Chapter1 揃え!3つの願い星 1話

「ダメ!」

「なんでだよ!」


朝日が顔を出し、夜闇が暴かれていくその時間、

ロワンとジャコウは真っ黒な隈をつけた目で睨み合っていた。

本当に、夜通し経営について会議していた。


「2人だけで100メニューは抱えきれなさすぎる!てかここファミレスじゃないのにそんなたくさんある必要ない!」

「でもよ、メニューはたくさんあった方がいいだろ、貯金ならあるしバイト雇えばなんとかなるだろ!」

「アルバイト雇うにしても求人出して人雇うまで手順はあるし雇った後も教育ある程度しなきゃいけないからすぐに戦力にならないでしょ⁉︎社長やってたのになんでそこまでわからないかな⁉︎」


また2人でしばらく睨み合い、ガクリと2人同じタイミングで項垂れた。

この時代は飲食店の許可などは特に取り締まっておらず、その代わり街のパトロールアンドロイドが常に街中を見張っている。なので誰でも自由に店などを開くことができる。


店はホールにテーブルと椅子は配置しており、内装はまだ質素だがなんとか準備できていた。

ただ肝心のメニューと店名が決まらない。

だから外から見てもこの店はまだ、"なんかカフェみたいな一軒家"だ。


「まぁ別に…オレは何でもだいたい作れるし、最初はメニューなしでリクエスト制にしてもアリっちゃアリだけどな」

「にしても、やっぱりホールに人が欲しいな…」


ジャコウはテーブルに突っ伏すロワンに、何か思い出したように少し目を大きく開いて言った。


「さっきも言おうとしたんだけどさ、それ問題ないぜ。オレ昨日のうちに求人出したし」


ロワンは暫く言葉を脳内で噛み砕けず、ぼんやりとジャコウを見つめていた。そしてやっとその言葉が頭に入ってきた時、みるみる青ざめていった。


「は…?今、なんて…」

「だってもう今日からオープンなんだろ、そしたら善は急げだ

ろ」

「い、いやいやいやいやいや!ちょっと待ってよなんも決まってないのに⁉︎てかこんな店の名前も決まってない怪しいお店求人出して誰が来るんだ⁉︎いいのか⁉︎いやよくないよな⁉︎」

「落ち着けって…」

「落ち着けるか‼︎‼︎」


ロワンが身を乗り出して大声を出すので、ジャコウは耳の穴に人差し指の先を入れて目を瞑ってみせた。


「だーいじょうぶだって!店の名前は早く考えなきゃなと思うけどぉ…」

「あー…う〜ん…どうしよっか…」


2人が腕を組んで頭を捻っていると、店のガラス扉をノックする音が聞こえた。

2人は同時にガバリと振り返る。


そこには、少し背の高いスラリとした青年と、爽やかな印象を受ける青髪の少年が並んで、緊張した面持ちで立っていた。


「あの、求人広告…見て…」

「きてみたん…ですけど…」


ロワンとジャコウは大きな目を数回瞬かせてからゆっくり顔を合わせた。

ロワンはジャコウに顔を寄せると囁いた。


「どどどどうするの⁉︎めちゃくちゃ怪しい求人にあんな純粋無垢そうな子たちが引っかかってきちゃったんだけど⁉︎」

「は、話してみるしかねーだろんなの…」


そしてまた怪訝な表情を彼らに向けると、彼らは戸惑っている様子でいる。


「あの…好きな時に来てくれたらいつでも面接するって書いてあったから…」


「ちょちょちょちょっとジャコくん何適当なこと書いちゃったんだよあり得ないんだけど⁉︎」

「だってどうせオレたちまだヒマだし…」


ジャコウは煩わしそうな目をロワン向けてから、彼らの方をチラリと見る。


「つかあいつらって…」


目を細めてよく見てから「あーーっ!」と大きな声を出した。

彼らが驚いて後ずさる前にジャコウは青髪の少年の手を取っていた。


「あんたら、あん時ポートパークでライブしてたムジカだろ⁉︎あの、なんか星とか羽とか出してたやつ!」



驚いた。

まさか自分がこんな目を向けられる側になったなんて。

チヒロはジャコウの目の輝きを自分の瞳に映し、色んな理由で固まったままでいた。

黙って動かなくなってしまっているチヒロを見て、タユは慌てて間に入った。


「あ、あの、ライブ見ててくれたんですか…?あ、ありがとうございます…!実は僕たちもあなたがたのライブを見て実際にお会いしたいと思ってた矢先にここの求人を見つけまして…」


タユは「あ、アルバイトを始めたいと思ってたのが一番の理由ですけど!」と慌てたまま付け加えた。

チヒロも、タユの仲介に我に返る。


「そ、そうなんです…!僕たちアーカイブですけど…お二人のライブを見て、すっごく感動したんです!だからって言うとファンが押しかけたみたいになりそうだけど…あと、僕たち生活安定するまでアルバイトしたいと考えてて、そんな時に友達がこのお店の求人見つけてくれて…!」


ジャコウは手を離して、少し穏やかに笑ってみせた。


「オレもさ、お前らのライブを見て『これだっ!』って、アイドルになろうと思ったんだよな。」


タユとチヒロはそれを聞いてまた驚いて顔を見合わせた。

ロワンも驚いて隣のジャコウに目を遣り、「それ初耳なんだけど…」と呟く。


「き、聞いた…⁉︎チヒロくん…!僕たちのライブを見てっ…て!」

「う、うん…!すっごい嬉しいね…!」


2人は満面の笑みでハイタッチした。


「そ、それもまぁ、いい話なんだけどさぁ、求人募集で来てもらったとこ悪いんだけど、ちょっとそれ手違いで…まだこの通り、店の名前も決まってなければメニューもちゃんと決まってないんだよね」

「メニューは100種提案しただろ!」

「だから厨房2オペで100はきついってば‼︎」


ジャコウとロワンが額を突き合わせたまま睨み合っているのを、タユとチヒロは戸惑いながら見ていた。

それに気づいたロワンはすぐにジャコウから離れ、2人に笑顔を見せた。


「あー!ごめん!いや、この通り2人だからさ、ウエイターさんが欲しいってのはほんとのほんとで!2人にはホールに立ってもらいたいんだけど、ちょっとすぐには動けないっていうか…!」

「なら、僕たちもそれ、お手伝いします!」


チヒロがタユに目配せすると、タユも頷く。


「…い、いや気持ちは嬉しいけど、お給料の方が…」

「いりませんよ!…あ、もちろん無事オープンしたらその時からは欲しいですけど…素敵なお店づくり、ぜひ僕たちにもやらせてください!」


無垢で真っ直ぐな瞳を見て、つい、ロワンは2人に抱きついた。


「天使過ぎる〜っ!ありがとう!」

「わ、わ!ちょっと苦しいです…!」


ロワンは軽く謝って離れると、胸に手を当てて少し首を傾げて微笑んだ。


「改めて、俺は、ロワンって言います!こっちのジャコくんとえっと…『Rad Apple』ってアイドルユニットもやってます!よろしくね!」

「オレはジャコウだ。『Rad Apple』のリーダーだから、よろしくな」

「え、ジャコくんリーダーだったの?」

「お前じゃなかったらオレだろ」


2人の妙なテンポの良さを持つ会話に、チヒロとタユは苦笑いした。


「僕はチヒロと言います!こっちの、タユとユニットを組んでて!えっと…えっと…」


2人は同時に何かに気づいたような表情になり、顔を見合わせた。


「そういえば…」

「ユニット名を」

「きめて………ないね…」


交互にそう言ってポカンとしている2人の肩を、どっしりと乗っかるようにジャコウが抱いた。


「ははは!なんかオレたちとことん境遇が似てるなァ⁉︎まぁでも適当に決めちまえよ。ユニット名無いと公式のライブとか開くの難しいぜ」

「うーん、確かにそうなんですよね…」


タユもチヒロも少し顔を伏せて考え込んだ。

そんな空気を打ち切るように、ロワンが一拍手を叩いた。


「お料理しながら考えれば何か思いつくかもしれないよ!さ、厨房でメニュー考えよ!」

「お前は店のことばっかりだな」

「元々そういう時間だったでしょ‼︎」


ジャコウとロワンの会話のテンポに慣れてきて、タユとチヒロは笑いながら2人に続いて厨房に入っていった。




そして数時間後。


「2人の意見とお手伝いのおかげでメニューもあらかた決まったし、内装も整ってきたし、すごい助かったよ!ありがとう!でも…」


ロワンはチヒロにじとりとした視線を送る。


「チヒロくんは……厨房入らない方がいいね…」

「う…すみません…」


エプロンをしたままのチヒロの前には、黒焦げのオムライスと野菜が大きすぎるカレーが置かれている。

しゅんとしているチヒロを見て慌ててタユはチヒロの肩に手を置いた。


「大丈夫だよチヒロくん…!味は美味しかったし…ほ、ほら!僕まだあんまり試食してないから僕がチヒロくんの作ったもの食べるから…!」


そう言ってタユはカレーのお皿を片手で持ち上げようとして、野菜の重さに「うっ」と唸った。


「もともとウェイターで雇う予定だったんだからいいだろ、ちょっとホールで休憩しようぜ」


ジャコウが親指でホールを指す。

タユは両手でしっかり持ちながら、チヒロのカレーを一緒にホールに連れて行く。

チヒロは黒焦げのオムライスを沈んだ様子で持っていく。


「そういえば、お2人は曲とかはどうするつもり?」

「曲、ですか?」

「うん、俺たちはなんか、ジャコくんが知り合いに作曲家の当てがあるって言うからその人にお願いして作ってもらおうかなって思ってるんだけど…」


ロワンにそんなふうに話しかけられ、タユは少し考える。

タユは作詞を担当する予定だが、一度2人の話でも上がったように肝心の作曲担当がいない。

リージアにも頼んだが、リージアは「人が歌う曲は書かない」と言っていた。


「友達に…すごい作曲家がいるんですけど、その子はその、ゲームの曲を作る人で…僕たちには協力できないって断られちゃったんですよね…」

「えー!それ絶対作れるよね⁉︎なんか頑固な昔ながらの料理人みたい」


そこまで言って、ロワンは急に表情を暗くしてから、苦笑いした。

タユはその様子に少し疑問を持ちながらも「たしかに…」と苦笑いし返した。


「――あれ、リージア?」


チヒロの声に、2人はホールの方を向く。

すると、入り口のガラス扉にペタンと手のひらをつけて上を見上げているリージアがいた。

ロワンはすぐ扉の方に駆け寄り、ゆっくり開けた。


「ごめんね!まだオープンしてないんですよ」

「っ!い、いや、俺はそのっ…!」

「リージア!来てくれたんだね!」


慌てるリージアは、駆け寄ってくるチヒロとタユの姿を見てさらに慌てる。


「べ、別に!お前らが心配だから来たとかじゃなくてだな!」

「じゃあ、どうしたの?」


チヒロとタユのまっすぐな瞳に、リージアは後ずさる。

そして少し悩んだ末、被ってきたメッシュキャップのつばをぐっと引き下げて表情を隠すようにしてまた口を開いた。


「…ご、ご飯、食べにきた…」


少しの間、誰も言葉を発さなかった。

沈黙を裂いたのはロワンだった。


「うし!来てもらったからには振る舞わないと!はじめてのお客さん!一名様〜!どうぞ中へ!」





リージアの前に、ロワンの作ったオムライスが置かれる。


「い、いただきます」


リージアは銀のスプーンでオムライスを一口分掬う。

掬われた振動でスプーンの中の金色の卵が艶やかに揺れる。

カツンという皿とスプーンがぶつかった音だけが響く中、皆に見守られながら、リージアはそれを口に運んだ。


「……!おいし…」


ロワンをはじめ、見守っていた皆は顔を見合わせてからリージアに安堵の微笑みを見せた。


「えへへ、よかった!料理人にとってお客さんの美味しい笑顔が一番のご褒美だからね!」

「…いくら食べてもお腹いっぱいにならないから、こういう時はムジカでよかったって思うな。すっげえ美味しいよ、料理人さん?」


ロワンに向かってリージアはウインクしてみせた。

ロワンは嬉しそうに頬をぽりぽり掻いた。


「っていうか、キミ、ムジカなんだね。どういう活動してるの?」

「え、あ…ゲームに曲を提供してる…仕事かな」


あまり言いたくなさそうにリージアは声を小さくして答える。

ロワンは特にそれを察したりせずに、「あっ」と何かに気づいたような声を出した。


「タユくんが言ってた友達って、リージアくんのこと⁉︎」

「えっ?」


リージアは驚いてロワンを見上げてからタユを睨んだ。

タユはそれに少し怯んで、肩を窄めながら「そ、そうです」と答えた。


「なーんだ偶然!ねえねえ、俺からも頼むよ!この子たちに曲、一曲でいいから作ってあげるの、どうかな?」

「いや、それに関しては断ってるし…」


前のめりに話しかけてくるロワンから、気まずそうにリージアは目を逸らす。そうしてタユのことをまた睨みつけた。チヒロはそれに対してまごつくタユに気づき、庇うように前に出る。


「そ、そうなんです!嫌々には作って欲しくないから、リージアにはもう頼まないんです!だから良くて…」


それを聞いた時、タユにはリージアが少し目を見開いてショックを受けたような表情になったように見えた。しかしそれは一瞬だけで、顔を横に逸らしてしまった。


「ほんとかぁ?」


さっきまでずっと静かだったジャコウが、能天気な声を出した。ジャコウはチヒロのカレーを食べていた。


「これうめえよ普通に。ちょっと野菜硬いし口入んないけど」


皆が不審なものを見るような目でジャコウを見る。

そんな中、最初に言葉を発したのはリージアだった。


「…ほんとだよ。俺はゲーム音楽一筋なんだ、だから――」

「ならちゃんとオレの目見て言ってみろよ。嘘なんかついてない、歌唱曲の作曲なんて絶対に嫌だってな」


ジャコウは挑戦的で、それでいて真っ直ぐ、リージアの目を見た。

リージアはぐっと唇を噛んでからジャコウを睨むように、その目を見た。


「オ、オレは、嘘なんかついてないし、人が歌う曲なんて絶対っ……」


リージアはふとチヒロとタユの方をチラリと見た。

2人とも心配そうな目で見ている。

リージアは、ジャコウにそれ以降の言葉を紡ぐことができなかった。


「それが答えだろ」

「っ…」


リージアは何も言えず、ただ、銀のスプーンに映る歪んだ自分の顔を睨むことしかできなかった。


「ちょ……ちょっと、お料理もう冷めちゃうよ、なんか辛気臭い話しないで食べて…?」

「お前が切り出した話だろ」

「えっ、ええっ⁉︎」


ロワンが、丸ごと一株入ってしまっているカレー漬けのブロッコリーにフォークを刺しているジャコウと、今にも泣き出しそうな顔でオムライスを見ているリージアを見比べた。


「ご馳走様。全部食べられなくて、ごめん」


リージアは席を立ち、上着を体にかけるようにして素早く着ると店から出ていった。


「あ、リージア…!」

「僕、行ってくる」


チヒロが止めるように手を伸ばすのと同時に、タユは扉へと走り、リージアを追いかけて出て行った。

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