第9.5話 しばらく会えなくなる 妻視点

分からないもやもや

確定しない憶測

しかし心配はそこにはなく

ここに必ず帰ってくる。


「仕事で海外に行ってくる。長期になりそうだ。」

いつもながらいきなりだった。

ミスター柊と会ってからは、すぐに終わる仕事ばかりだったため、長期になるということを伝える為だった。

それにしてはいきなりすぎただろうか。

「そ、そうなのか。どのぐらいかかりそうなんだい?」

仕事内容は秘密だから言えないが、期間ぐらいならいいだろう。

「1か月。長くて3か月はかかるだろう。」

「ずいぶん長いね。寂しくなるな。」


長いか。正直どのぐらいで戻ってこれるか分からない。

今回の仕事に関しては、年単位でこなす任務だ。だが、なぜか私は、月単位で終わらそうとしている。

しかし、心配はないだろう。いつものように振舞おう。

私はミスターの方を振り向く。


「寂しい?ふん、いくらミスターといってもそんなやわではあるまい。」

「ヴェルカさんは僕をなんだと思ってるの?」

笑顔を向ける。

ミスターは、私の髪をなでる。

なぜだろう。すごく落ちつくような気がする。

「愛してる妻と離れるんだから、寂しくなるのは当然だろ?」


愛してるか…愛してると言うのはよく分からない。

ただ妻と言われた時、私の中である覚悟が決まった。

「私は部屋に戻って、準備をする。入ってくるんじゃないぞ。」

少々強引に仕事の準備に取り掛かる。


荷物を整えながら、考える。

ミスターを守らなければ、祭りの時の謎の方なの男の件もある。

私の職業柄、私の命を狙う者もいる。そうなれば、ミスターも危ない。

だからと言って任せられる人はいない。ミスターのことに関しては組織の人間も信じていいのか分からない。

だからと言って…


「仕方ない。」

私は電話を取り出し、電話をかける。

「もしもし。お前からかけてくるとはね、ヴェルカ。」

「美沙…頼みがある。」

私は、美沙に頼ることにした。私からの依頼であれば、組織は護衛対象とするため、少しはましになるだろう。

「頼み?何甘ったれたこと言ってんだ?」

やはりだめだろうか?

「お前のような人間は人の完成を逆なでするほどの上目遣いで猫なで声でお願いすればいいんだよ。何頭下げようとしてんだ!私は母親だぞ!親に頭を下げて他人のように頼むな、クソガキが!」

やはりただの親ばかだったか。


「じゃあ、美沙。お願いがある。」

「なんだい?」

「ミスター…私の夫、柊斗真の護衛をお願いしたい。」

「護衛?なんだ、やっぱい愛する夫のことが心配か?甘ったるいね~」

「愛する?何を言っているんだ。ミスター柊はただのターゲットだ。」

「ターゲット?おかしいね。じゃあなんでそんなことをお願いするんだい?」

「ミスターは、私が殺す。それまでに、誰かに殺されるわけにはいかない。」

「…」


いくらお願いでもこの内容はやはりだめだったか?

しばらく美沙は沈黙していた。

「確かに、柊斗真は一般人だ。危険にさらすわけにはいかないな。了解した。こちらで信頼できるものに監視させよう。」

まさか通るとは。

「それにしても、長期で離れるだけで、そんなことをお願いするとは。なんかあったの?」


私は少し考える。

あの刀を持った笠の男のことを話していいものか。しかし、組織の脅威の可能性もあるな。

「実は祭りのときに、山で刀を持った男に会った。」

「刀の男?」

「ああ、その時は軽い装備だったんだが、私はぎりぎり避けるので精いっぱいだった。ミスターの身の安全もあって、その時は全力で戦えなかった。」

「それでも、ヴェルカが避けることしかできない男。これは、組織の脅威になりえるな。なるほど、それもあってか。理解した。」


すると、ドアをノックする音が聞こえた。

「ヴェルカさん。ちょっといいかな?」

扉越しに声が聞こえた。

「ミスターだ。とにかくミスターの監視のことは頼んだ。」

「了解。」

私は電話を切って、ミスターに返事する。

「なんだ。」

「アップルパイを作ったんだ。3時は過ぎたけど、おやつにしないかい?」

少し休憩をしよう。ミスターの心配事は何とかなったから、気持ちを切り替えるとしよう。

戸を開く。

「いいだろう。」


二人でアップルパイを食べながら、ゆっくりした時間を過ごす。

アップルパイにロイヤルミルクティー。いい組み合わせだ。

「いつ出発するんだい?」

「今日の深夜だ。」

「早いね。」

「見送りはいらんぞ。」

心配をかけるわけにはいかない。

「そんなこと言わないでよ。見送らせて」

少し困ったような笑顔だった。

「そうか」


その後の話はしなかったが、ゆったりとしたいいリラックスタイムだった。

任務が完了して、またこのアップルパイを二人で食べれるようにするとしよう。

ミスター柊に死なれては困る。


深夜

スーツケースと大きいバックをもって任務に出かける準備は整った。

この戸を開けば、しばらく戻っては来られない。

「見送りはいらんといったはずだが」

後ろの気配には気づいていた。

「見送るよ。…見送らせて」

私は振り返らない。今ミスター柊の顔を見れば、せっかく切り替えた気持ちが揺らぎそうだったからだ。

その時、優しく後ろから抱きしめられた。

「な、何のつもりだ!」

かなり焦った。顔が熱い。

「好きな人とハグすると、リラックスするんだって。」

好き?何を言っているんだ?だが、このドキドキはなんだ!耳障りで、そわそわする!だが…なぜかポカポカする。

この暖かさの前では、いつも大きく見せようとする。自分の背中が小さいような気がする。

寂しさなどはない。焦りもないはずなのに、この暖かさは一体。

「お前はただのターゲットだ。」

そういいながらも、私の中ではいつの間にかもやもやしていたものが無くなった。

ただ、やることがしっかり見えてきた。

ミスター柊のもとに必ず帰ってこよう。

「もう十分だ。」

決意は固まった。

さっきまで重く見えていた扉も、なんてことはない。

私は玄関を開ける。

「いってくる」

「いってらっしゃい」

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