Chapter1 青く眩しく脆い星屑 1話
晴れの日の昼下がり。
開店したばかりのRad Appleの店、『ラウンジ・ビートル』は盛況であった。
店の外に列を作るぐらい、とまでは行かないものの、オープンしたばかりの店にしては人もかなり入っている。
昼休みを終えた人々は時計を気にしながら店を出、また、そうでない人々はコーヒーとスイーツで優雅な時間を過ごしている。
「あと1時間でランチタイム終わりにするから、そしたらロワンさんが賄い作ってくれるって、チヒロくん!」
「わかった、タユ、ありがとう!」
「…聞いたか?あのニュース」
チヒロは空いた皿を手の上に積み重ねて厨房に行こうとしていた足をふと止めた。
2人席で向かい合い、少し顔を寄せ合って何か囁き声で話し合っている。
チヒロは皿を近くのシェルフの上に置きながら注意をそちらに向けた。
「ムジカ狩りのムジカ、だろ。こわいよな」
「あぁ。ドギーの閉鎖されてた街の映像、あれも見たか?あそこは空腹拗らせてバケモンになったムジカの巣窟で長らく閉鎖して放置されてた場所だったみたいだけどさ。たった二晩で200体近くいたヤツらをギッタギタにしてたって」
「うん。そのおかげで1人残らずアイツらがいなくなったわけだから、また街を作り直すことができるみたいだけど、同じムジカなんだからもっと躊躇とかねえのかなって思うよな…正直正義の味方ってよりも害獣を狩る猛獣って感じで、怖い」
「そもそもムジカなんかならないで普通に働くほうが安心だよなぁ」
チヒロは向けていた視線をシェルフの方に戻し、少し目を伏せた。
(バケモノ……か)
チヒロは過ぎる疑念のようなものを振り払うように首を横に振ると、シェルフに置いた皿を再び手に乗せ、厨房に入る。
「ロワンさん…このお店は、僕たちがムジカであること、公表してるんですか?」
ロワンはチヒロを見て、モップを握る手を、モップの柄を抱き締めるように回し、不思議そうな目をした。
「んー?別に、態々言わないよ。だからまぁ、黙ってることになるのかなぁ?なんで?」
「あ、いえ!大した意味はないです!それよりもお疲れ様でした!今日もなかなか盛況でしたねっ」
「あー…ふふ、そだね。オープンしたばかりにしては上々かも」
2人で笑い合っていると、裏口からジャコウが入ってきた。
「たらいま〜ん」
「ジャコくん!どこまで買い出し行ってたの⁉︎帰るの流石に遅過ぎでしょ!ランチタイム終わっちゃったし俺1人で全部作んの大変だったんだから!」
「るせーな。こんくらいで音ェ上げるなよ」
大きなビニール袋をどさりと冷蔵庫の前に置くジャコウの背中は、どこか苛ついているように見えた。
「…なんかありました?ジャコウさん」
タユが心配そうにジャコウを見ると、ジャコウはタユの頭を雑に撫でた。
「こういうのは黙ってた方がミステリアスでいいっしょ?なんてな。ちょっとうるせーやつに絡まれただけだよ」
タユが呆然としている間に、ジャコウはホール側で待機しているチヒロに絡みに行っていた。
「ジャコくん、結構顔が広いみたいだしあの見た目でしょ?結構街でいろ〜んな人に声かけられるんだって。」
「へえ…」
ロワンが隣でこっそり耳打ちした。
ジャコウはもういつも通りの悪戯な笑顔で、チヒロと談笑しているようだった。
しばらくすると、店からランチのラストオーダーを過ぎた後の最後の客が出て行く。
しっかり感謝の挨拶を済ませると、客が見えなくなったのを確認してから看板を「CLOSE」に返す。
チヒロとタユがホールの清掃をしていると、ロワンとジャコウが厨房の奥から賄いの食事を持って出てきた。
4人は遅めのランチタイムを始めることにした。
―――
「公式ライブ?」
チヒロとロワンは一言一句完璧に合わせて声を出した。
タユはそんな2人に頷く。
「うん!スタスタはリージアが入ってユニットとして完成できたと思うから、そろそろちゃんとした箱で公式のライブがしたいなって…」
「…!いいね!スタスタの初めての公式ライブ…‼︎あ、でも公式ってことはチケット代とかも払ってもらってのライブってこと…?僕たちのライブにお金払って見にきてくれる人、いるかな…」
「ち、チヒロくん…!いやでもたしかに…そう、かも…」
2人でどんよりとしていると、ジャコウがその空気を打ち返すように軽快にフォークをカランと置き、人差し指を立てた。
「じゃあ合同のライブ大会に出ちまえばいいんだよ。ほれ」
素早く何かの画像に画面を変えた端末をジャコウが放り投げ、タユとチヒロは慌ててそれを受け止めた。
「……『ムジカスタートダッシュ応援ライブ大会』?」
画面には様々な色のゼッケンを着て笑顔で踊る少年少女たちの真ん中に、『ムジカスタートダッシュ応援ライブ大会』と大きく、楽しげなフォントで書かれていた。
「参加費もそんなに高くないし、これなら固定ファンや知名度が無くてもある程度の集客は約束されてる。どーだ、悪い話じゃねーだろ?」
2人は齧り付くように画面を見てから、顔を見合った。
「悪い話どころか…」
「めちゃくちゃいい話…だよね…?」
2人の表情が綻び、感嘆の声を漏らそうとしていた時、またジャコウが「しかも」と大きな声を出して空気に緊張感を再来させた。
「このライブは予選がある。予選を通過し、本大会に行けばたくさんの観客の前でライブができる。そんで本大会で一番評価されれば…あの伝説のアイドル、マコトもいた大手事務所との契約権が貰える!ってェわけだ」
"予選"という言葉に、タユとチヒロは表情を固めた。
「まぁオレたちRad Appleはそんな権利いらねーけど」というジャコウの付け加えた言葉も2人には届いていないようだった。
「え、じゃあその、予選ってのを通過しないと大会には出られないってこと?」
「そそ!まぁでもオレらとお前らなら余裕っしょ。なんてったってフリーライブであんなに集客したしなァ」
「…ん?"オレら"ってことは…え、俺たちもでるってこと…⁉︎」
「あたりめーだろ!元々お前に見せる予定だった広告をこいつらにも共有してるだけだっての!」
やいのやいのしている2人をよそに、タユとチヒロはまた萎れていた。
「…そんなうまい話はないよね…この人たちはみんな、予選通過した人たちなんだね…」
「…う、うん…とりあえずリージアに相談して…」
「やるよ‼︎」
「CLOSE」の看板が反動で「OPEN」にひっくり返るほどの勢いで扉が開き、リージアが豪快に入ってきた。
「リ、リージア、今の時間は裏口からじゃないと…!」
「まぁたうじうじ弱気になって迷ってたんだろ!いい加減にしろよお前ら!スタスタはそれに出てぜってートップアイドルへの階段を上がるんだよ!やるぞ!」
リージアが4人で囲んでいる端末を指差し、そう言い放つと、ふんすと鼻息を漏らした。
――――
「いやあ……スタスタにはリージアが色んな意味で必要だねえ…」
「うん…ほんとうに…」
ディナータイムに向けてホールの準備をするタユとチヒロは口々にそう言い合って、一席を使って曲作りに勤しむリージアをほのぼのとした目で見た。
「タユ!お前には歌詞作りをしっかりやってもらうし、チヒロ!お前には振り付け提案してもらうんだからな!ぼんやり見てんじゃねーよ…オレはオレの仕事もあるんだからな」
リージアは自分で頼んだホットココアを一飲みする。
リージアはプロの作曲家で、誰もが知っているようなゲームのBGMの制作をしている。
その収入で十分生活できているので、彼はこのカフェラウンジでアルバイトをしていない。
「なんかいいよねぇ、3人それぞれ役割があって、かわいくて穏やかで…」
ロワンは厨房から顔だけホールの方へ出して3人を見た。
そしてまた厨房に戻り、ジャコウを見る。
ジャコウはロワンの方を見向きもせずジャガイモを皮剥き機に設置している。
「ねぇ、聞いてる?ジャコくん?…あ」
ロワンはジャコウに近づいて、ジャコウがイヤホンをしていることに気づき、ジャコウの脇腹を突いた。
ジャコウは驚いて大きな目を見開いた。
「いっ⁉︎くすぐってえななんだよ!」
「何聴いてんの?」
ロワンは怪訝な顔でジャコウの片耳からイヤホンを取った。
ジャコウはそのイヤホンを指差す。
「ああ…ほら、オレたちに協力してくれてるオレの友人から曲のデータが届いたから、試聴してんの。それお前もさせ。今流れてっから」
「え!もう⁉︎」
すぐにロワンが耳にイヤホンをさす。
初めてのオリジナルユニットソングということで、これがこのユニットのイメージになるものだ。
それはサックスの音で大人なイメージも持たせつつ、軽快なリズムで明るく楽しげで、あどけなさも持ち合わせる2人にぴったりの曲だった。
「や…やば、すご…!これ、これ、俺たちだけの曲なの…⁉︎本当に…⁉︎」
「へへ、だろー?やっぱアイツはすげえんだよなぁ。頼んで正解だった。これを本大会で歌って、予選はオレたちのイメージにあうヒットソングのアレンジカバーでいいと思うんだけど、お前はどう?」
ジャコウは端末を楽しそうに小さく掲げてから、無邪気に笑ってロワンにそう投げかけた。
「え?あ、あー!俺もそれでいいと、思う!そうしよう!」
「あー?適当だなぁ」
「だ、だって俺はそんな詳しくないし、ジャコくんのがセンスあるでしょ、こういうの」
顔の前で両手を振って苦笑いしながらジャコウを見た時、一瞬ジャコウがどこか寂しそうな表情をしていたように見えた。
「あ…」
ロワンがそれに気づいて何か言おうとすると、ジャコウはまたいつもの調子に戻ると背中を向け、手を広げてみせた。
「ったくよォ、そりゃあ間違いねえだろうけど、お前も案出ししろよなぁ、ワンワンくんたら店のことばっかでアイドル活動についてはオレに丸投げじゃん」
「そ、それは悪いと思ってるけど…俺アイドルなんてこれまで全然知らなかったからなにしたらいいかわからないしさぁ…」
「だったらよぉ――」
その瞬間、ホールの方で大きな荷物が倒れたような大きな音がした。
2人がハッとそちらに目を向けると、ホールからドタドタとタユがこちらに走ってきた。
厨房にいる2人を見たタユは足を止め、息を上げながら、その真っ青な顔で2人を見上げた。
「た、大変です!女の子が―――!」
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