Chapter1 揃え!3つの願い星 2話
「リージア‼︎」
タユの声に驚いて一瞬振り返り、その存在を確認するとリージアは走って逃げ始めた。
「ま、待って‼︎リージア!あっ…!」
タユはあっという間に転んでしまった。地面に突っ伏したまま倒れているタユに、周りの歩行者は視線を送りながら通り過ぎていく。
リージアは放っておくことができず、足を止めてタユの元へ戻った。
「お、おい、タ――」
リージアが屈んで手を差し伸べようとすると、その手をタユがガシリと逃げられないようにしっかり捕まえた。
リージアはゾンビにでも噛み付かれたかのような顔をして驚く。
「へへ、捕まえた…でも転んだのはわざとじゃないよ…」
タユは捕まえたリージアの手に、もう片方の手を重ねて包み込んだ。
「ねえお願い、僕にリージアの本当の気持ち、教えてくれないかな」
「……いや、でも…オレは…」
リージアは罰が悪そうに顔を背ける。
タユはそっと背中を少し曲げてリージアに目線を合わせた。
「チヒロくんにもう頼まないって言われた時、ちょっと悲しそうにしてたよね?ほんとは、ちょっとくらいは僕たちに協力したいって思ってくれてるんじゃないかなって。」
「…そんなわけないだろ、思い上がるなよ」
リージアが手を振り払おうとするが、タユは手に力を込めて離さない。
「思い上がりでもいい。僕はリージアがそう思ってるって、確信してるから」
「っ…!なんでそんなにオレに構うんだよ!ほっといてよ!」
「いやだ!ほっとかない!キミが僕をほっとかなかったから、あの時!」
リージアがタユの目を恐る恐る見ると、タユは真っ直ぐ、真剣な表情でリージアを見ていた。
リージアは目が離せなくなる。
そうして大きくため息をついてから、困ったように薄く微笑んだ。
「…お前のこと助けるべきじゃなかったかな。」
そう言ってから、上を見上げた。
高い位置にあるホログラムのモニターがニュースを映し出している。
『――ドーム外天気予報のコーナーです。ただいまのドーム外の天気は強酸性雨です。ドームから万が一漏れを発見した場合は直ちに――』
静かにそれを聞きながら目を切なげに少し細める。
「あの日も、強酸性雨だったな…」
タユがリージアを不思議そうに見ていると、リージアはタユに向かってまた微笑んだ。
「聞いてくれる?オレの話」
☆
2人はポートパークの噴水の見える広場のベンチに座っていた。
しばらくぼんやりと、白く輝く水流を、黙って眺めていた後に、ぽつりぽつりとリージアが話を始めた。
「オレには、双子の兄弟がいてさ。
"レイジア"って言うの。
一人遊びが好きなオレと違って、レイジアはすごく社交的で、誰かとよく一緒に遊んでた。
でも、誰よりもオレのことを大切にしてくれて、1日の時間の中でオレとの時間を必ずとっていつもたくさん遊んでくれてた。
まるで『兄』のようにね。
そんなオレとレイジアじゃ、やっぱり愛嬌のあるレイジアの方を両親は好意的に思ってるように思えたよ。
いや、別に差別とかあからさまにオレがほっとかれてたわけじゃないよ。
何をする時もずっと一緒だったし、両親もオレとレイジアを大切にしてくれてたし。
でも、それでも、やっぱりレイジアを見る顔の方が笑顔だったような気がする。
オレは小さい頃から音楽が好きで、1人で曲を書いてた。
あの頃はもちろん今ほど知識もないし、どれもちっぽけな曲だけど。
そんなオレの作った曲を世界で1人だけ、世界で1番楽しそうに歌うのがレイジアだった。
もちろん世界中にはたくさん歌の上手い人たちがいる。それこそレイジアよりも。でも、オレにとってはレイジアが1番だった。レイジア以外に、オレの曲を歌ってほしくないくらいにね。
オレはレイジアの影にいるような存在だったけど、レイジアのことが大好きだった。
でもある日、オレたちは大喧嘩した。
5年前…くらいかな。
オレはずっともやもやしてた、レイジアの『兄』ヅラのことをレイジアに話したんだ。
オレたちは双子で同い年で生まれてきた日も一緒なのに、どうしてお前がいつも『兄』みたいになるんだ、って。
アイツは自分のことを『お兄ちゃん』と自称してたことあったくらいでさ。口癖よく覚えてるよ。
『お兄ちゃんがリージアのことを守ってあげるからね』って。
小さい頃は別になんとも思ってなかった。
でも段々自分で色々なことを考えるようになるにつれ、『どうしてアイツがいつも兄なんだ』ってモヤモヤするようになった。
いや、オレは別に兄になりたかったわけじゃなくて、対等でいたかっただけ。
大喧嘩したよ。はじめて。
―――――
「なぁ、なんでいっつもレイジアがお兄ちゃんなの?オレたち、同い年だよ。友達に言われたんだ。お前が弟なの?って。お前が下なの?って」
「たしかにボクたちは同い年だし、双子だし、どっちが兄とか弟とかははっきりしないよ。リージアが下だなんてとんでもないし…誰?そんなことリージアに言ったヤツは――」
「今はそんなこと聞いてない!なんでお前がオレのお兄ちゃんヅラするんだって聞いてんだよ!」
「…リージア、そんなに怒らないで…ごめん、リージアがそんなに気を悪くしていたなんて思っていなかったんだ。…リージアがお兄ちゃんになるかい?」
「バカ!オレはお兄ちゃんになりたいわけじゃない!ただ…レイジアと…同じ場所にいたいだけなのに…」
「リージア……ごめんよ。でもそれには、どうやったらなれるの?……ボクにはどうやっても、リージアには世界一可愛い兄弟として接してしまうし、それが結果的にリージアを傷つけるのは…もう…」
「っ!オレはずっと!お前の『弟』やってきたんだぞ⁉︎お前だけわからないからってアリなのかよ!ずるいよ!そんなの!…父さんや母さんからもオレより愛されて…全部…全部お前だけの思い通りじゃないか!」
「…なんだよそれ!リージア、ずっと我慢してたってこと⁉︎じゃあ一緒に遊んで笑ってた時も、全部全部頑張って合わせて笑ってたってこと⁉︎言ってくれればよかったじゃないか!イヤだって!」
「そうだよ、ずうっと我慢してた!でもお前が楽しそうだったから!オレはお前よりオトナだったから!耐えてやってたんだよ!」
「なんで…なんでそんな酷いこと言うんだよ!ボクはリージアと一緒に遊んでて、誰と一緒にいるときよりも心から楽しかったんだよ…?リージアは違ったの…?」
「……っ‼︎そうだよ!お前となんかもう遊ばない!もう知らないもん!」
「まってよ、リージア!」
―――――
そんなこと言いたかったわけじゃなかった。
オレだってレイジアと一緒に遊ぶのが1番楽しかったし、ちゃんと心から楽しかった。
でもほら、喧嘩してる時ってさ、相手の言うことに絶対賛成してやるもんか!ってなんかムキになっちゃうだろ?
オレも…それでさ。大好きなレイジアに酷いこといっぱい言っちゃった。
あの日は結局寝るまでレイジアと一言も喋らなかった。
両親はオレたちのことすごく心配して個別に話を聞いてくれたりしたけど、オレは何も言わなかった。
レイジアは…なんて言ってたかなんてわからないけど。
だってオレが完全に悪いからさ。
レイジアが何か言ってたらきっと両親はオレに謝りなさいって言いに来てたと思う。でもそれがなかったから、きっとレイジアも何も言わなかったんだろうなって思う。今は。
夜、ベッドに横になる頃にはだいぶ落ち着いていて、レイジアに酷いことを言ってしまった自覚がふつふつと湧いてきて、ちょっと泣いた。
明日の朝、謝ろうって、また遊ぼうって言おうって思って寝た。
朝、自分の部屋のドアの向こうで、両親が何か言い合いながらバタバタしている音で目が覚めた。
オレはまだぼんやりしてたけど、自分の部屋のドアの下に、何かメモ紙のようなものが置いてあるのに気づいて、ベッドから降りてそれを確認した。
走り書きで書いてあったかな。レイジアの字で、
『ごめんね、リージア。愛しているよ』
って。
なんだか嫌な予感がした。
眠気も一気に覚めてパジャマのまま部屋を飛び出した。
リビングに行くと両親が真っ青な顔でオレを見て、オレに2人で縋り付いてきた。びしょびしょの顔で、オレが見たことない、恐ろしく悲しい顔で。
『レイジアが、お前の代わりに行ってしまったよ』
と。
何を言ってるのかわからなかった。
――ああ、あのね。
オレの国はとっても広い国で、住んでる地域によって全然治安とか国民性とか違うんだけど、オレの地域は11才になったら各家庭から1人ずつ、男の子を徴兵するんだ。
別に必ずしも戦うわけじゃないよ。
ドーム外に領地を増やすための調査に連れ出されることが殆どさ。て言ってもドーム外は強い毒のガスが充満している地獄だし、その上で、他国と鉢合わせて戦闘になることもあるみたいだけど。
うちでは、オレが行く予定、だったみたい。
兄弟の場合は先に生まれた方が11才になったら行く。弟は行かなくてよし、なんだけど。
双子の場合は両親が選ぶんだよ、どっちを出すか。
残酷だよね。
でも、両親はオレにだって行ってほしくなかったから、申請する紙を期限を過ぎてもずっと出してなくて、高い罰金を払い続けながらオレたちを匿ってくれていたみたい。
全然気づいてなかった。
でも、レイジアはずっと気づいてたんだ。
朝早く、誰も起きていない時間にレイジアは行ったみたいだった。オレの代わりに。
オレも言葉が出なくて、意味がわからなくて、何も頭で整理できなくて、しばらく呆然と立ち尽くしてた。
両親に『オレの代わりってどういうこと?』なんて聞けなかったしね。
徴兵に応じたらもう罰金は払わなくてよくなる。
食事の量が増えたり、お肉が柔らかくて美味しくなったりしたのに気づいたら、ああ、ずっとうち、オレのせいでお金がなかったんだって実感した。
両親はあれから毎日外に向かって『レイジアが兵役を早く終えて無事に戻ってきますように』って手を合わせてた。
毎日アンドロイドみたいに決まったことだけして、表情もなくなって。
オレが行ってもこうしてくれたのかな、なんてバカなこと考えたりもしてたな。
まるでオレがこのうちの平和を全部壊したみたいな、変な責任を感じたよ。
だからってわけじゃないけど…いや、だからかな。
オレは家を出て、ムジカになって結果を残さないと死ぬって枷を背負って生きる道を選んだ。そんなんでアイツも報われるだなんて思ってないけど、とにかくお金を稼いで、両親に罰金の分返そうって必死だった。
もう全部返せたけどね、まだなんとなく追い詰められている気がして、お金は定期的に送ってる。
あの日もね、今日みたいな強酸性雨だった。
タユも知ってると思うけど、強酸性雨は、人に当たると当たった瞬間にそこに穴が空いてしまう恐ろしい雨。
だからさ、あの日から歌詞のある曲を作ろうとすると、幻覚を見るんだ。
身体中に穴が空いたレイジアの幻覚。
…うん、あの時からレイジアには会ってないよ。
だから生きてるか死んでるかもわからない。実家にも帰ってきてないみたいだしね。
……これで話は終わり。
レイジア以外に向けた曲をオレは書けないし、曲を書こうとすると酷い悪夢みたいな幻覚がオレを襲うから、できない。
お前らのことは好きだし、協力したいし、
正直お前らのライブ見た時はオレもやりたいって思ったし、
ちょっと試しに曲を久しぶりに人に向けて書こうと思ってみたんだけど、ダメだったんだよ。
だから、ごめん」
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