第7話 仲直りの毒リンゴ

賑やかな音が交差する

色とりどりの光がはじけ飛ぶ

差し出せれるわ きらりと光る刃先と

赤く染まった毒


 僕たちが住んでいるのは海岸沿いの人里離れた場所

 そこから車で1時間かかる場所に夏祭りが行われる町がある。

 町といっても東京や大阪に比べるととてつもなく田舎なのだが・・・

 その町の近くの山の中にある大きな神社。そこで祭りがある。


 夕方ごろになってヴェルカの赤の愛車を運転して街へ向かう。

「下手な場所はいじるなよ」

 いじれないよ!怖いな。

 正直、ヴェルカの車は普通の車より馬力が出るから、そっちの意味でも怖い。

 ひやひやしながらもなんとか街に着き、パーキングに止めた。


「着いたよ。」

「ああ。」

 実はまだ、仲直りはできていない。車の中でも会話はほとんどなかった。何だか気まずくて・・・

 物語なら、花火を見ながらとか、屋台を回ってとか、ベタなシチュエーションが思いつくが、ここは現実。そうやすやすとはいかないだろう。

 

 バタンとヴェルカが車のドアを閉める。

 ワイルドな赤の車には不似合いな浴衣を着た妻が車から降りる。

 白色がベースで、赤の菊の花があしらわれた浴衣で、白髪と白に近い肌と相性がとてもよく、見とれてしまう。

「おい、あまり見るな。」

 頬を赤らめて顔を袖で隠そうとする。なんだその可愛い仕草は?!いったいどこで覚えたんだ?

 まぁ、プロの暗殺者だし。人を魅了する技術は長けているか。


 現在の時刻は17時。花火の時間までかなりある。それまで、屋台を巡ったりするのが無難かな?問題は気まずいということなのだが…

「とりあえず、どうする?」

 ヴェルカは顎に手を添えてしばらく考える。

「分からん。こういった祭りには行ったことがない。」

 マジで?!

「パーティーなら参加したことあるが」

「そんな大層なものではないけど」

「その時も、その場の全員を血祭りにするぐらいしか…」

 あなたが参加してたのはパーティーでもありません。


 しかし、困ったな。どうしたものか。

「とりあえず、出店でも見て回ろうか。」

 出店が出てるのは山頂の神社だったな。

 少し、憂鬱な気分と緊張が押し寄せてきた。


 山の道はちゃんと整備されており、石の階段は形を整えて、景観を損ねぬよう木でできた手すりが山頂の神社まで続いていた。頭の上にはピンクや水色、赤の色とりどりの提灯が並んでいた。

 浴衣を着たカップルや、はしゃぐ子供、仲の良い老夫婦、チャラチャラとしたお兄さん方など、実にいろんな観察対象もとい人たちがいた。

「かなり多いな。う、ヴェルカさん…は大丈夫?」

 いくらパーティに出た経験があると言っても、このひとごみを潜り抜けるのは大変だろう。そう思い後ろを振り返るが


「問題ない。」

 あっさりとした返答が返される。

 そういえば、喧嘩してからのヴェルカは表情がすごくわかりやすかったが、いつの間にか表情が無表情に戻りかけている。

 この気まずさを気にしているのは僕だけなんだろうか。


「でも離れちゃいけないから、手を…」

 まただ

「? 何か言ったか?」

「い、いや」

 また、邪魔してくる。僕のつまらないプライドだ。さっさと許せばいいのに。手すら繋げない。まるで子供みたいだな。


 やはりこれは小説家としての性なのか、自分の性格がねじれてるだけなのか、ちゃんとしたムードで言わないと納得しないのであろう。


カチャ


人工物の音がした。

 それは、下駄の音や人の喧騒、石階段を上る音が飛び交う中でもはっきり聞こえた。

 後ろを振り返ると、ヴェルカが袖に手を入れて、視線をいろんなところに向けていた。何かを警戒しているみたいな動きで…

 まるで、拳銃でも取り出すかのような動きだった。しかし、ここで周りにそれがさとられては大パニックになる。ヴェルカに限ってそんなミスはしないと思うが

 僕もいたって普通に対応した。


「何か珍しいものでも見つけた?」

「いや、なんでもない」

いたって普通の会話。しかし、こんな時も武器を持ち歩いているのか。


 ホントに嫌になる。じわじわと怒りがわいてくる。こんな自分が嫌だ。

 そして後悔する。

 自分でも気づかぬうちに、ヴェルカの腰に手を回し、引き寄せ密着する。そして、耳元でささやく。


 「悪人を覗いて、僕以外を殺しちゃいけないよ。」


 ボンッという音が聞こえたような気がする。ヴェルカの視線がそれる。

 僕自身、自分が何をやったのか気が付いて、急に恥ずかしくなり、乱暴に軽く突き放してしまった。まるでけんか相手の首元をつかんでいるときと同じ突き飛ばし方をしてしまった。逃げるように速足で歩みを進める。


 チラリとヴェルカを見ると少し俯いてはいるが、ちゃんとついてきていた。


 やってしまった!!!

 自分は何をしているんだ。相手はお前の妻だぞ。しかも暗殺者だ。いくらイライラしてたからって乱暴なことをしていい理由にはならない。

 

 そんなことを考えていると、いつの間にか神社についていた。

 かなり境内は広く、祭りの規模もなかなかに大きかった。屋台も30店舗は出ていた。

 

 やっと着いたという安心感と、さっき会ったことと長い道のりからくる疲労感が一気に襲い掛かる。

 いけないいけない。あんなことを言った手間気を抜いていたら、後ろから刃物で刺されかねない。

 後ろを振り向くと、ヴェルカがいなかった。

「ヴェルカさん?え、はぐれた?…は~何やってるんだ自分!」


 まるでお気に入りのオモチャを自ら壊してしまい、公開している子供のように自分の叱責する。

 大人ながら、なんて子供みたいなんだ。

 しかし、祭りの詳細は、出かける前に伝えてあるし、神社までも道はちゃんと整備されてある。ヴェルカなら迷うことなくここまでたどり着くだろう。

「ここは落ち着いて…何か目印になる場所にでも立って居よう。賽銭箱の前とかかな?」

 

 スマホはなぜかつながらなかった。電波も飛んでるのに、メッセージを残そうと思ったが、なぜか送信できなかった。

 力なく賽銭箱前の階段に腰を下ろした。様々な喧噪も、何もかもが耳に入ってこなかった。俯き、己を責めてしまう。

 ヴェルカに甘え過ぎだ。


「どうかしましたか?」

 すぐ隣から、声がする。

 ふわりと花の香りがする。優しい風が頬を伝う。

 隣を見ると、美しい浴衣姿の女性がこちらを覗いていた。

 髪は美しい黒色で光に照らされ、青味がかっている。たしか真に美しい黒髪は青色に見えるんだったか。


「何か悩み事ですか?」

 もういちど、ふわりとした穏やかな声音で聞かれた。

「自分を責めていたんです。」

「あらあら、大変ですね。」

 なぜだか、この人になら話してもいいんじゃないかという気持ちがわいてきた。

「妻と喧嘩したんです。喧嘩というか…僕が一方的に怒ってるだけなんですけど」


「あらまぁ、大変ね。仲直りはしないの?」

 まるで人を包み込むような声音が聞いてくる。心がほだされているのを感じた気がした。泣きじゃくっている子供のように次々と心に秘めてることが口から出てくる。

「しようと思ってここに来たんですけど、僕がいらいらしちゃって、強く当た茶って…」

「あるわよね。そうゆう時、私も経験ある。」

「でも、知ってるんです。ヴェルカさんが謝ろうとしている事。僕はそれを無視して、つまらないプライドを捨てれずに。何がもっといいムードで謝ろうだよ。その段階に言ってないんだよ。」


「奥さんをすごく大事にしてるのね。いや、愛しているのね。」

「あいして…もちろんですよ。一目ぼれだったんです。愛しているんです。」

「私も、喧嘩中なの。ずっと」

 その女性は出店と人々の方に視線を移す。その瞳は何か遠いものを眺めていた。

「喧嘩中に離れ離れになっちゃって。その時、あの人を愛していることに気づいたの。」

 

「今でも、あの人はきっと私を探してる。ずっとずっとさ迷って。たどり着けない呪いをかぎ分けて。探し続けている。」


「あなたはこんなことにはならないで」

「でも、どうしたら」

「せっかくのお祭りなんだもの。楽しみましょう?それに、伝えられるうちに、伝えたい想いは伝えないと後悔しちゃうよ。」


 すると自然に出店から少し離れた人道理が少ないところに、ガラの悪そうな大人が、女性を連れて行っているところに目が行った。

「あの人たちのところに行きなさい。きっと会えるわ。」

「え?」

どっちにしろ助けたほうがよさそうだ。

「分かりました。」

 重い腰を上げて歩き出す。後ろ方背中を押された気がした。


「いいことがありますように」


 出店や人の気配が消えた神社の隣。そこは木々で周りが隠されており、夕方でまだ日が出ているにも関わらず暗い。

「ねぇ~、いいだろ?俺たちと遊ぼうぜ。」

 そこでは実に頭が悪そうなアロハシャツのお兄さん方3人が、浴衣の女性2人の方に腕を回し、無理やり遊びに誘っていた。


「犯罪のニオイしかしないな。」

 明らかに嫌がっている女性たち。だが、声が出せずに流れでここまで来てしまったようだ。

「ぜってー楽しいから」

 なんだこの世紀末の雑魚が発しそうないかにもなセリフは?今は令和で会ってるよな。


「かっこいい俺たちと遊べる機会なんざなかなかないぜ。」

 とりあえず止めますか。

「いや、あまりにダサいよ、お兄さん方。」

 少し優しく声をかける。さてはて、いったいどんな返答が帰ってくるか。おそらくは、あ?だろうけど。

「あ?なんだおっさん」

 ほら来た。簡単に引き下がったりはしないだろうな。

「嫌がっているじゃないか。見たところお兄さんたち大学生でしょ?嫌がってる表情とかわかると思うけど。」

「うぜーな。あっち行けよ。」

「それとも、あれかい?好きな子に程ちょっかいかけたくなるのかい?」


「小学生かよ。」


 あ、完全に怒ったね。顔がすごく真っ赤だ。

「プッツーン!あ、もう切れた。」「ごちゃごちゃうるせーな!!!」「ぶっ殺すぞ!」

 その時ふと感じた。いつも感じているもの。久しく感じてなかったもの。

 そう、殺気だ。

 いかにもなセリフを言う、アロハシャツを着た3人組がナイフを取り出した。

「物騒だね。君本当に人殺したことあるのかい?」

「黙れぇ!」


 そのまま一人が突撃してくる。

 でも、僕は動かない。警戒体制もとらない。棒立ち。なぜかって?

 こういう時は、助けてくれると信じてるから。


 男と僕の距離が1メートルになった瞬間。男の横にぶっ飛んだ。

 特撮ヒーローのような綺麗な空中からのキックを1発、横から食らったからだ。

 その瞬間、僕の目の前には菊の花が咲き乱れていた。


「私の夫に手を出したのはお前だな。」

 その声は怒気をかすかに含んでいた。しかし、立ち振る舞いはいかにも冷静だった。

「な、なんだおめぇ?」

 男はその女性を見上げながらもなんとか虚勢を張る。そしてナイフを突き上げるが、腕をつかまれ、無理やりうつぶせの状態にされ、抑え込められた。

「質問をしているのは私だ。」


 あまりに一瞬の出来事で残りの2人は唖然としていたが、我に返る。

「おまえ、うちのダチに暴力振るいやがったな?!」

 は?

「まずはあんたからだ。」

 言ってることは無茶苦茶だ。人間はサルから進化したのだと、つくづく思い知らされる。

 ヴェルカさんは動けないから僕が守らないと。今まで傷つけてしまった分以上守る。


 妻と男との間に入る。1人はナイフを振りかざし、一人はナイフではなくなぜか横フックで攻めてきている。動きが単調すげて動線が分かる。しかも動きが遅い。いや、違うな。ヴェルカの動きに慣れ過ぎて遅く見えるのか。


『暗殺者の私といるとミスターも危険だ。だから、簡単な防御の方法や、攻撃のいなし方を教える。まぁ、ボクシング、柔道、少林寺拳法の基礎の受け身や防御だが』


 ありがとうね。おかげで役に立ったよ。

 振り落とされるナイフの動線から左に避ける。で、避けた先にいる男の右フックを右手でいなし、手首をにぎる。力任せに放たれたパンチのエネルギーを使って背負い投げる。ナイフを持った男が倒れている男につまずいてコケる。

 怖いぐらいにうまくいったな。力がなくても相手が放ったエネルギーで投げれるってのはホントだったのか。

 すぐにナイフを2本取り上げる。


「大丈夫ですか!」

 どうやら助けた女性が警察を連れてきてくれたようだ。

 男たちを引き渡し、助けた女性たちからはお礼を言われた。

 

 そして2人だけになると

「大丈夫か?!ミスター、怪我してないか?!」

 チンピラに絡まれたにしては、妙に焦っている。すごく心配されてしまった。

「だ、大丈夫。どこもケガしてないよ。」

「そ、そうか…よかった。」

「僕は君以外に殺されるつもりはないよ。…それと…ありがとう。教えてもらってた動きが役に立ったよ。」

 ちゃんとありがとうって言えた。ちゃんと僕からまっすぐヴェルカを見ることができた。



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