Chapter1 揃え!三つの願い星 3話
タユはしばらく、リージアが口を閉じた後も何も言えなかった。
(この子は…ずっとこんなに重いものを背負って…)
「おっと、同情なんていらねーからな。何とも思ってない……わけないけど、慰めてもらうために話したわけじゃないし、今更、オレだってなんとか道見つけて前向いて生きてるから。」
「リージア…」
噴水を見つめるリージアの横顔は、美しく凛々しく、しかしどこか諦念のようなものを感じるものだった。
「…レイジアさんは生きてる、と思う」
「は…?」
リージアの声色に急に怒りが混じる。
タユはぎゅっと太腿に手を置いたままズボンを握りしめる。
「まだどうなったかわからないんでしょ。それに……レイジアさん、そんなにリージアのことを愛しているのなら、僕がレイジアさんならまずはリージアに会いたい。両親よりも。そんなリージアが実家を出て、どこにいるかわからない状態だったら…探す、と思う。」
タユはリージアに視線を移す。
何か言ってやろうとリージアはその目を睨もうとしたが、タユの真っ直ぐな瞳に、つい怯んでしまった。
「ご両親には、ここで活動してることは言ってるの?」
「……言ってない。ムジカになったことも言ってない。半ば家出みたいに出てきたから。あそこに…いられなくて」
「そっか…リージアは匿名で活動してるし、じゃあ両親やレイジアさんからしたら行方不明だね」
「レイジアは……」
リージアは悲しみと涙をいっぱい溜めた瞳でタユを、睨んだ。
「レイジアはもう……生きてなんかいないよ!」
リージアがそう怒鳴ると、タユは腕を振り上げた。
リージアは打たれる、と思い、ぎゅっと目を瞑った。
しかし、タユの手は、ぎゅっとリージアの頬を挟んだ。
「むゅ⁉︎はにふるんはよ‼︎」
「ばか!わからないのに諦めちゃダメだ!世界で1番大事で大好きな人なんだろう⁉︎」
リージアはひくっと肩を震わせた。
タユはしっかりとリージアを見据えている。
「僕だって…生きるのを諦めようてしてた。この先に希望がある気がしなくて…でも、チヒロくんに出会って、光を見つけて、もう一度光に手を伸ばしてみることにした。死んだら残る後悔ができたって、思ったから。何よりも後悔はないかって僕に喝を入れてくれたのは他でもない、リージア、君だろう…⁉︎」
リージアは眉を寄せて、少し俯いた。
「…それとは…それとは訳が違うだろ。もう5年も連絡が取れていないし、実家にも帰ってないんだ。そんなの、そろそろ諦めるべき年月は過ぎてんだろうがよ」
「じゃあ、本当に死んでたら、君はどう思うの?仕方ない、やっぱりそうだったのか、って簡単に受け入れられるの?」
「…何…?」
「リージアは、レイジアさんに、もう一度自分の作った曲を歌ってほしいって、思わないの?」
リージアはハッと目を見開いた。
「それは…」
リージアはふと、幼い頃の記憶を思い出した。
レイジアの楽しそうに歌う姿を思い出す。
(でも……でもっ…!)
リージアの太腿に、大きな水滴が数粒落ちた。
リージアの頬を暖かい涙が伝う。
「……もう、はっきり、思い出せないんだ…!楽しかったのに…すごく、生きてきた中で1番…!なのに、なのに……声も、レイジアの笑顔も……少ない写真を見ても…こんなだっけって……思っちゃうんだ……忘れたく…ないのにっ…」
そこまで嗚咽混じりに言うと、リージアは涙を手の甲で拭い、肩を上下させる。
タユはそんなリージアを、そっと抱き寄せた。
「…ちょっと違うかもしれないけど、僕も、小説家を目指し始めた時のキラキラした自分を、思い出せなかった。最近まで。でもね、チヒロくんとアイドルで輝くことを目指し始めてから、ああ、これだって思い出せたような気がしたんだ」
タユはリージアの背中をそっと撫でながら、続ける。
「それで、僕からの提案なんだけどね、レイジアさんに届ける曲を、一緒に作ってみない?」
リージアは「え?」と顔を顰めてから、また目を逸らした。
「だから……曲は――」
「僕が歌詞を書く。君から聞いた話を、レイジアさんに届くような歌に乗せる歌詞を。全力で。」
リージアはタユの強い意志を感じる声色に、ゆっくりと再び目を合わせた。
「君に悪い幻影を見せない、君に光を指す歌詞を必ず書いてみせる。僕だって小説家の端くれだ。自信は……ある」
リージアは暫くその目を睨んでいたが、腫れた目を擦って、少し表情を緩めた。
「……お前がそこまで言うなら、わかった。やってみるよ」
「ほんとっ⁉︎じゃあっ――」
「そのかわり」
喜んで瞳を輝かせるタユの目の前に、リージアは制止するように掌を向けた。
「無理、かもしれないってことはわかっといて。」
リージアの顔は少し険しかった。
タユはリージアの肩に優しく手を置いた。
「大丈夫、絶対大丈夫だから、楽しみにしてて」
リージアは少し驚いた顔をしてしばらくタユを見ていた。
「…お前、すごい変わったな。初めて会った時とは違う人みたい。」
タユはそれを聞いて途端に耳まで真っ赤にし、体をバタつかせ始めた。
「えっ、そ、そう⁉︎ちょ、ちょっと調子乗りすぎかな僕⁉︎僕なんかがこんな自信満々になったら絶対失敗するよね…もっとネガティブな可能性も考えとかないと…えっと…」
リージアはそんなタユを見て、思わず吹き出した。
「やっぱ、そんな変わってないかもな!…でも、ありがとう。オレもちょっと、勇気が出たよ」
リージアは跳ねるようにベンチから降りると、踵を返してタユに軽く手を振った。
「歌詞、待ってるからな!先帰る、またな!」
走って帰っていくリージアを、笑顔で送ったタユは段々と表情をこわばらせていった。
「僕………大丈夫かな………」
☆
「…あ、タユ!」
チヒロが店の扉からどこか放心気味で帰ってきたタユを迎える。チヒロがタユの腕を掴む。
「リ、リージアは大丈夫だった…?ごめん、タユに全部任せちゃって」
「それは、大丈夫なんだけど……」
するとタユは突然チヒロの腕を掴み返して、ずいとチヒロに詰め寄った。チヒロはぎょっとする。
「チヒロくん!リージアが!僕たちに曲を書いてくれるよ‼︎」
「え、ええ⁉︎それはすごく嬉しいけど、え、なんで⁉︎」
タユはチヒロの手を離してその場の近くの椅子に座った。
ジャコウもロワンも厨房からカウンターまで出てきて、聞き耳を立てている。
「実はね―――」
☆
「そっか……じゃあ、なんというか僕たちの曲というより、リージアのための曲作りを手伝う感じだね」
「……うん…そうなるね…ごめん、最初の言い方がちょっと悪かったかな…」
タユが申し訳なさそうに上目遣い気味にチヒロを見ると、チヒロはにっこり笑ってタユの手を握った。
「うんん、タユ、すごいよ!なんだか…お姫様を助ける王子様みたいで、かっこいい!それに、僕はタユが僕たちの活動に対してそんなに前向きになってくれてるのがすっごく嬉しいよ」
「チヒロくん…」
感慨深そうに握ったタユの手を見つめるチヒロを見て、タユもチヒロの手を握り返した。
「チヒロくん…こんな形ではあるけど、僕たちのオリジナル曲作り、手伝ってくれる…?」
「もちろん!」
チヒロはタユの問いに、間髪入れず前のめりになって答えた。
タユが驚いて目を丸くしているのに気づいてチヒロは慌てて身をひいた。
「あ、それでね…!僕も、僕たちのこれからの活動についてちょっと提案があって…!」
「え、なになに?」
タユが耳をチヒロに向けると、チヒロは口の前で人差し指を交差して見せた。
「まだ秘密…これが成功したら教えるね!」
タユは少し面食らった顔をしてから、柔らかく微笑んだ。
「うん、わかった!リージアのこと、一緒に元気にさせようね、チヒロくん!」
「おー!」
2人が気合を入れていると、カウンターの中からジャコウとロワンが出てきた。
「話まとまった感じか?」
「2人ともさっきはじめじめしてたけど、なんだかよくなった感じがするね!」
「あ…!サボっちゃってごめんなさい!」
「いいよいいよ!オープンはもうちょっと先になったし」
慌てて席を立とうとした2人を、ロワンは手のひらを前に出して軽く振りながら座らせた。
「ここそのまま使っていいよ、俺たちも俺たちで今後の活動方針決めてくしさ!」
「あ、ありがとうございます!」
チヒロとタユは再び向かい合って、ホログラムモニターを出し、歌詞について楽しそうに話し合いを始める。
「あ〜なんかカワイイなぁ〜!すっごいキラキラしてて見てて眩しいよ〜」
ロワンがカウンターに肘をついて小声で羨ましそうな声で囁く。すると、その横にジャコウが並んで、おなじように肘をついた。
「おいおい、呑気に眺めてらんねーぜ。オレたちもペカペカに輝くんだからな」
「ジャコくんが言うと、なんだか不純物入ってそうなんだよね〜キラキラに…」
「んだとコラ」
ロワンが不満そうに口を尖らせるジャコウに向かって、ニッと笑って見せた。
「でもまぁ、そうだね。俺もあのとき歌って踊って、みんなの目の中の輝きが全部俺の輝きなんだって思った時は、すっごく楽しかったから。ジャコくんとサイコーのアイドルもめざしちゃうよっ!」
そう言ってロワンが差し出した拳に、ジャコウも不敵に笑って見せて拳をくっつけた。
「おう、そのいきだ!Rad Appleはこれからだからな!」
「なーんか最終回みたいな言葉だなぁ」
「お前なァ!」
ロワンが吹き出して笑うと、ジャコウも仕方なさそうに笑った。
もうドームの外の雨は上がっていた。
☆
リージアは1人、自分の部屋のデスクの上に飾った写真の中に映る、弾けるような笑顔の小さな少年を指でなぞった。
(レイジア…オレが前に進むのを、許してくれる?)
指でなぞる少年の隣には、同じ顔だが、その少年とは違って少し照れくさそうに小さくピースをする少年が映っている。
幼少期のリージアだ。
その写真はリージアの一家が新居に引っ越してきた時に家の前で記念に撮った写真であった。
そもそもあんな地域に引っ越してきたのが間違いだった。
いや、父親の仕事の転勤で仕方なかったのも理解しているが、引っ越す前の地域には徴兵制度なんてなかったから。
考えても無駄だから、考えないようにしているが、リージアはどうしてもレイジアを思い出すと同時にそんなたらればを思い浮かべてしまうのだった。
チヒロとタユと、アイドルをしている自分を想像する。
きっと楽しいだろう。正直に言うのは照れ臭くてできないが、あの2人の初ライブを見たとき、自分の作った曲を歌う彼らを想像してドキドキした。
その一方で、ちりりと脳を刺すような痛みが、強酸性雨で穴だらけになったレイジアの幻覚とともに顕れた。
だから自分は、レイジアの"代わり"に生きなければいけないと。
レイジアを差し置いて、幸せになってはいけない、と。
レイジアを忘れてはいけない、と。
この幻覚はきっとそういう戒めによるものだろうと考えて今まで生きてきた。
いや、こんなの、レイジアなんかじゃない。レイジアは自分の幸せを何よりも願ってくれるから、そんなこと望んでいない。
頭ではそうわかっていても、自分を蝕む幻覚を振り払う勇気は全く湧かなかった。
振り払おうとすればするほど幻覚は色濃くなり、頭痛も激しくなるから。
タユに抱きしめられ、真っ直ぐ目を見て、「大丈夫」と言われた時は、本当に大丈夫な気がした。
だから家に帰るまでは、今なら乗り越えられるかもしれない、と確かに思っていた。
しかし、暗い自分の家に帰って、レイジアの写真を見たら、ふっと元に戻ってしまった。
きっとこんなもんだ。
また繰り返しだ。
慣れてるから、いい。
何度もこんな瞬間はあった。
リージアはベッドにうつ伏せに突っ伏して、微睡み、徐々に瞼を閉じた。
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