Chapter1 笑顔を目指すフルコース 3話

ロワンがワンフレーズ歌ったその時、ジャコウは目を少し大きく開き、輝かせた。


ロワンの歌声はキャラメルのように甘く、それでいてレモンサワーのように透き通った爽やかさを持っていた。

聴いていてとても心地が良い。


サビにかけてロワンの歌声の調子が良くなっていくと、ロワンの足元から薄桃色の光が溢れ出した。


そうしてロワンが両手を前に出すと、ほわりとした薄桃色の光がそこに集まり、ぽわんと柔らかく弾ける。

するとそこに、小さな可愛らしいカップケーキが一つ、現れた。


「こ、これ…俺のミューズ…デス…」


キラキラと桃色の小さな光を放つカップケーキを、ロワンは少し恥ずかしそうにジャコウの前に出した。


ジャコウはそれを受け取り、しばらくいろんな角度から見つめていた。


「……食べれるのか?これ」

「うん、一応…結構美味しい。あ、3分くらいしか持続できないから食べるなら早く食べて。半分幻みたいなものだから人間は全くお腹膨れないけど…俺のミューズと俺の持ってる感情エネルギーが混ぜ込んでできてるものらしくて、ムジカが食べると少しお腹膨れるよ」


ジャコウは「ふーん」と生返事をして、パクリと一口食べた。


「…んま!」

「よ、よかった…?」


ジャコウは目を見開きあっという間にカップケーキを平らげた。


「ほんとだ…なんだろうなこれ、あんまり食った気がしないのにちょっと腹膨れた。ライブして感情エネルギー得る感覚と似てるな…なぁこれって、結構ムジカにとっては救世主なミューズだったりしねえ?」

「え?どゆこと?」


ジャコウは鈍いロワンにため息を一つ溢してから、彼を指差した。


「だから、お前のミューズって他のムジカに自分が得た感情エネルギーを分け与えられるわけだろ?そしたらその辺で見向きもされずにのたれ死んだり暴走して殺されたりしてるムジカたちも、お前のミューズがあれば助けられるんじゃね?ってこと」

「あ、たしかに…」


自分の手のひらを見つめ、自分自身を不思議に思っているロワンに向かって、ジャコウはニッと歯を見せて笑った。


「すっげーじゃん!お前!」


その、自分だけに向けられた笑顔に、ロワンは体に電撃が迸るような感覚を覚える。

それは『嬉しい』という感覚であった。

師の元で修行をしていた時には一度も聞かせてもらえなかった、自分を認める言葉。

でもそれが当たり前だと思っていた。自分はまだまだ半人前だから、と。

まだそれまで自分を信じては行けない、と。

そんな呪いじみたものが、ジャコウの笑顔一つで、剥がれ落ちたような気がした。


「そ、そう、かな…」

「おう!それにさお前、めちゃくちゃ歌上手いし!オレびっくりしたわ!つうか自信ないわりにめちゃくちゃ楽しそうに歌うし、なんかさ、安心したわ」


顔をずいと近づけて褒めちぎるジャコウに、ロワンはなんだか照れて身体が熱くなる。


「…なんかさ、俺ってその辺のモブキャラなんだろうなってずっと思ってた。主人公の目の前で、すぐ死んじゃうような、誰の記憶にも残らない、そんな。

でも、今はこんな俺でも、主人公になれるんじゃないのかなってちょっと自信ついた…ジャコくん!」


ロワンはジャコウに抱きついた。ジャコウは少し驚いたようにロワンの顔を覗こうとした。


「頑張ろう‼︎‼︎」


目をキラキラとさせて拳を掲げ、それだけ言ったロワンに、ジャコウは目を瞬かせた。

そしてぷっと吹き出した。


「なーんか気抜けるよなぁ…まぁいいや!うおっし!頑張ろーぜ!」

「おー!」


二人して上に背伸びするようにてを掲げ気合を入れた。


「……あっ!やば!ジャコくん!公園に機材置いたまんまだよ!」

「あー、んなんもう明日にしようぜえ」

「ダーメだよォ‼︎ジャコくん、無駄にちょっとお高い機材買ったんだから!あんなん簡単に手放せないよ!」

「この貧乏人が…」


ロワンはすぐに店の入り口まで走ると、扉に手をかけながら振り向きジャコウの胸の辺りを指差した。


「いい⁉︎すぐ取ってくるから面倒臭がらずにちょっとでいいから荷解きしておいて!」

「えー…」





「えーっと、ステージの方にスピーカーが……あっ!」


ポートパークのステージの上に置いていったスピーカーは見つかったが、小さな子供たちがそれを触ったり転がそうとしたりして遊んでいた。

ロワンは慌てて駆け寄った。


「ちょ、ちょっとちょっとー!ダメだよ君たち!」


子供はすでにスピーカーを抱き上げていた。

ロワンは青ざめながらそれをすぐに取り返そうとする。


「だ、だめ…!それ俺…俺たちのものなんだよ〜!壊しちゃったりしたら大変だから、お願い、返して〜…!」

「やだ!誰だよお前!」


子供が少し動くたびに、子供は抱えているスピーカーの重さによろめく。ロワンは漏れるような小さな悲鳴をあげながらさらに青ざめる。

どうしたものか。ロワンは少し考えてから、ハッとなにか思いついた顔をした。


「ね、ねえ、君たち!そしたらもっと面白いこと、俺が見せてあげるから、そしたら返してくれる?」

「おもしろいことぉ〜?」


その様子を見ていた、周囲の子どもたちまでロワンの周りに集まってくる。


「…そのスピーカーはね、こうやって使うの。少し貸してね」


ロワンは子供に抱えさせたままスピーカーのボタンを触った。

忽ち前奏が流れ始める。


ロワンは前奏の間にスピーカーの方から後ずさって少し離れて、マイクを口元に近づけた。


歌い出すと周りに桃色の花畑が広がっていくような、ロワンの歌声はそんな華やかさがあった。

子供たちは思わず辺りをキョロキョロ見回していた。


(すごい、まるで俺が主役みたいだ…!)


ロワンが弾けるような笑顔でステップを踏むと、ロワンが地面に置いた爪先から桃色の光がふわりと巻き上がった。

桃色の光は、ロワンの伸ばした手の先から放たれ、小さな粒状になっていくつも子どもたちの頭上に降り注いだ。


「わ!これ、キャンディーだ!」


ロワンのミューズのキャンディーは、子どもたちの手元で色を変え、色鮮やかにぱちぱちと光った。


(俺は、みんなを笑顔にしたい!いろんな人の笑顔が見たい!俺が美味しいご飯を食べてなった幸せな気持ちに、笑顔に!俺がさせてあげたい!)



「それが俺の、"好きなこと"―――!」


ロワンが天に向かって強く掌を突き上げると、そこから光が花火のように打ち上がり、空で弾けると七色に光る粒になって地上に降り注いだ。


「ぜんぶお菓子だーっ!」


あのスピーカーを抱えていた子供もそれを手離し、上を見上げて手を広げた。周囲の子どもたちはみんな喜びの声を上げながら上を見上げ始めた。


その瞬間、ロワンは強い頭痛に襲われた。

思わずよろめき、後ろに倒れそうになる。


「うっ……急に…なんだこれっ…!」


もうダメだ、と倒れ込みそうになった時、後ろから誰かが背中を支えてくれた。


「なーるほど、お前のミューズはエネルギーの消費が激しいんだな。」


支えてくれたその手から、自分の体の中に力が流れ込んでくる感覚があった。ロワンは再びしっかり踵に力をこめて立った。


「ジャコくん…!」

「なんか遅えから来てみたら一人で面白そうなことやってんじゃん。」

「ごめん、スピーカーで子どもたちが遊んでて返してくれなかったから…」


そんなことはいいと言わんばかりに、ジャコウはロワンの頭をガシガシと撫でた。


「オレ、見てて思ったんだけどさ、オレのミューズをお前のミューズに当てれば、中和されて毒性も弱くなるんじゃねえかなって」

「…え?」

「まぁ見てろよ!音楽止まってんぞ!」


ジャコウはロワンの前に飛び出すと、歌い始めた。

ロワンの申し訳程度のダンスと違って、練習もしていないのにジャコウは創造的でキレのあるダンスに歌を乗せていた。

一気にステージはジャコウの色へ塗り替えられていくようであった。


「俺の出番………」

「ロワン!一緒に歌ってくれ!頼む!」


ジャコウが真剣な表情でこちらに手を伸ばしていた。

ジャコウの向こうには、ロワンのミューズのキャンディーが沢山地面に撒かれていて、色鮮やかにチラチラ光っていた。


(なんだ……俺こんなに、目立ってたんだ…)


子どもたちはまだ、たくさん手の中に集めたお菓子を楽しそうに口に含んだり、落ちているお菓子を宝物のように拾って見つめたりしている。

ロワンが思っていたよりも、まだ客席はロワンの色だった。


ジャコウは自分よりずっと完璧で天才で、遠い存在で、正直自分とアイドルをやるなんて揶揄っているだけだと思っていた。

けれど、ジャコウは自分が思っているより遠くの存在ではなくて、足りない部分を補いたくて自分に助けを求めているんだ、と。自分とジャコウは案外同じ場所に立っているということに気づいて、ロワンは小さく笑った。


「いいよ、ジャコくんのこと、助けてあげる!」

「おう、頼む!」


ロワンがジャコウの手を取ると、ジャコウはその手を引き上げ、2人は並んだ。


ジャコウの足元から溢れる金色の光は、ロワンの桃色の光と混じり合いながら空へ解き放たれた。


(すごい…ジャコくんの力が流れ込んでくるから全然さっきよりも体が軽い…!)


横目でジャコウを見ると、ジャコウも昼間に一人でステージに立っていた時より思い切りパフォーマンスをしていてとても楽しそうに見えた。


解き放たれた光はグミやキャンディー、ビスケット、チョコレート、など、子供の喜ぶさまざまなお菓子に変化してキラキラ光りながら流星のようにポートパークに降り注がれた。


夕空を埋め尽くすお菓子の星たちは、とても幻想的な風景を作り出していた。

子どもたちを迎えにきた大人たちを含め、仕事帰りの大人たちの疲れた目にも光が宿る。


「ロワン‼︎オレ、一曲おもいきり歌えちゃった‼︎お前のおかげだよ‼︎」

「お、俺も、すっごい楽しかった!ジャコくんのおかげだよ!」


二人で手を取り合い顔を合わせると、二人はつい吹き出してしまった。


「…俺、色んな意味でジャコくんについてきてよかったって、今は思ってるよ。ありがとね」

「だろ!だから言ったろ!」


全く謙遜をしないジャコウに少し呆れたように笑うが、今はそんなことはいい。この高揚感を、ジャコウと共有できている今が、とても楽しかったからだ。


「よし、『Rad Apple』初ライブ、大成功だな!」

「はえ?らっど…?なにそれ…?」


ロワンがポカンとしていると、ジャコウはニッといつもの悪戯な笑みを浮かべた。


「アイドルやるならユニット名必要だろ?ずっと考えてたんだよな、オレ。リンゴって色々意味があるものなんだけどさ」


ジャコウは少し考えてから照れ臭そうに笑うと、


「ま、お前がオレについてきたのは正解だし、めちゃくちゃオレたちはイカすって意味だ!よし決まり!」

「え、え?どういうこと?……まぁいいや」


ロワンとジャコウは手を重ねた。


「よし、"Rad Apple"本格始動だ!世界中夢中にさせてやろうぜ!」

「おーー!」


そうして二人で重ねた手を振り上げ、気合を入れた。


「うん、ということでムジカとしての活動はいい区切りがついたので、帰ってレストランの経営について決めて行こうか!」

「えー⁉︎それ明日でいいだろ!」

「どーせ、荷解きしないで飛び出してきたんでしょ⁉︎明日にはお店開けるように夜通しかかってもやるよ!」

「いやいやいやあの状態から明日オープンは無理だろ!」

「ちょっとジャコくん?君の受け売りだよ?やらないで後悔より、やって後悔!」

「お前なぁ…」


今度はロワンがジャコウを引っ張りながらステージを降りる。

二人は帰りがけに集まってくれた観客に感謝の挨拶をしながらポートパークを後にした。





「お、おお…!すっごい…!」


チヒロとタユは2人でモニターに首っ丈になっていた。

リージアはそれを呆れたように後ろから見ている。


「ちょっと、全っ然見えないんですけど?」

「あ、ご、ごめん、つい夢中になっちゃって…」


2人は慌ててモニターの画面から離れた。

2人はリージアの家に遊びにきていた。といっても特に約束などしておらず、押しかけたようなものだが。


「これシェアモニってことは今そこでやってるんだよね…!タユ!見に行ってみようよ!」

「そ、そうだね…!」

「いや無理だから」


冷めたリージアの声に、2人は戸惑いながら振り返る。


「これ、アーカイブだから。昨日の急上昇ランキングに上がってたやつだから。今はやってない。」

「え〜〜そんなぁ…」


残念そうに項垂れるチヒロに、タユは元気づけるように声をかける。


「で、でも、すごかったよね!お菓子のミューズ…僕もお菓子を思い浮かべればミューズで出せるけど、あんなにしっかりした実体のあるお菓子が出せるなんて…」

「…!そうそう!子どもたち、みんなすごい幸せそうに口に入れてたもんね!あれどんな味なのかな〜」


2人が興奮気味に話し合っていると、リージアはモバイルフォンを親指で目にも留まらぬ速度でタップして、「あ」と声を漏らした。


「2人とも、朗報かも」

「え?」


リージアがモバイルフォンをもう一度タップすると、2人の前に小さなホロモニターが出る。


「あのライブしてた2人の店が、求人してる」



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