…」


そう言ってロワンは厨房の方を一瞥する。

タユは黙って少し俯いたままでいる。


「ていうか、キミは大丈夫なの?しんどかったらチヒロちゃんみたいに休んでもいいんだよ?」

「いえ、大丈夫です。今は…僕がいつもの倍しっかりしないと。それにこうしてた方が…気が紛れるんです。はは…」


苦笑いするタユの頭を、ロワンは優しく撫でた。


「うんうん、えらいえらい。そんじゃあしっかり働いてってね!でも無理はしないように!」


ロワンはウインクを一つするとまた厨房に料理をとりに行った。


「……時間が解決してくれれば、いいんだけど…」


タユはふと天井を見上げて、数日前の出来事を思ってため息を一つこぼした。



―――――




「大丈夫かな?」


へたり込んで茫然としているチヒロに、黒いパーカーの長身の男は手を差し伸べた。

チヒロはハッと我に返って彼の顔を見た。

いつの間にか彼は道化師のような面を被っており、顔は再度確認できなかった。

チヒロはぼんやりしたまま、彼の手をとって立ち上がった。

よろめくチヒロを「おっと」と軽い言葉を漏らしながら男は抱き止める。


「…いや、驚いたね。前の仕事が長引いてしまってここに来るのが遅れてしまったのだけれど…急いで来た甲斐はあったかな」

「あなたは……」


男はチヒロの前に立つ。


「ねえ、あの歌は、どこで?」

「……え?なんの、ことですか…?」

「あはは、それ演技?マジなやつ?」


男はしどろもどろになっているチヒロを問い詰めるように顔を真っ直ぐ彼に向けていた。目は見えないが威圧感を感じる。


「…あの、僕…何が何だか…」


男はしばらく黙ってから、深くため息をついた。


「……あーーー、そういう感じか……なんだかびっくり。俺が思っているより神秘的なものみたいだ」


男は小さく笑ってからチヒロの肩をポンと叩いた。


「…わかったよ、ありがとう。君とはゆっくり話がしたいけど、内緒話をするにはオーディエンスが多過ぎるようだね」

「オーディ……エンス…」


男は、少し俯いたチヒロに手を軽く振ると、赤いパーカーの小柄な少年の元へ歩いていく。

少年も振り返ると、古代の民族のような模様の仮面をかぶっていた。


「帰ろう、えーと……」

「呼ばなくていい」


少年は手を低く掲げ、制止するようにした。

そうしている2人に、近づく者がいた。

桃色の髪がサラリと靡いてチヒロを追い越す。


「おい、あんた」


リージアだった。

リージアの声は少し震えていた。

声をかけられた少年はリージアに背中を向けたまま、肩を少し上げて驚いているように見えた。


「…こっち向けよ、その面外せよ、お前誰なんだよ、なぁ!」


少年は問いに答えず黙ったまま背中を向けている。

リージアは痺れを切らし、少年の肩に手をかけ無理矢理振り向かせようとした。

しかしリージアが手をかけた瞬間その手を少年が捕まえたので、リージアは驚いて少し怯んだ。


「………言うわけにはいかないんだ」


少年は背を向けたまま小声でそう返すと、素早く高いところに飛び上がった。

それに、男も続く。


「うーん、ごめんね。また会おうね…チヒロくん?」


男はそう言って能天気に手を振るとどこかに消えてしまった。

それに続こうと少年も踵に力を入れた。


「待て!」


リージアの声に、少年はピタリと動きを止めた。


「………事情があるなら、今はいいよ。でも、オレ、わかってるからな、お前の…名前」


少年は背を向けたまま黙ったままでいる。


「………っ!否定しろよ!お前のことなんか知らねーって!人違いだろって!なぁ!……頼むよ」


リージアの掠れ声を聞いて、少年は顔を少しだけ後ろに向けたが、すぐにまたフードを目深に被るようにして背けてしまった。


「……否定はしない」


限りなく小さな声でそう答えると、少年も男の消えた方に消えていった。


その場にはざわめく人々、忙しなく駆け回るスタッフ、青いビニールシートをかけられたアクアリリスと、その前に立ち尽くすチヒロと俯いたまま掌に爪を食い込ませるリージア。


タユは、1人辺りを見回して自分のしなければならないことを考えていた。


「あの、STAR☆STARTERの方ですよね?」

「は、はい!」


誰かと交信をしながら、スタッフがタユに話しかけてきた。


「今日は……というか大会自体おそらく中止ですので、お二人連れて帰ってもらって…あの亡くなったムジカはもう人というより怪物化していましたしおそらく大した事情聴取もないと思います。私たちの警備の目が足りずに、こんな事態になって申し訳ないです」


スタッフが頭を下げてすぐに持ち場に戻ろうと踵を返した。


「……怪物では、ないでしょう」


タユの絞り出すような声に、スタッフは少し後ろめたそうに足を止めた。


「…配慮が足りず、申し訳ありませんでした。でも、事情はどうあれ、帰っていただいてもよろしいでしょうか。後日またご連絡いたします。」


もう一度スタッフは頭を下げると、何か無線で話しながら人混みの中に消えていった。


「…リージア、チヒロくん、行こう」


タユは少し迷ってから、リージアの背中にそっと手を置き、チヒロの方にもう片方の手を差し出した。





喧騒が遥か遠くに聞こえる暗い廃墟の中に駆け込んだ2人は、辺りを見回して誰もいないことを確認してから足を止めた。


黒いパーカーの男は涼しい顔をしながら柱にもたれかかり、腕を組み、背中を折り膝に手を当てて肩で呼吸をしている深い赤のパーカーの少年を見下ろした。


「…いや、すまなかったね、レイ。緊急の招集だったからしっかり現場のことを調べていなかった。君を辛くしてしまった」


男は少年を申し訳なさそうに見つめた。

少年は目線だけ彼に合わせ、睨むようにしてその目を見た。


「……リージアに、バレた。ボクが今やってること……一番バレちゃいけない、のに、というか、せっかく会えたのに。見られたくないところ、見られた。どうしよう、リージアすごく恐怖とか怯えるような目をしていて…やだ、リージアに軽蔑なんてされたくない!なんのためにここまでして生きてきたのか…全部ダメになるじゃないか。」


はた、はた、と地面に落ちる水の跡を見て、男は少年の方に歩み寄り手を伸ばした。

しかし、少年はその手を思い切り振り払う。


「……レイ。君は何も悪くない。君はほんとによくやってくれているし、間違ったことをしちゃいない。君がアレを切らなければ、アレは起爆して君の大切な弟くんを巻き込んでいた。アレはもうムジカでも人間でもなく、一つの災害だった。君は全てを守っただけだ。俺たちはずっと正しいことしかしちゃいないし……今回は…俺が行くべきだった。本当にすまなかった」


少年は男と目を合わさないまま、ゆっくり口を開いた。


「……一丁前に人格者みたいなことを言うなよ。」


そう言うと、足元の壁の破片を蹴り飛ばした。


「……お前が特にボクに対してそうやって何も言わないのもムカつく。ボクは、お前の力がないと生きていけないからな。ほんと…リージアがいなければとっくに自分で自分の命を絶っている。」

「そう言うなよ。俺も君が必要だ。」

「……ふん」


少年がその場に座り込み、柱に背をつけて蹲るようにする。

男が少年の隣に座ろうとすると、今度は少年は拒まなかったので、男はそのまま座り込んだ。


「後悔しているかい?――レイジア」


レイジアと呼ばれた少年は、そのフードを後ろに下げ、仮面を外す。端正な顔立ちだが片眼に黒い眼帯をつけている。


「後悔して過去を変えられるのなら後悔するさ―――マコト」


マコトと呼ばれた男は軽く笑って画面を外した。


「それは困るなぁ。俺はレイと出会えなくなるのはイヤだから。」

「それより」


レイジアは立ち上がった。

マコトは彼に寄りかかろうとしていたので少しよろめいた。


「そろそろ"アイドルの活動"をしなくちゃ、持たないぞ」

「あー、だね。そのことなんだけど」


マコトも立ち上がって、一歩先に立っているレイジアの背中に尋ねるようにした。


「そろそろ、"ここ"でライブしようかなーっと思ってるんだけど、ど?」


レイジアは振り返ってマコトを睨んだ。


「…さっきボクに謝ったお前は別人か?」

「ふふ、ごめんごめん…でも、じゃあ弟くんとの関係はどうするつもりなの?荒療治っぽくなっても俺は向き合うしかないと思うし、それにアイドルっぽいこと言うなら…『歌でなら言葉で伝えられない気持ちだって伝わるかもしれない』じゃん?」


マコトはレイジアににっこり微笑む。

レイジアは何か言おうとしてやめて、代わりに不満そうな顔を向けた。


「…あーあ、余裕そうで腹が立つな。その言葉、リージアのあの青髪の友達に言ってやればいいと思うよ」

「チヒロくんかい?何故?」


レイジアは少し驚いた顔をしてから嘲るように笑った。


「気づいてなかったのか?あの子多分、お前の正体に気づいてるぞ」

「……えぇ?本当に?なんでそれレイはわかるの?」

「めんどくさいから省くと、なんとなく」


マコトがレイジアの横顔を見て少し安心したように微笑んだ時、マコトの通信機が振動した。


「…仕事の時間だ。行こう、レイ。」


返事はなかったが、レイジアは静かに外していた仮面をつけた。

マコトもそれを見て自分も仮面をつける。


「リージア………今はただ君を想って生きることしかできないボクを許しておくれ」


そう呟くと、少し前を歩いていたマコトの元へ足を早めた。



―――――


(こういう時は僕がしっかりしなきゃね。ていうか、僕一番年上なんだし…)


タユは帰路につきながら一人思考していた。

手にはロワンが作ってくれたチヒロの分の賄料理の入った袋を持っている。


(……それに僕らこのままじゃいられないもんなぁ。ライブをしなきゃ生きていけないし、住む場所だって新しいところ探さないといけないけど、お金足りないし…)


タユは深いため息をついて足を止めた。


(もちろん、2人には一度にあんなにたくさんの重い出来事が起きて、もう少し休む時間をあげたい。でも、僕だけじゃ情けないけどできることは限られてる。なんとかして2人に少しでも早く立ち直ってもらわなくちゃ…)


タユはふと、一部が膨れ上がったブルーシートの情景を思い出した。


あの2人に比べて、こんなにも元気に動いている自分は薄情なのだろうか。あるいは、側から見て薄情に映っているのだろうか。

タユは余計な思考を振り切るように首を思い切り横に振ると2回ほど自分の頬を叩き、また歩き出した。


(そりゃ悲しいさ。僕だって、一日しか一緒にいなかったけどあんなの、目の当たりにしてショックを受けないわけない。それに、自分もああなる可能性を持っているのは、この前リージアに助けてもらった時にも実感したけどやっぱり怖い…

でも、あの2人に比べたら僕が負ったショックは"アクアリリスさんの死だけ"だ。あの2人は………)


タユはそっと目を伏せて、早く帰ろう、と小さく呟くと賄いの入った袋を握り直して歩みを進めた。




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