Chapter1 青く眩しく脆い星屑 4話

「それじゃ、お疲れ様でした!」

「うん、また明日〜!」


店の出入り口から、タユが軽く会釈、チヒロは大きく手を振ってから出て行った。

2人が見えなくなるまで見届けると、ロワンは店の戸締りをする。


「はぁー…俺らはともかくあの子たちはアルバイトだし、このままフル稼働っていうのも申し訳ないよねェ。あの子たちだってムジカでアイドル活動してるしさぁ…」


ロワンがぼやくようにジャコウに向けてそう言って振り向くと、ジャコウは2人分のコーヒーをカウンターに静かに置いていた。


「それなら大丈夫だぞ。毎日買い出ししながら新メンバー探してるし、ちょっといいの1人見つけたんだ」

「ふーん…そっか…」


ロワンはそう生返事してから、ジャコウの言葉を頭の中で整理した後目を見開いてジャコウの方に慌てて駆け寄った。


「は⁉︎新メンバー⁉︎え、どゆこと⁉︎」

「だからそのまんまだよ。Rad Appleの新メンバーかつこのラウンジ・ビートルの新しいウェイター探ししてんだけど、いいのが1人見つかったんだよ。」


当然のことのようにそう話すジャコウを、ロワンは信じられないという顔で瞬きしながらしばらく見つめていた。


「まぁまだ声かけてねーんだけどさ、1人みたいだしRad Appleのイメージにも合う雰囲気のやつだから……ってなんだよ、なんか不満でもあるのか?」

「え…?あ、いや……そんなの初めて聞いたから…」


ロワンが目を泳がせているのを他所に、ジャコウは厨房の照明を消し、ホールの照明も常夜灯にした。


「安心しろよ。大会には2人で出る予定なのは変わらないからな。ただ他にもRadAppleのメンバーは増やすつもりってゆー予告。じゃ、オレ先風呂使うし。おやすみ〜」


ここは、一階が店、二階を2人の居住スペースにしている。

ジャコウが手を能天気に振りながら勝手口から出て行った。

玄関の外から外階段を上がって居住スペースへ向かうジャコウの足音を聞きながら、ロワンは少し考えるように胸に片手を置くのだった。





「それじゃあリージア、もう半分以上曲できてるってこと…⁉︎」


右上にLIVEと書かれた文字が浮く通話中の画面に、得意げなリージアの顔が全面に映し出される。


「ふふん、今日のアクアリリスのパフォーマンスで超インスピレーション湧いちゃったからな!お前らも歌詞と振り付け早くつけられるようにネタ出ししとけよ!んじゃおやすみ!」

「はーい…」


真っ黒な画面に白文字で通話終了と出たのを確認し、タユはコンピューターの電源を切った。


「リージアさすがだね…タユ、僕たちも頑張らなきゃ!」

「そ、そうだね…なんとかここで頑張って、新居に移らないとだし……」

「そ、そうだった…!家…!」


タユとチヒロは沈んで黙り込んでしまった。

チヒロはそれを振り切るように首を横に振って立ち上がる。


「ぼ、僕ちょっと公園で振り付け考えてくる!タユは先寝てていいよ!」

「あ、ちょっとチヒロくん…!」


止めようと手を伸ばした時にはもうチヒロが出て行った扉が静かに閉まる音だけが残っていた。


「……もう夜も遅いのに、大丈夫かなぁ…」







チヒロがポートパークにつくと、月明かりに照らされた公園は静寂に包まれ、遠くの繁華街の騒めきが小さく聞こえてくるだけであった。


「これならのびのび練習できるかな」


チヒロは手を体の前で組んでそれを頭の上にあげて背伸びをした。


「……〜♪」


そんな時、近くから誰かの声が聞こえた気がした。

チヒロが聞こえた方へ注意を向ける。


歌声だ。

チヒロはそちらへと自然と足が向いた。

声が段々大きくなってくると、その声が聴き覚えのある声であることに気づく。


その声の主は遊具のすべり台の上で膝を曲げて座り、1人月に向かって歌を口ずさんでいた。


「…アクアさん?」


歌はぴたりと止まり、アクアリリスの肩が小さく上にあがるのを見ると、後ろ姿でもその驚きが感じられた。

アクアリリスは少し恥ずかしそうな顔をして振り返ってチヒロの方を見た。


「こんばんは…」


アクアリリスのその言葉を聞いた後、チヒロはすべり台の階段を登ってアクアリリスの手前で止まった。


「アクアさん女の子なんだからこんな時間までお外にいたら危ないよ?」


アクアリリスは気まずそうに目を伏せて何も言えずにいた。

チヒロはその様子を見てハッとして少し彼女に顔を寄せて小声で尋ねた。


「ま、まさか……アクアさん、ここで寝るつもり…?」

「…っ!ちゃ、チャんとお風呂には入っテいますよ!…週に…2回…」


否定になっていない否定のような返答を慌ててするアクアリリスに、チヒロは少しの間呆然としていた。


「……言ってくれたら僕たちの家に泊めるくらいできるよ?お、女の子だから嫌かもしれないけど…てゆうか僕たちもあの家から出なくちゃいけないから焦ってるんだけどさ…」


アクアリリスは少しの間、照れ笑いするチヒロを戸惑いの表情で見ていたが、クスリと笑った。


「……チヒロさんハ、優しいですネ。でも、お構いなく。そんなに困っテいないので」


チヒロはそれ以上何も言えなかった。

アクアリリスのその言葉は遠慮ではなく、本心であるとしか、その優しい微笑みからは感じ取れなかったからだ。


「今日は、改めテありがとうございマシた。私、あそこで死んじゃうっテ思ってたから。」


チヒロは何か反論しようとして姿勢を崩した時、またアクアリリスが口を開いたので、静かに聞く姿勢をとった。


「チヒロさん、聞いて。私、最後に感情エネルギーをとってカラ、3ヶ月経ってたノ。それもたった1人の通りすがリの人の少し向いた気持ちだけ。私みたイな、辿々しくしか話せない、しかもムジカとなったら、お金を稼ごう二も誰も雇ってさえくれなくて。ご飯もまともにたべれてナクて。

……そう考えるト、シノイは一年もこれヲ耐え忍んで…

私、自分が許せなイんです。だって私ガ、シノイを殺したようなものでしょう。あんなに強くて可憐で、誰からも愛さレる子が、私がぐずっタから…たったそれだけの理由で」


アクアリリスはふと手に自分ではない熱が重なって、言葉を止める。

自分の手を見遣ると、チヒロがそっと握っていた。


「チ、チヒロさ…っ」

「アクアさん、もういいよ。」


アクアリリスはルビーのような瞳を大きく見開いたまま、驚いている。

チヒロ少ししゃがんで、彼女の手を握ったまま真っ直ぐ彼女を見る。


「いつだって…選ばれる未来は一つだよ。僕たちは今も、この瞬間も次の未来を選んでる。その選んだ先で新しい選択をする時に、後悔することは、誰にだってあるよ。僕だって、ある。

戻って選択をやり直すことはできない。だけど、今この瞬間から選ぶことができる未来の選択肢は、自分でいくらでも作れるんだよ。

あと、君はすごく自分に自信がないみたい。気持ち…すごくわかるよ。僕も自分が漫画の主人公みたいに色んな奇跡を起こせるなんて思えないし、マコトさんみたいな才能も、あるなんて思わないし…


でも、それでさ、どうせってその先の未来を勝手に想像して諦めるよりは、試してみてやっぱりダメだったってなる方がよくない?想像して諦めたら、取り返しつかなくなってからやっぱりそっちを選んでおけばってなるかもしれないじゃん。

それは、僕よりアクアさんの方がわかるって思うんだ」


アクアリリスは表情を変えずにじっと静かに聞いている。


「…それに、僕ももう選択肢は、間違えない方がいいと思うから。」

「え?」


チヒロが小さく呟いた言葉にアクアリリスが耳を傾けようと少し表情を崩すと、チヒロはにっこり微笑んだ。


「……じゃあ、チヒロさんが選択肢ヲください。特別にチヒロさんニだけ教えますが、このままでハ、私は自分デ自分をデリートしてしまいます」


チヒロは驚いて彼女の表情を見ると、彼女は欲しい答えを待つような、求めるような顔で彼を見ていた。


「それも一つのアクアさんの選択肢、だけど。僕がアクアさんに消えてほしくないから、提案させてもらうね」


チヒロは人差し指を立てた。


「1、僕らと同じ大会に出る」


次に、人差し指の隣に中指を立てる。


「2、希望を信じて生きる…この2択。どう?」


アクアリリスは優しく微笑んで、頷く。


「……私、それでハ、大会に出マす。もう少し、生きていたイ。チヒロさんは、私の希望でス」


チヒロは喜びながらも少し照れくさそうに頭の後ろを掻いた。


「でも」


アクアリリスに突然手を両手で包まれ、チヒロは目を丸くした。


「私ハ心配なのです。あなたが、私の親友、シノイに似ていルから。だから、もし危険なことがアッタら、諦める選択肢モ、残しておいてくだサイ。…私はあなたヲ失うようなことがあったら、その時コソ、死にます」

「アクア…さん…」


アクアリリスの真剣な眼差しに、チヒロは目を逸らせなくなる。そうして、ゆっくり頷いた。


「よかった」


アクアリリスはそう言って安堵の微笑みを浮かべたあと、

チヒロの顔に自分の顔を近づけた。


チヒロが驚いて何か言おうとする前に、その頬にアクアリリスが接吻をした。


「⁉︎あ、あ、え…っ⁉︎」

「約束ですよ!ありがとう!」


チヒロが面食らって、腰砕けになっている間に、アクアリリスはあっという間に滑り台をそのまま滑り、公園の出口の方についていた。


アクアリリスはそのままスキップしながら鼻歌まじりにチヒロの前から消えていった。


チヒロはその様子をしばらく呆然としながら見届けた後、大きく息を吐いて少し熱った顔を冷ますためにパタパタと手で煽いだ。


「びっくりした…でも、よかった」


チヒロは青白く光る満月を見据えてから、ぐっと拳を突き上げた。


「よぉし!僕らも頑張るぞ!」







2週間後。

STAR☆STARTERは予選会場にいた。

チヒロは指定のアルファベットが書かれたゼッケンを着てストレッチをしており、リージアは待機室に設置されていたパイプ椅子に腰掛けながら出場者のリストに目を通している。


「はい、チヒロくん、リージア」

「あ、ありがとう!タユ!」

「ん、サンキュ」


タユは2人に外で買ってきた冷たい飲み物のボトルを手渡した。


「ねえ、チヒロくん、緊張してる?」

「それがね、タユ、あんまり緊張してないの!何回か人前でライブしてるからかな?」

「ふふ、僕も!」


タユとチヒロが顔を合わせて笑ってから、リージアを同時に見た。


「リージアも肝すわってそうだし、経験豊富だし、緊張してないよね?」


リージアはリストから目を離さず、黙ったままだった。

片腕に組んだ手の指を置いているが、人差し指は一定のリズムを刻んでおり、苛立ちのような感情がうかがえる。


「お、おーい、リージア…?」

「いっ⁉︎な、なんだよ…!出番まだだろ!」


リージアのその様子を見て、2人は悪戯そうににやける。


「な、なんだよその顔は…!」

「リージア、緊張してるんだ?」


リージアはカッと赤くなって立ち上がった。


「し、仕方ないだろ!オレ、人前で歌うなんてこと全然したことないし、それに…絶対コケる訳にいかないとこだろ」


モゴモゴとそう言って少し俯くリージアに、2人は少し笑ってから彼を抱きしめた。


「わっ⁉︎なんだよ!」

「だーいじょうぶだよ、リージア!」

「僕らならどこまでだっていけるもんね!」


リージアは頬擦りされてもみくちゃにされて一瞬不満そうな顔をしたが、そんな2人の様子を見て、柔らかく微笑んだ。


「お前ら…言うようになったじゃん!」


リージアはそう言って2人の肩を抱いた。

3人は顔を寄せ合って笑い合った。


「エントリーナンバー9番、『STAR☆STARTER』さん。こちらへお願いします!」

「あ…はい!」


スタッフに声をかけられ、3人に緊張感が戻る。

3人ともぎゅっと口を結んでお互いの顔を見合って頷くと、予選会場の部屋へ足を向かわせた。


その時だった。


何かを壊しながら物凄い勢いでこちらに、何かが向かってくる音が聞こえる。それが近づいてくるとともに感じる振動が大きくなる。

3人は足を止めた。


「なんだ?なんの音だ?」

「なんか、こっちにくるみたい…」

「それに、なんか聞こえてくる。これは…」


悲鳴?


ざわめきスタッフたちが一斉に至る所に電話をかけ始める。たくさんの会話が飛び交う中、3人は聞こえてくる音に注意を傾けた。


音とともに近づいてくる悲鳴は、聞いたことのある声だった。

チヒロの顔は青ざめた。


「アクア……さん…?」


その名に答えるように、チヒロたちの目の前の壁が大きな音を立てて砕けた。スタッフたちは悲鳴をあげてそこから距離を置いた。逃げないのは、チヒロたちを保護する義務があるからだろう。

カラカラと壁の破片が雪崩れる音と灰の霧の奥から、呻き声が聞こえる。


「あなたたち!危ない!はやくこちらへ…!」


スタッフが恐る恐る彼らに声をかける。

大きな破片がごろりと雪崩れてくる音と共に、細い脚が霧の中から現れ、それを滑らせて、倒れ、また小さく呻き声を上げるとそれは静かになった。


確かに、アクアリリスだった。

だが、その様子は明らかにおかしい。

髪の色は真っ白になっており、手足の脈は浮き出ている。

その場で3人は察した。もう破滅の瞬間まで時間がないということを。

でも、チヒロはそれを信じることができなかった。

なぜなら、彼女は昨日、あんなにも希望に満ち溢れていたから。


チヒロは倒れて息を荒くしている彼女に駆け寄り跪く。


「アクアさん⁉︎一体何があったの⁉︎」


アクアリリスはチヒロの顔を薄目で確認すると、彼の膝に縋るように手を伸ばした。


「チヒロさん…………わからないの……私、久しぶりレインボータワーの側でライブをしようと思って、そこで、歌って、そしたら急に身体の血が、ものすごく熱くなって、熱くて熱くてそれで…」

「アクアさん、声が…」


アクアリリスの声はいつもの甘い声ではなく、ハスキーで低い声になっていた。

どうやら本来の声に戻っている。

しかし、アクアリリスにはそれを気に留める余裕はないようだった。


「チヒロさん私、死んじゃうのね……」


チヒロはそのか細い声と、頬を伝う彼女の涙を見て、彼女を抱き留めた。


「死なない、死なせない!誰か!彼女にムジカ用の栄養剤を!」


大きな声をあげて周りを見渡すが、誰も気まずそうに視線を落とすだけで動かない。

タユがチヒロの肩を掴んで彼に囁く。


「ダメだ、チヒロくん……彼女はとても危険な状態だよ。何があったのかはわからないけど、チヒロくんもこのままだと危ない」

「なんでタユまでそんなこと言うんだよ!まだ生きてるじゃないか!」

「チヒロくん!」


タユの大きな声に、チヒロが怯む。

タユは目を伏せたまま、震える声で次の言葉を紡いだ。


「…チヒロくんも、わかってるんだろ」


チヒロはその言葉に何も返せないまま、唇をわなわな震わせた。


「………離れて、チヒロさん」


アクアリリスはそう掠れ声で言うと、チヒロの胸を手で押して彼から離れるようにした。


「アクアさん………イヤだよ、僕…」


アクアリリスはゆっくりよろめきながら立ち上がると、壁の方に行って距離を取った。


「私はもう、目の前で私のために大切な人を失いたくない。そうして生きるくらいなら、そんなの、もう生きていたくない。」


アクアリリスの身体が怪しく輝きを漏らし始める。

チヒロは必死に首を横に振って彼女に手を伸ばす。


「ありがとうチヒロさん、わたし、あなたのこと――」


アクアリリスはそう言って微笑みを浮かべかけ、突如表情を固めた。

チヒロが何か口ずさんでいるのを聞いたからだ。


「……〜♪」

「チヒロ…さん?」


その時、

黒い影がフワリとチヒロの隣に立った。


「それはまだダメ。」

「え――」


彼はチヒロに少し笑いを含んだ声で囁いた。

チヒロは黒いフードの中から僅かに覗かせるその男の顔を知っていた。


その瞬間、深い赤色の影が彼らを通り過ぎ、アクアリリスの前に立った。


チヒロがそちらに注意を戻す前に、その赤い小さな影は一瞬で彼女の胴体を大きく切り裂いた。

血飛沫が光を打ち消すように噴き出すと、彼女の体は光を失ってパシャリと血溜まりに力無く倒れた。


その場にいた全員が状況を把握するのに数秒かけた後、口々に悲鳴をあげ始めた。その場で体調を崩し倒れる者もいた。


あたりは騒然としていた。

チヒロもその場に、へたり込むことしかできなかった。

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