Chapter1 星屑は瞬いて 2話

「タユ‼︎」


チヒロがタユを助けるように彼に覆いかぶさる。

2人してその場に倒れ込む。チヒロがゆっくり目を開けると、ひどく怯えたような顔をしたタユがいた。特に怪我はしていないようでほっと胸を撫で下ろした。


「あ、あれ、光のナイフは…?」

「あれは幻のようなものです。もうありませんよ」


ヤキは蔑むような視線をタユに落とした。


「タユのミューズ、暴走しちゃったのかな…なんだろうね、あれ…」

「………違う、あれは」


タユは何か言おうとして、首を横に振った。

ヤキは床にへたり込む2人の前に立った。


「検査は終わりです。もうあなたたちはゴッドツリーシティーで活動できるムジカです。あなた方のミューズについての所見は後ほどあなた方の拠点に届くようにします。


拠点は最初の3ヶ月までこちらで用意している寮を活用するといいでしょう。3ヶ月を過ぎれば出て行ってもらうことになるので、それまでに食い扶持は見つけておくことですね」


ヤキの突き放すような話し方に、チヒロはムッとした。


「あの、もう少し寄り添ってくれてもいいんじゃないですか?あまりにもヤキさん、その、冷たいというか…」


ヤキは深いため息をつき、ぽつぽつと言葉を吐く。


「…私はもう数えきれないほど失敗してあっという間に朽ち果てていくムジカを見送ってきています。ムジカの紡ぐ音楽活動は本当に美しくて、私も好きです。

でも…その一方で、ムジカはよっぽど成功しない限り薄命なのです。希望を夢見てムジカになったはずなのに…もう、本当はムジカになんてなってほしくないんです。」


ヤキはそこまで憐れむように話すと、当時タユを睨み付けた。


「なのに、ムジカは尊い存在であるはずなのに、あなたは…!信じられない、許せない…きっとすぐに力尽きてしまいますよ。」

「ちょっと待ってくださいよ…!タユは何もしてないじゃないですか」


ヤキは、自分へと怒りの感情を向けるチヒロとただ俯いたまま座り込んでいるタユを見比べて、また大きくため息をついてチヒロに顔を向けた。


「あなた、さっきこっちの方とユニットを組むとかおっしゃってましたよね。もし本当にそうするのなら…しっかり見てあげることですね。」


タユは少し動揺したようにゆっくり、ほんの少しだけ顔を上げてヤキを見ようとする。するとヤキとばちりと目があってまたすぐに俯いてしまう。


「あの、しっかり見てあげるってどういう…」

「あと、一応言っておいてあげますけど、こっちの方、あなたより3歳年上ですからね。」

「え」





「ごめん…なさい、タユ……さん…僕、年上だとは知らず…」


チヒロは一歩進むごとに謝罪の言葉を口にしていた。

2人はヤキに言われた寮へと向かっている道中雑談していた。ただ寮へまっすぐ向かうのも面白くないので、散策も兼ねてセントラルツリーパークを経由して向かっていた。


「あはは!全然いいよ!僕は寧ろ気軽に話しかけてくれてたみたいで嬉しかったから今まで通りの感じで大丈夫だよ?」

「タユ…!」


嬉しくなったチヒロがタユに抱きつこうとしたら、タユは小さく唸ってからよろめいた。


「タユ!大丈夫…⁉︎…」

「…うん、ごめんね、ちょっとお腹、すいちゃって…」

「お腹…?あ、たしかに…言われたら僕もそんな気がしてきた…」


しかしその空腹感はいつも感じるそれとは違い、どんどん小さな穴から、排水口に吸い込まれる水のように、体の力がどんどん吸収されてなくなっていくような、そんな感覚であった。


「あう…一応寮の部屋にも非常用のエナジードリンク何本か置いてもらえてるようだから今日はそれ飲んで休もうか。明日早速練習始めて、街で歌ってみよう、ね、タユ」

「…う、うん…そうだね」


タユの気の進まなそうな返事に少しモヤモヤしながら、チヒロはタユの背中を支え、寮へと向かった。





翌日、チヒロが目覚めると、タユが先に起きていて枕元にコーヒーをいれたマグカップを置いてくれていた。

タユはとっくに寝巻きから着替えているようだった。


「おはよう、チヒロくん。」

「おはよ〜…あれ、僕そんな寝坊しちゃった…?」

「そんなことないよ、僕が早く目覚めちゃっただけ」

「そっか!…あ、コーヒーありがと、歯磨きしたら飲むね」


チヒロはベッドから飛び降りて急いで洗面所へ向かった。


「タユ!今日はいっぱい練習して早く歌いにいかないとね!」

「…チヒロくん、歯磨き終わってからしゃべってね」


チヒロは生返事をしながら、タユのやはり煮え切らない態度になんとなく不満を感じた。


(なんでタユはムジカになったんだろう。まるで歌うのも踊るのも、何にもやりたくないような感じ…そんな人がムジカになる理由なんてないよね…?ほんとはやりたいはずって思って誘ったのにな…)


チヒロはそんなことを思いながら口を濯いだ。


2人は適当に朝食を摂ると、早速、寮の大きな鏡がある部屋で練習を始めた。

曲はオリジナルのものはないし作れないので、昨日の課題曲をデュエットアレンジしたものを披露することにした。


「――はいっ、サビ前でターンだよタユ!」

「うっ、わっ!」


タユは床にびたんと転び倒れた。


「うーん、もう一回やってみよう。サビ前でターン、忘れないようにしよう!」

「う、うん」


タユは肩を上下させながら息をし、顎を伝う汗を手の甲で拭うとよろめきながら立ち上がった。


通しでやることにしていたので、サビもそのままやり通し、短縮版でパフォーマンスするのでcパートに移る。

cパートの始まりはタユのソロだった。


「…〜♪」


伴奏に負けてしまっている。

チヒロが踊り続けながら心配そうにタユを横目に見ると、タユは歌は必死に歌っているようだがダンスを忘れてしまっている。


「一回、曲止めるから、タユ、アカペラで歌ってみてくれる?」

「ええっ⁉︎」

「いいからいいから!」


タユは口をモゴモゴしながら何か言いかけてから、小さくため息をつくと、意を決したように口を開いた。


「…〜♪」


先ほどよりもむしろ小さく聞こえる気がする。


「うーん…上手なのになぁ…」


チヒロは心の声がつい口から出てしまい、すぐにタユに目線を向けた。

タユは眉を寄せて、ギュッと掌に爪を刺すように拳を握っていた。


「あっ、タユ――」

「ごめんねチヒロくん、足引っ張っちゃって。今日は僕、1人で練習するから、チヒロくんは先に1人で街で歌ってきてよ。チヒロくんならきっと…みんなの心を動かせるよ」


タユは優しく微笑んでいた。

もう拳は緩めていた。

チヒロはキュッとスニーカーでボールルームの床を鳴らし振り返ると、一時停止していた曲をまた最初からまで巻き戻しに行った。


「ダメだよタユ。一緒にやらなきゃ。僕たち結構ぶつかっちゃうからさ。それに……僕も一緒だよ。まだまだ何度も間違えちゃうパートとかあるし、頑張りたい、タユと」


タユに、そう言って目を細めて笑いかけると、タユは少し驚いた様子だった。でも何か諦めたように視線を落として口元に笑いを浮かべた。


「…一緒じゃないよ」

「え?」

「うんん、何でもない。ありがとねチヒロくん、でも…足を引っ張ってることはきっと事実だから。一度自分のペースで自主練させてほしいな」


チヒロは「でも」と続けようとしたが、タユの薄笑いが喉元に言葉を留めさせた。


「…わかった。タユがそう言うなら。僕、ツリーズポートのポートパークでパフォーマンスしてくるから、タユが納得するまで自主練できたら、来てほしいな」

「うん、わかったよ」


タユに少し名残惜しそうに小さく手を振ると、タユも手を振り返した。チヒロは扉を閉め、それでもなお「やっぱり」と思い直して振り返る。しかしタユのあの表情を思い出して、ゆっくり首を横に振り、外へ出た。


2人の寮はゴッドツリーシティーの南部、ツリーズポートという港街にある。2人がムジカになった研究所は西部のウェスタンツリーにある。ツリーズポートまでは送迎バスが出ていたので2人はそれに乗ってここまできていた。


チヒロが向かっているのはツリーズポートで一番大きな公園で、ポートパークという空飛ぶ船の発着点を見ることができる公園である。

比較的忙しい人たちの行き交う街だが、一方で様々な国の人たちが出入りする街でもあるので、たまたま通りがかったプロデューサーがパフォーマンスを見てすぐにメジャーデビューしたアイドルがいたこともあったらしい。


(まぁそれが僕の憧れるマコトさんなんだけど!)


チヒロはポートパークのフリーステージに空きがあるのを確認してからオーディオの準備をする。


目につくところにあるので、人の視線をたくさん感じる。

少し恥ずかしくなって準備する手を早める。


準備が終わってイヤホンマイクを頭にセットし、客席側へ振り返ると、立ってずっと始まるのを待っていた人、通りがかりに足を一瞬止めた人、通りがかりに何となく見ていた人、その他なかなか大勢の人と目が合った。

チヒロは一気に顔が熱くなるのを感じる。手が震えるし、膝にも力が入らない。


見られている。


見られるために、聴いてもらうためにここにきた。

そんなことはわかっている。

でも行き交う人々の目は、絶対に自分を批評する目である。

誰も知らないから、自分を肯定する目はどこにもない。

どんなものか、あれはなんだ、その問いに、自分は自分が足を止める価値があるもの、懐疑を肯定に変えなければならない。


失敗してはならない。


(怖い。あんなにワクワクしてたのに…なんで…?)


茫然と立ち尽くしていたら、また歩みを進めて行ってしまう。

何であの時、研究所で突然歌えと言われた時はあの朴念仁な研究員を前に、堂々と歌えたのだろう。


ふと、背中にタユの優しい手の感覚を思い出した。

ポッドに入る前に怖がっていたチヒロは、あの時からタユの存在に助けられていた。


彼のそれが例え、それほどまでチヒロを思った行動ではなかったとしても、チヒロはそれにとても救われていたのだと。


(タユ…君と歌いたい、君と一緒に)



「――これから、スタートしたい!」


チヒロは前をしっかり見据え耳元のマイクを支えた。

目を閉じ、曲を再生させる。


チヒロが息を吸いワンフレーズ歌い始めた時から、公園の空気が変わった。

それまで訝しげに見ていた人々の目に、ほんの少しの青い光が灯る。

曲の入りから歌唱パート入っている曲であったが、入りは完璧にできた。


(タユ、君にこの歌が、届け!)


そう思い、チヒロがロングトーンに合わせて手を伸ばすと、チヒロの体は青い光に包まれ、その光が伸ばした手へと螺旋状の線を描きながら移動していく。そうして手の先まで行くと、光は一つの拳大の光になり、それは青白い光の、鳥の形に変わった。


(鳥…!あの時は羽が自分の背に出てきたけど、こうやって鳥になることもあるんだ…!)


光の鳥はチヒロの指先から、光の粉を纏い、それを雨のように撒いて空中を自由に舞った。


まだ1羽の鳥しか、それ以降チヒロからは生まれなかったが、人々の注目を集めるには十分であった。

ふと、ほわりと体の中に暖かい力が湧いてくるのを感じた。


ハッとして前方を見ると、さきほどまでチヒロをぼんやり見ていた人たちの瞳は大きく見開かれ、輝いていた。

それに加えて、見物している人が増えている。

チヒロは何か熱いものが込み上げてくるのをぐっと飲み込み、声が震えないように口を大きく開けて思い切り出せるだけ声を出した。


チヒロから生まれた光の鳥は客席側の人々の頭上に光を撒き続ける。チヒロが歌い続ける限り。


チヒロが歌い終わる頃、人々の拍手の合間を抜いて、光の鳥がとある人物の元へ降り立ち、光の粉へ変わった。


タユだった。


「あ…!タユ!来てくれていたんだ!」


人々に感謝を伝えながらタユの元へ向かう。

タユは鳥がとまった自分の指先をぼんやりと見ていた。


「タユ…?」


無言でいるタユに少しドキドキしながら彼の表情を窺おうとすると、彼は微笑みを貼り付けた顔を上げた。


「チヒロくんは本当にすごいね!初日でこれだけ人の心を動かせるパフォーマンスができるんだもの、僕なんかやっぱり足手まといだよね」

「ち……違うよタユ!僕が無事歌い切れたのはタユがいたから…!」


チヒロはぎょっとした。

タユは笑いを浮かべたまま涙を流していた。

言葉が出なくなる。拍手を向けていた人々も只ならぬ様子にざわつき始める。


「…ごめんチヒロくん、何だかおかしいみたい。先に寮に戻るね」

「あ、タユ‼︎タユってば‼︎」


タユはどこかへ走り去ってしまった。

チヒロも追いかけようとしたが先程のパフォーマンスで集まってきた人たちが彼の前を阻むので、見失ってしまった。


「タユ…」


そんなチヒロを他所に、人々は次々チヒロの前へ出て何か感想を言って帰って行く。

チヒロは彼らの気持ちを無碍にできず、初ライブを成功に納めながらどんよりした気持ちで作った精一杯の笑顔で、観客たち一人一人に感謝をした。


その後寮に戻ったが、

部屋は暗いままで、タユはいなかった。

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