第8話 妻の職場の同僚事情

それは美だ。刃であり、毒だ。

それだけだと侮るなかれ

それは幻影 それは翼 それは情報

それは空間 油断すれば命はない


私は暗殺者・ヴェルカ 

私の組織は、情報屋。そう、表向きにはなっている。しかし、舞い込んでくる仕事は決してきれいな仕事ではない。

そのため、組織の人間は、私のような暗殺者だけではない。


しかし、その組織の人間は曲者が多い。


私も大概だが、まともなんじゃないかと錯覚するほどだ。

今回は、そんな私の組織の話だ。

まだ、ミスター柊にも話していない。いつかばれるかもしれない組織の話だ。




コツコツコツと自分の靴がなる音が鮮明に響いている。

白く長い廊下。不必要なものがなく、どんな小さな音もよく響く。


私の職場は、私が育てられた場所でもある。

だから、仕事の打ち合わせなどでよく来るが、ミスター柊と結婚してからは、いつも里帰りしたような気分になる。


いつもは仕事の詳細はメールで済むのだが、今回は呼び出しがかかった。

こういうときは大きい仕事の証拠だ。

また、海外に行くかもしれない。そう考えると、最近はミスター柊の顔が浮かんで胸が苦しくなる。そして虚しくなる。


そんな不可思議な感覚を噛みしめていると、後ろ方からタッタッタと軽快な足音が近づいてくる。

「ヴェルカさーん!」

後ろを振り向くと青年が、大量のファイルをもって小走りで駆け寄ってきていた。


「ルカ。相変わらず元気だな。」

「お久しぶりです。いやー、最近全然会えなかったので、ついついうれしくなっちゃいました。」

彼の名前は、ルカ。

金髪になびく髪は、ワックスできちんと整えられてチャラい印象を持つ。それとは裏腹に白の襟付きシャツにベストといういいとこの息子のような服と緩めもせずに着こなしているところから、真面目さが見え隠れしている。

いつも明るく、見た目高校生のようなイケメンな青年だ。


彼は、私の後輩で、私が直々に育てた部下でもある。

殺しの技術はもちろんあるが、彼の専門は変装。

大半の女性は、彼の甘いマスクで大体何とかなる。

そして情報を扱うことにもたけている為、現場で情報を盗む仕事が多い。

そのため、私と組むことが多いが、今年は結婚やら、なにやらで忙しく、会うのは久しぶりだ。


「ヴェルカさんは、相変わらずクールなようで・・・いえ、なんかちょっと優しくなりました?」

「バカはことを言うな。私の気が抜けてるとでも言いたいのか?」

「まさか!なんだか、オーラが柔らかくなったような。ともかく元気そうで何よりです!」

「そうか。」


そんなたわいもない会話をしながら、二人並んで長い廊下を進む

「そうだ!結婚おめでとうございます。」

「作戦のための結婚だ。おめでとうも何もない。」

「そんなこと言わないでくださいよ。ウエディングドレスは女性の夢でしょ。」

「式は挙げてないぞ。」

「まぁまぁ、しかし旦那さん、優しそうな人ですね。ホントにあの人殺しちゃうんですか?」

「ターゲットだからな。」


最近までミスター柊の機嫌を損ねてしまっていたが、ミスター柊のことをターゲットと言えるぐらいには、自分が前の状態に戻ったようで安心した。

「そうですか・・・あ、そういえば旦那さん、小説家でしたよね?」

「調べたのか。」

「僕の特技は情報を仕入れることですよ。でもでも、ヴェルカさんの口からいろいろ聞きたくて、深くは調べてないんですよね。何て名前なんですか?」

「調べたんじゃないのか?」

「ペンネームですよ。本名は知ってますって。ペンネームはなんて人なのかなぁ?って思って」

「何て名前だったかな。」


ミスター柊のことは、すぐに殺すつもりだったから小説を読んだことはなかった。

結婚とかいうとんでもイベントがあったせいで、調べるのを忘れていた。

そういえば、本自体は持っていたな。

「ええ!知らないんですか?」

「本なら、ミスターからもらっているから、ここにあるぞ。」

「なんで持ってるんですか。」

「新刊ができたとかで、くれたんだ。」

「どれどれ?」


私は手元にあった資料から、本を取り出し、ミスタールカに差し出した。

「ペンネームは・・・柊桜・・・柊桜先生!?」

突然横で驚いたように大声を出した。廊下に声が長い間反響していた。


「うるさい」

「だって!え!柊桜先生って!・・・え!?」

「うるさいと言っているのが聞こえないのか。」

「なんで教えてくれなかったんですか!」

「私からいろいろ聞きたくて調べなかったのは君だろ。」

一体なんなんだ?


「ミスターはそんなに有名なのか?」

「知らないんですか?柊桜先生といえば、今を輝く超人気小説家ですよ!」

「そうなのか」

「しかもこれ!今大人気の恋愛漫画 心舞い散るの原作小説の新刊じゃないですか!」

「そうなのか。ずいぶん詳しいんだな。」

「僕大ファンなんですよ。高校生の時から、先生の作品読み漁ってました!」


どうやら、ミスター柊はとんでもない有名人みたいだな。

しかし、ルカの好きな小説家とは、世間は狭いな。

「今度、紹介してくださいよ。」

「なぜだ。」

私はルカを睨む。意図的ではなく、完全な無意識だった。

最近、ボスが訪ねてきたり、謎の刀の男やらミスター柊に危険が舞い降りそうになることが多かったためだろう。

いくらルカでも、信用ができない。


「だって、お話したいんですよ!ついでにサインも欲しい。」

「欲望丸出しだな。気を引き締めろこれから仕事なんだから。」

「えー!」

「この仕事が終わったら、紹介してやる。いつ終わるか、分からんがな。」


そうこう話しているとボスの部屋の目の前まで来ていた。

白い廊下にミスマッチな木製の扉

しかし、ここに立つと緊張感が増す。

私は、一呼吸置いてノックをする。


「入りなさい」

扉の奥から威圧感のある声がする。

少し緊張しながら扉を開ける。

扉の先は木製の壁に、黒の光沢のあるクッションなど、いかにもドラマで出てくる社長室のような空間が広がっている。


そのひと際大きい机にに肘をついてボスが待っていた。

その隣にはスーツ姿に黒髪で眼鏡をかけた女性が立っていた。

「待っていた。時間厳守のいい子ちゃんで助かったわ。」

凛としていて、そして嫌味な声が響く

「だが、廊下が随分と騒がしかったな・・・廊下では騒ぐなと言っているだろうが!!!」


突然怒られた。

「すみません、美沙さん!ぼ、僕の責任です。ちょっと今年最大の驚きがあって」

「やはり、ルカか!あそこは声が響くから大声出すなといつも言ってるだろう!ボスの部屋の前だから大切な話が聞こえなくなるからって!」

「まぁまぁ、落ち着きたまえ、美沙くん。久しぶりの上位と部下の再開だ。積もる話もあったんだろう。」


彼女の名前は琴原 美沙(ことはら みさ)。長髪の艶のある黒髪とメガネが特徴。

スーツをきっちり着こなしている、いかにもな堅物である。そして口が悪く、沸点が低いが・・・決して我々が嫌いなわけではなく、ミスター柊の言葉を借りれば、強めのツンデレだ。

彼女はボスの秘書のような仕事をしている。情報の整理、情報の売買にも長けており、この組織の大黒柱のような存在だ。

そして私をボスと一緒に育てた母のような存在だ。


「そもそも、あの廊下に物を置けばあんなに声が響かないんですよ!これはボスの責任でもあるとわかってますか?!」

「す、すまない。しかし、男のロマンというものが」

「ロマンもクソッタレもあるか!」


んんっ!


私は一つ咳払いをする。

すると見な私の方を見て、一瞬の沈黙が訪れる。

ルカは私の意図を読み取って、少し焦ったように口を開く。

「あぁ!ともかく・・・これが今回仕入れた情報です。ご確認ください。」

ルカは、美沙に大量のファイルを渡す。

「また、随分と仕入れたな。確認しよう。しかし、今度は一体どれだけの女を侍らせたんだ?ん?」

「誤解生むようなこと言わないでくださいよ~。今回は銃撃戦にもなったんですから。」

「銃撃戦になると、そのパニックで情報を忘れたり、あやふやになることが多い。それにもかかわらずいつも正確に大量の情報を仕入れてくれる。これはルカくんの手腕だね。素晴らしい。」

「ありがとうございます。ボスに褒められるなんて光栄です。」


一通り報告が終了すると一呼吸おいてボスが口を開く。

「さて、二人を呼び出したのは他でもない。大きな仕事が舞い込んできた。」

「今回の仕事はヴェルカとルカの2人に遂行してもらう。場所はイギリス。狙いはとある成金の命だ。これが資料だ。さっさと確認しろ。」

美沙が私たちに資料を手渡す。


「この人は何したんです?」

ルカが質問をする。

「このターゲットは少女の人身売買だ。スラム街の親がいない少女を拉致、その後オークションにかける。典型的なくずだ。」

「相手がだれでも関係ない。殺しなら私の出番ですね。しかし、なぜルカを?」

ボスが答える。

「確かに殺しだけなら、ヴェルカ君だけで十分だろう。しかし、今回は殺しだけじゃない。今回の依頼は、その男の命と少女の救出だ。」


「それなら、子供慣れしている僕の出番ですね。」

「女なれじゃないの間違いじゃないのか?」

美沙が悪い顔をして、棘のある言葉でいじる。本人は楽しそうだ。

「冗談きついですよ~」


「しかし、おかしい。この依頼人の目的はなんだ?妙に引っかかる。」

「なにがですか?」

ボスが興味ありげに声を漏らす。

「ほう。」


私は基本的に依頼人のことについて資料に書かれている事以上を聞くことは少ない。

なぜなら、資料の情報は、組織の優秀なメンバーが集めた信頼度の高い情報だからだ。

それ以外の情報は自分の目で見ることが多い。それゆえに、皆が私に注目する。

「そのターゲットの売り物が目当てなら、二次被害を出すことになる。しかし、外部のものであれば、このターゲットのことをどこで知ったのか。殺すメリットはあるのか。

もし、ターゲットの仲間なら、人身売買でいい思いをしているならわざわざ、収入源を断つことはしないだろう。それなのに少女の救出とはどうゆうことだ?」

そもそも資料に書いてある被害者の少女の数は相当なものだ。実際はもっといると考えてもいいだろう。助けた先にそんな数の人間を育てられる場所があるのだろうか?


「いい質問だ。さすがヴェルカ君だ。美沙くん。」

「はい。今回の依頼者は、かつてターゲットにオークションにかけられた少女だ。」

あまりに意外な人物だった。

「依頼者の名前は波森 祭。30歳。オークションで、ある日本人の老夫婦に買われたが、その老夫婦は奴隷ではなく、孫のように大変可愛がってくれたそうだ。日本人としての名前も付けてもらえたようだ。」


ボスはどこか悲しげに話す。

「その老夫婦は、かなりの金持ちだが、その金を人生の最後ぐらい世のために使おうと人身売買オークションで依頼者を買ったんだ。そのターゲットから、これ以上被害者を出さないようにするために育てたらしい。その子がターゲットに恨みを持っていれば、自分たちが死んだ後もその子が、少女たちを救ってくれる一手になると考えたそうだ。」

「なるほど、端的に言うと、若い力を利用したということか。」

自分の手は汚さず、捨て駒を育てて、その駒に罪を着せるつもりだったのか?


ボスが続ける。

「そういう事だ。しかしどんな思惑があったにしろ、その少女は見事恨みを持って、その男から少女を救い出す計画を考え、こうして実行して我々に依頼したということだ。あいにく老夫婦はお亡くなりになったが、多額の遺産のおかげで、波森さんは少女を受け入れ育てる場所をすでに用意している。」

「そして、ルカをメンバー入りした理由はもう一つ。これまで売られた数々の被害者もできるだけ救出するための情報を仕入れてもらうため。」


かなり大きなプロジェクトというわけか。

「分かりました。これは長くなりそうですね。」

「気を引き締めていきたまえ。」

「「はい」」


「ところで・・・」

緊張している空間に美沙がにやけた声で風穴を開けた。

「ヴェルカは旦那とは仲直りしたのかなぁ?ん?」

「え?!喧嘩してたんですかヴェルカさん。」


「み、美沙!急に何を!」

「あ?今私のことを呼び捨てにしたのか?」

ドスの利いた声で私に怒りをあらわにした。

あ~めんどくさいことになった。

「私のことはマミィと呼べと言っているでしょうが!」


「この年になって、誰がそんな風に呼ぶか!」

「この年になってだと?誰がお前を育てたと思ってんだ!お前が小娘だった頃は、あんなに素直だったのに。いつから私の愛しき小娘から聞き分けのない愛しき小娘になったんだ?あぁん?!」

そう、この女、伝わりづらいだろうが、私に対してかなりの親ばかだ。


「さぞ旦那と熱い夜を過ごしたんだろうなクソったれ。さっさと幸せになりやがれ!」

「うるさい!応援しているのかけなしてるのかどっちだ!まさか、盗撮とかしてないよな?」

「ここにあるぞ。ヴェルカの浴衣写真の写真が~」


ひらひらと一枚の写真を見せびらかしてきた。

「え!いいな!見せてください。」

ルカが目をキラキラさせている。

「嫌だ。」

「なんでですか!」

「黙れ!私のゴミみたいに可愛い娘の引くほど似合っている浴衣写真は、お前みたいな青二才には早すぎる!」


「あーもううるさい!ボス、お話が以上なら失礼します。」

私はそこから逃げるように立ち去った。

「あーもう、待ってくださいよ。」



場所は変わって、組織の基地内にあるラウンジ

そこは、ボスのこだわりで、温かみのある木の内装に、白と黒のメリハリのあるいすや机が置いてある。

ここはよく、気軽に組織内の人間がお話をするための部屋である。


私は、ボスの部屋から逃げるように出て行ったあと、このラウンジにやってきた。

後ろからは、ルカが小走りでついてきていた。

「喧嘩中だったんですか?」

「その話は終わったと思っていたが?」


「あーーー!ヴェルカさんだ!」

甲高い猫なで声が聞こえてくる。

ラウンジにはピンク髪の小さい女の子がソファに寝転がって、こちらを見ていた。


「久しぶりだな、アイス」

「久しぶり!結婚したって聞いたよ~。浮気されないといいね~」

「こらアイス!ヴェルカさんにその態度はなんだ。」

「えー、ピカピカ君もいるじゃん。めんどくさ~」

「なんだと!」


彼女はアイス もちろん偽名

非常に背が小さく、小学生にお違えそうなほどであり、ピンクの髪にツインテールがいかにも女児の可愛らしさを醸し出している。

彼女は、上司であろうと物おじしない態度をとっており、非常に口が悪い。

彼女の専門は戦闘。指揮の能力に長けており、人を操ることにも長けている。

戦闘スタイルは武道、剣術と多岐にわたるが、基本的に相手の不意を衝く戦法を取る。


「ピカピカ君、声大きい~。うるさい~」

「アイス。そこまでだ。それにミスター柊が浮気しようがどうなろうが関係ない。」

「へ~、そんなこと言ってると私が奪っちゃうぞ♡」

「それも無理だな。いずれ殺すからな。」

「え~、かわいそ~♡」

「私のターゲットに手を出すと殺すぞ。」


私の内心驚いた。ミスター柊のことになるとどうやら、部下であろうと殺意を出してしまうらしい。

アイスも、驚いたようで、ほんの少し目を丸くしていたが、ハッとして

「ふ、ふん。本気になっちゃって、まじでうざ~い」

目を慌ててそらし、背を向けてしまった。


実力はたしかだが、アイスの上司に対する態度は教育が必要だと考えている。

簡単に調子に乗るから、扱いに困る。


「こらこら、アイスちゃん。あんまり上司をからかうもんじゃないよ。」


低いが、威圧はなく、ひょうひょうとした声が背後から軽く飛んできた。

「あ!おじちゃま。」

「ルカも、あんまりカリカリしないの。せっかくおじさんと違って美形なんだから。その綺麗な顔に皴が入っちまうぜ。」

「だってこいつが」

「まぁまぁ、口が悪いのはいつものことでしょ。おじさん的には、仕事に支障がなければ何でもいいよ。」


白銀 魁(しろがね いさむ)

黒上で高身長、パリッとしたスーツに身を纏っている。30歳の男性。

顔は老け顔なのだが、なぜか年を食っている印象はなく、黙っていればイケおじな顔をする。

黙っていればというところが重要であり、普段の態度はふらふらしており、しゃべりもひょうひょうとしている。

だが、この組織では、数少ない常識人の一人でもある。

武士の家系らしく、担当は私と同じ、暗殺。武器は刀1本

性格から想像はできないが、刀は完璧と言っていいほど手入れされている。


「それに怒りは周りが見れなくなるよ。」

「あなたが言うと説得力がありますね、Mr白銀」

「ま、いろんな現場を見てきたからね。」


頭をかきながら、まいったなといった困った表情をする。


「そういえば、ヴェルカさん、結婚おめでとう。めでたいね~」

「形だけの結婚です。そのうち殺しますから。」

「え?殺すの?じゃあなんで結婚したの?」


なにやらお祝いムードの様だったが、やはりミスター白銀もみな同様困惑する。

「ミスターはターゲットです。殺そうとしたらプロポーズされた。」

「柊桜先生、そんな大胆なことしたんですか?!」

「柊桜先生って?」

白銀がキョトンとした表情でルカに尋ねる。


「ヴェルカさんの旦那さんです。ペンネームなんですよ。」

「へー!あの心舞い散るの!」

「意外!おじちゃまも恋愛漫画とか見るんだ。」

「人気小説だからね。それに、おじさん結構本読むから。しかし、柊桜さんがターゲットね。」


3人が意外に盛り上がっているのを見るとミスター柊はかなり売れてるみたいだ。

私だけだったのか、ミスター柊の作品をあんまり知らないのは。

ミスター柊のことをもっとよく知るために、読んでおくべきかもしれない。

最近それどころではなかったから、仕事の合間に読むとしよう。


「そのミスターが、結婚すればいつでも殺しに来ていいと言ってきた。だから結婚した。それだけだ。」

「でも~、それならもう殺せれてるはずよね?な~に手こずってるんですか?♡」

「なに?」

普段、アイスの挑発に乗ることはない。しかしなぜか今日は怒りの感情が芽生えた。

まるで大切なぬいぐるみを壊された少女のように、心がキュッとなったような気がした。

そんな様子に気づかず、アイスは続ける。


「普段のヴェルカさんなら~♡即!殺すのに~♡」

「・・・」

「こら、アイス!でも、確かにヴェルカさんにしてはすぐに殺せないのは珍しいですね。」

「・・・」

「調子でも悪いのかい?まぁ、結婚の準備とかなんやらで忙しかったろうし、タイミングも重要だから。ヴェルカさんは殺すタイミング完璧だから心配ないとは思うけど」


いつもは、そうではないのに、フツフツと怒りがわいてきた。

手こずっている?手こずっているさ!謎の強運で攻撃が当たらないのだから

忙しかった?忙しかったさ!!最近まで喧嘩していたんだから

調子が悪い?調子が悪いさ!!!ミスター柊を殺そうとすると手が動かなくなるんだから

こいつらはミスター柊の何を知っている!ミスター柊のことを一番知っているのは、私だ。

ミスター柊はいつも笑っている。ミスター柊はいつも気遣ってくれる。

ミスター柊はいつもおいしいご飯を作って待ってくれている。


こいつはミスター柊のことを何も知らない


「黙れ」


その一言は自分も発したことがないほど殺気が込められていた。

「それ以上、この話を続けるようなら、殺すぞ。」


私は、ハッと我に返ると、皆の様子を見た。

ルカは硬直しており、アイスは完全に怖がってルカの後ろに隠れている。

Mr白銀は、一見何も影響なさそうだが、本能ゆえか、足だけはいつでも切りかかれる型になっていた。


この凍り付いた空気を壊すように私は続ける。

「すまない。忘れてくれ。」


「好きなんだね。柊桜先生のこと」

Mr白銀がどこか優しげな目で言ってきた。

「好き?そんなわけないだろ。ミスターはターゲットだ。それ以上でもそれ以下でもない。いずれ私の手で殺す。」


私は皆に背を向けて、ラウンジの出口に向かって歩き出す。

「手出しは無用だ。」


ラウンジを出た時、冷静さをようやく取り戻した。

冷静さが戻ってきたと同時に唐突にあることが頭をよぎった。


そういえば、Mr白銀の刀、見覚えがあるな。

どこで見たんだったか。

それに、いつものことで気にしていなかったが、いつもきっちりスーツを着こなしているのに、なぜ靴やすそが泥だらけなんだ?




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