第7.5話 仲直りの毒リンゴ 妻視点

触れたるは血の刃 遭遇すれば最後

舞い散る花 香りを携えて

早くなる鼓動は 展開の道しるべ

身にまとうは 赤き花


 夏祭り

 それは私にとっては未知の領域

 血祭り

 それは私には日常の行為


 私にとっても未知のことには下調べが必要だ。花火、屋台、神社・・・

 日本育ちのはずなのに、こんなにメジャーな祭りごとを全く調べてなったとはな。実際、仕事以外はアジトから出たことなかったからな。世間知らずもいいところだ。

 それに比べて、ミスター柊がいてよかった。ミスター柊は、一般人だからこういう事は詳しいだろう。


 近くの街に着いてもあまり調べてなかったから、この際、土地勘を少し頭に入れておこう。

 あの女にメールをもらってから、頭がさえて、調子がいつもに戻った。

 これでいつものように周りをよく見ることができる。


 近くに車を止めて、現在山道

 かなりの人がいるな。ミスター柊から人が普段よりかなり多いと聞いていたが、祭りというだけでここまで多くなるものなのか?

 神社や寺は、普段は人がいないみたいにがらんとしているのは知っている。こういう時だけ人が集まるのか。


 まったく日本人は相変わらず宗教ごとに関しては・・・いや、日本育ちの私も似たようなものか


 山の道はちゃんと整備されている。石の階段はちゃんと形を整えられていて、木でできた手すりが山頂の神社まで続いていた。頭の上にはピンクや水色、赤の色とりどりの提灯が並んでいた。

 浴衣を着たカップルや、はしゃぐ子供、仲の良い老夫婦など、実にいろんな観察対象がいた。


「かなり多いな。う、ヴェルカさん…は大丈夫?」

 

 少し気まずそうにこちらを振り返る。

「問題ない。」

 あっさりとした返答を返す。

 いつもの私ならこう返していたはずだ。これで、私はいつも通りだと示せるはずだ。

 少しでも気まずさが和らぐといいが・・・私は何を考えているんだ?

 私がいつも通りだろうが、そうじゃなかろうが、関係ないだろう。



「でも離れちゃいけないから、手を…」

「? 何か言ったか?」

「い、いや」


 今、ミスターの顔が曇った気がした。何か言いかけてたが・・・いかんな集中力が欠けている。いつもなら聞き逃すことなどないのに


カチャ

刀の鯉口が当たる音がした。

下駄の音や人の喧騒、石階段を上る音が飛び交う中でもはっきり聞こえた。


 そして、もうすでに体を切られたのかと錯覚するほどの殺気

 体が珍しく震えている。

 一瞬で消えたが・・・

 これはまずい。私が狙われているのか?それともミスター柊?おそらく私だけが感じた殺気だ。だとすると警告か?


 袖に備えていた小型の拳銃をいつでも抜けるようにして、周りを警戒する。

「何か珍しいものでも見つけた?」

「いや、なんでもない」

 いたって普通の会話。どうやら、音はミスター柊にも聞こえていたみたいだ。

 しかし、周りの様子から察するに、音は私たちしか聞こえていない。そして殺気は私しか感じなかった。


 そんなことをごちゃごちゃ考えていると腰に手を回され、引き寄せられ密着する。そして、耳元で甘くささやかれる。


「悪人を覗いて、僕以外を殺しちゃいけないよ。」


 視線がそれる。顔を見ることができない。

 顔が熱い。心臓の音がうるさい。


 ミスター柊は私を乱暴に突き放し、足早に進む。

 私は恥ずかしくて、下を向いたまま歩いていた。

 先ほどまでの緊張感を忘れてしまうほど、頭の中はミスター柊のことだけだ。

「まったく、ずるいぞ・・・」



 ミスター柊を追って歩いていたが、この人ごみの中だ。いつの間にか見失ってしまった。

 周りに人がどれだけいようが、私は特定の人物を見つけることができる。しかし近くにはいないようだ。

 しかたがない。おそらく上に行けばどこかで合流できるだろう。

 道なき道を行けば人を避けることができるだろう。


 私は山道を人目につかないよう外れて、パルクールの要領でサクサク進んだ。

 どうやら、この山は、整備された道を少しでも外れれば、とても暗くなるようだ。

 毎年、夏まつりの時は、行方不明者が数人出ているとか。


 私は人目になるべくつかぬよう。山道からかなり離れたが、深夜かと思うほど暗かった。

「暗いとこもには慣れているから問題ないが」


カチャ


 聞こえた。反射で私は体をひねって避けていた。

 私が、先ほどまで乗り越えるために手をついていた丸太が切れていた。

 少しでも遅かったら、私の身体は真っ二つだった。


 殺気も半端なく放たれている。

 目の前にはスーツの上に和服を羽織り、菅笠(すげがさ)をかぶっている人物がいた。菅笠には多くの赤い宝石がぶら下げられていた。

 殺気で顔が見えない。だが、おそらく男だ。

 刀は打刀か。やくざ共が振るっているのと同じ種類だ。


「その刀どこかで」


ヒュっ刀が抜かれた。

まずい!


 身を低くして避けると、さっきまで首があった位置に残っていた髪が切れていた。

 距離は10メートルも開いているのに、いつの間に切ったんだ?

 トリックは分からないが、気を抜くと死ぬな。全力でよけなければ。


 私も最低限のナイフしか持っていない。これでは刃こぼれしてしまう。

 何より折れる。いくら私でも、謎の剣技と打刀をナイフ一本で戦うのはムリだ。それにかなりの手練れだろう。


「ど・・だ・・・こだ」


 何かをつぶやいている?

「どこにいるんだ。」


 来る!予想外にも自ら飛び込んできた。しかし、打ち刀で殴れるぐらいの距離に来るなど私のテリトリーに入るようなものだ。


 突きを放ってきたため、男の上を飛んで横からくる攻撃を予想して体の横にナイフを構える。

 すると、予想外にも開店してくるのではなく、後ろを確認せずに刀を後ろにひっくり返してさらに突きを放ってきた。

 構えていたナイフに刃が滑るようにそっていった。


 すぐさま距離を取る。

「このままでは危ないな。」

「どこだ・・・どこだ。」


 目が赤く光った。あの攻撃が来るのか?!


「私はここでは死ねない。まだ、ミスター柊に謝れていないからな!」

「・・・謝る・・・」


 動きが止まった?今の内だ!

 私はすぐにその場を去った。どうやら追ってくる気配はない。

 こんなのがいるなんてミスター柊が危ない!まさか、急にいなくなったのは!


 体に冷や汗がつたう。急いで山頂に向かって走った。

 しばらくすると、明るい光が見え始めた。


「ねぇ~、いいだろ?俺たちと遊ぼうぜ。」

 

 すると、明るい場所から少し離れた位置に、実に頭が悪そうな男3人が、女2人を誘っていた。


「今はかまっている暇はないか?ミスターの安全確認が先だ。・・・しかし」

 明らかに嫌がっている女性たち。だが、声が出せずに流れでここまで来てしまったようだ。

「ぜってー楽しいから」

「かっこいい俺たちと遊べる機会なんざなかなかないぜ。」

 どうすればいい?!

 気持ちが焦る・・・これがパニックというものか!

「いや、あまりにダサいよ、お兄さん方。」


 胸がスッと晴れた気がした。

「・・・よかった・・・」


「あ?なんだおっさん」

「嫌がっているじゃないか。見たところお兄さんたち大学生でしょ?嫌がってる表情とかわかると思うけど。」

「うぜーな。あっち行けよ。」

「それとも、あれかい?好きな子に程ちょっかいかけたくなるのかい?・・・小学生かよ。」

 あんなにあおること言って大丈夫か?


「プッツーン!あ、もう切れた。」「ごちゃごちゃうるせーな!!!」「ぶっ殺すぞ!」

 殺気か。先ほどの方なの男に比べると月とスッポンだな。


 男3人組がナイフを取り出した。

「物騒だね。君本当に人殺したことあるのかい?」

「黙れぇ!」

 そのまま一人が突撃してくる。

 

 怒りが一瞬で湧き上がるのが自分でもわかった。

 体が勝手に動いていた。

 男が横にぶっ飛んだ。

 空中からのキック


「私の夫に手を出したのはお前だな。」

 怒りを忘れずに。しかして立ち振る舞いはいかにも冷静に。


「な、なんだおめぇ?」

 ナイフを突き上げるたが、腕をつかみ、抑え込んだ。

「質問をしているのは私だ。」


「おまえ、うちのダチに暴力振るいやがったな?!」

「まずはあんたからだ。」

 無茶苦茶だ。人間はサルから進化したのだと、つくづく思い知らされる。

 

 気づけばミスター柊が、私と男との間に入る。1人はナイフを振りかざし、一人はナイフではなくなぜか横フックで攻めてきている。

 しかし、ミスター柊はあっという間にナイフを取り上げてしまった。


「大丈夫ですか!」

 警察が来た。私の顔を割れてないはずだから大丈夫だろう。

 

 そして2人だけになると

「大丈夫か?!ミスター、怪我してないか?!」

 あの男に会っていたのならば、ミスター柊は無事じゃないだろう。早く確認しないと

「だ、大丈夫。どこもケガしてないよ。」

「そ、そうか…よかった。」


 たしかによくよく考えれば、あの男と相まみえて無事じゃないなら、あんなふうにナイフを取り上げることはできないか。

「僕は君以外に殺されるつもりはないよ。…それと…ありがとう。教えてもらってた動きが役に立ったよ。」


 ありがとう、か・・・



 あれから、出店でざっとおすすめの食べ物を買って、花火が見えやすい場所に移動した。

 場所はミスター柊が知っていた。人気が少ない、さらに奥の分社明かりは暗いが木々が空を覆っておらず、たしかに見やすそうだった。


 食べ物も、焼きそばやたこ焼き、りんご飴など。なんだか普通にどこでも帰るようんものだが、それでもここで買うと特別な感じがした。


「花火までまだ少し時間あるね。」

「そうか・・・」


 すっかり忘れていたが、喧嘩中だったな。どうりで口数が少ないわけだ。

 私が悪いんだ。だから・・・ちゃんと謝らないとな。


「ごめん」


 パッと横を見るとミスター柊が頭を下げていた。


「なぜ、ミスターが謝るんだ?悪いのは私だろ?」

「僕が子供だった。」


 どういうことだ?


「僕が意地を張りすぎた。ごめん。」


 なんでそんなことになるんだ?悪いのは私なのに。

 ミスター柊の大切なものを・・・大切にしていることを殺してしまった。


「子供みたいに君を避けて。もしかすると君に怒れたことを心のどこかで喜んでいたのかもしれない。そのくせ、仲直りは物語のようにロマンティックだなんて。ホントに最低だ。」

「それは違う!!!」


 小さな空間に、私の声が響く。

 ミスター柊が顔を上げた。その目には動揺が映っていた。


「私が君の大切にしていることを殺してしまった。知らなかったとはいえ、それは夫婦としてやってはいけないことだ。知らなかったのは、私が君のことを知ろうともせず、自分のことを話そうともしなかった。」


視線を避けたかった。見ていられなかった。でも、そらしてしまってはいつもの自分のままだ。


「私は殺し屋だ。任務のためならどんな人間も演じる。それなのに、同じ暗殺対象の君には、妻を演じもせず、ただただ自分をさらし続けた。妻失格だ。だからごめんなさい。」


 そして私はついに視線を落としていしまった。

 するとミスター柊がハンカチで私の頬に触れた。

「そんなことない。ヴェルカ君は僕の最高の奥さんだよ。人間なんだから、そういうすれ違いだってあるさ。完璧なんてないよ。」


 私はやっと自分が泣いていることに気づいた。謝ったことなんてないから、心がよく分からなくなっているようだ。

 それに何より、ミスター柊の言葉が嬉しかった。

 心が晴れていくのが分かった。そしてなぜか心が締め付けられた。


ドーン!


大きな爆発音。パッと上を見ると色とりどりの火花が散っていた。


「綺麗でしょ?昔からここが僕の秘密の花火スポット」

「これが日本の花火か。綺麗だな。」



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