第6.5話 妻の上司はクロウ顔 妻視点

どんなに強靭な刃も折れる

どんなにきれいな花も枯れる

どんなに美しい宝石も砕ける

ゴミになってしまっても愛してくれる人はそこにいる


 私は自分の部屋で仕事道具の整理をしていた。

 直近で会った仕事の片づけをしていなかったためだ。

 業務連絡も大量にないっていたため、その対応にも追われている。

 早くミスター柊との関係を元に戻したいのに


 私が、ミスター柊の大切な花を台無しにしまった。

 早く謝りたいのに、うまく言えない。それに、ミスター柊にさけられてる。

 刃を向ける気力もわかない。あんなに無防備な背中があるのに殺せない。


「だれが僕以外を殺していいと言った?」


 あの時向けられた殺気は私ですら、身震いがした。

 怖かった。

 プロの暗殺者を殺気で、動けなくした。ミスター柊は、もしかすると、ただものものではないのかもしれない。


 いや、違うな。 彼は本当に私のために、大切に育てていた命を台無しにされた。それを守る防衛本能が強かった。それぐらい、あの花たちを大切にしていた。

 ただの人だ。

 それでも、あの殺気はとんでもない威力だった。うちの組織に雇われてもおかしくないものだった。

 まぁ、私が許さんが・・・今はまず私が許されないとな。


ピコン!

 パソコンに組織からのメールが来た。しかし、長いこと溜まってた整理整頓作業のせいで疲れた。

 後で確認するとしよう。


 部屋から出た時、ミスター柊とちょうど目が合う。

「あ、」

 執筆作業で徹夜でもしてたのか、目の下にはクマがあって、いつもより目つきが悪くなっていた。

「あ、あの、ミス、」

 フッと視線がそらせれ、前を何も言わずに通り過ぎる。

 以前のミスター柊ならそんなことは絶対にしなかった。


早く以前のような笑顔が見たい


リンゴーン!


 静寂が流れる重苦しい空間に一つのチャイムが鳴り響く。

「僕が出るよ。」

 そう言い残し、彼は玄関へ向かった。

 取り残された私は一体どんな表情をしているのだろう。彼と結婚してから、今まで感じたことのない経験を良くするようになった。表情を操ることなど造作もないことだったのに


 玄関に通じる扉から背を向けると

 背中を撃たれたような気配がした。実際には撃たれてないのだが、そんな殺気が飛んできた。ぱっと振り返るも、誰もいない。

 殺気は煙のように消えた。しかし、この殺気の出し方は

「まさか」

 いや、そんなことはない。確かに結婚したことは報告したが、場所までは伝えていない。 彼に暗殺組織にかかわらせたくなくて、わざわざ報告しなかったのに。

 無意味か。腐っても暗殺組織だ。情報をかき集めることなど造作もないか


 するとミスター柊が、不思議そうな顔で戻ってきた。その後ろには音もたてずについてきている。カラス仮面の男が立っていた。

 なぜここにいる?!もしかしてミスター柊を殺そうと?!

 銃を向けてあの人かどうか確かめる。

 黒色の仮面。確かにボスで間違いなさそうだ。


「なぜここにいるのです?ボス」

「銃を下ろしなさい、ヴェルカ君。彼に危害は加えない。」

 太く低い声が、響き渡る。

 私は銃を下ろす。ミスター柊はどうしたらよいのか分からないようだが、しっかり警戒して、いつでも素早く動ける体制に自然となってる。

 うれしくも思うが、殺しにくくなったなとも思う。


「怖いかね?」

 ボスがいつの間にか背後に立っていた。ミスター柊は心底驚いているようだ。

「私を見て、気絶をしない一般人初めてだよ。ヴェルカ君の夫なだけあって肝が据わっているね?」

 だが、私はミスター柊の殺気を知ってしまった。もし今、その殺気を放ってしまうとボスに殺されてしまうかもしれない。

「ミスター、落ち着いてくれ。彼は私の組織のボスだ。」


 ボスがリビングのソファに座って、ミスター柊が麦茶を出してくれた。

 ミスター柊が、私の隣に座る。たった三日近くにいなかっただけなのに、えらく長い間あえてなかったように感じる。・・・良い匂いがする。

 いけない。ボスの前だ。姿勢を正しておかないと


「ありがとう。うんうん、やはりこの時期は冷えた麦茶がおいしいよね。」

「あの、コートをお預かりしましょうか?」

「気遣い感謝するよ。でも、これが私のスタイルだから、遠慮しよう。」

 ことりとコップを置いて、姿勢を改める。

 そして手には色とりどりの花が束ねられた花束がマジックのように出現する。

「私の名前はブラックハート。もちろん偽名だがね。会えてうれしいよ。柊さん。」


「ヴェルカ君が、結婚していたのは知っているんだが、忙しくてあいさつに行けなくてね。」

「いえいえ、こちらも式は挙げませんでしたし、周りにも行ってませんから。」

「それでも、組織のトップが赴かないのは失礼に値する。こちらの花束は結婚祝いだ。もらってくれたまえ。」

「ありがとうございます。」

 なんだか声音が楽しそうだな。ミスター柊と会わせたくはなかったが、どうやらボスも大事にはするつもりはないらしいな。


「ヴェルカ君も、結婚おめでとう。父親として鼻が高いよ。」

 こちらに向けられる目は慈愛の眼だった。本当に結婚したことに関してはうれしいようだ。だが、これはターゲットを殺すための交換条件の結果だ。計画の中に結婚して、油断させるなんてことはよくあることだ。なのになぜこんなに嬉しそうなんだ?

「ありがとうございます。」

「父親?」

「私は育ての親なんだ。彼女は組織に入ったのは物心がついたころだったからね。」

「私の話は、」

 自分の話はしてほしくない。もしかしたら、秘密をばらされるかもしれない。組織内の私とか、任務中の私とか。そんなの恥ずかしすぎる。

「ヴェルカ君は私にとっては本当の娘同然だからね。もう目に入れても痛くはない!なのに、娘の記念日を仕事に振り回されてしまって、挨拶にも行けないなんて!私は!私はなんてダメな父親なんだ!!!」

「トップ、うるさいです。」


 醜くわざとらしくなく姿は、まるで昔連れて行ってもらった任務中に見たボスのようだ。

 だとしたらおかしい。これが演技だとするならば、もしかしてミスター柊を殺しに来た?まさか・・・確かに暗殺者が愛におぼれ、組織から抜けた時には始末する気ことはあったと聞いたことはある。しかし、それが私たちに当てはまっているならば、4か月も放置せずにさっさと殺しに来たはずだ。

 いくら私が報告しなかったからといったって、情報自体は素早く入手していたはずだ。

 もし本当なら、もう手遅れだ。ボスはこれまでどんな依頼も失敗したことがない。本当に殺しに来たのなら、もう、打つ手はない。

 分からない。どっちだ・・・


「でもね、私は暗殺者に結婚はムリだと思っているのだよ。」


 ボスはわざとらしくちらりと、ミスター柊に向けられたナイフを見せてきた。

 しまった!何をうだうだ考えていたんだ!もうすでに狙われていた!

 その瞬間、私にしか見えない角度で銃口を突き付けてきた。


「ヴェルカ君に限らず、暗殺者は命を殺す者。それに対して君は、創作して命を宿す者。交わることがないはずだった者たちだ。暗殺者は結婚を暗殺するために使うことが多い。そんな暗殺者が家庭に本当の幸せを感じることができるのか。その背に罪を背負ったまま果たして 命をはぐくむ 幸せを感じることができるのか」

 ボスの赤い目が私を射抜く。


 たしかにそうだ。私は暗殺者だ。本来なら小説家なんかと結婚なんかできるわけがない。この4か月が成り立っていたのは、すべてミスター柊の異常さ故だ。

 本当なら、私も銃口を突き付けるべきなのだろうが、ボスから目を背けることができない。手を動かすこともできない。

 あの目は何も、感じていない、暗殺者の眼だ。

「わ、私は・・・」


「君はどうだい?」

「僕ですか?」

「本来なら暗殺者と知っているものは殺すのがルールだ。君は特例なんだよ。今までヴェルカ君に殺されてないのが、いや、君の首がつながっていることが不思議でしかない。いつ頃殺されるかもわからない状況で、君は幸せを感じることができるかい?いや、できるわけがない。我々はそんな人生を選んだのだ。 君は彼女を愛することはできない。  かわいそうに」


 全て的を射ている意見だ。論理的だった。

 始めから、殺す気だったのか、ミスター柊を。ミスター柊はたしかにターゲットだ。しかし、私に課せられた任務のはずだ。

 私が、結婚したから?いつまでも殺せないから?いつの間にか絆されていたと認識された?この4か月は、組織から泳がされていただけなのか?

 分からない。

 

 まだちゃんと。謝れてない。彼があんなに尽くしてくれたのに。あんなに気にかけてくれたのに。謝れないまま終わるのか?


 ここでお別れなのか・・・


「かわいそう、ですか。」

 重い空間に鳴り響いたその言葉が、私を思考の波から引っ張り上げてくれた。

「それは私に対してですか?ヴェルカさんに対してですか?それとも、いつか僕が殺される未来の出来事に対してですか?」


「僕はヴェルカを愛している。出会った時から愛が冷めたことなんかこれっぽっちもない。僕はヴェルカに殺されても構わない!簡単に殺されるつもりはないが、それでも僕を殺していいのはヴェルカだけだ!そんなものは問題じゃない。

 出会ったあの時から、透き通るような髪に、血で汚れた体に、誰もが振り向く美貌に、そしてなにより、信念が宿った強い眼に惚れたんだ!

 僕は幸せだ。ヴェルカが僕を殺そうとしても、血で汚れて帰ってこようと、ヴェルカといられるだけで幸せだ。ヴェルカには笑ってほしい。そうでなければ、彼女のために花を育てたりなんかしない!」


「僕は幸せだ!幸せを感じれるかどうかはお前が決めることじゃない!僕は幸せだ!!!」


私は泣いていた。なぜ泣いていたのか。なぜ、心に感じてた痛みが晴れたか。分からなかった。でも、不思議と泣いていた。温かい何かで満たされたような気がして。


「はーっはっはっはっは!」

 急に明るい声でボスが笑い始めた。そしていつの間にか向けられていたはずの銃口が無くなっていた。

「いやはや、お見事。偉大な心に賞賛を!」

 パチパチパチパチと乾いた手袋の拍手の音が響く。

「すまないね。ずいぶんとひどいことを言って。殺し屋と、いや、私にとっては娘同然のヴェルカ君と結婚した君に果たして本当に結婚するに値する人間だったのか試させてもらったんだ。」

 隣でミスター柊は唖然としていた。

「でも、どうやら、君は本当にヴェルカ君を愛しているようだ。君の愛は本物のようだ。」


「ヴェルカ君もすまないね。君の父親代わりとしてはどうしても、君にふさわしい人と結婚してほしかっったんだ。」

「やりすぎです。相手は一般人ですよ。」少し震えた声で、ささやかな犯行をする。

「親というものは、そんな無茶さえも愛する我が子のため慣らしてしまう人間なのだよ。」


「しかし、柊君は思っていただろう?反抗的な態度をとってしまえば殺されるかもと。」

「ええ」

「なのになぜ、私の言い返すことができたんだい?」

「・・・」

ミスター柊が私の方を見る。その目は久しぶりに笑っていた。


「愛する人を守ろうとしただけです。」


 不意にも心がきゅんとしてしまった。

 私のために身を挺して守ってくれるなんて

 この気持ちは一体・・・


「尊い!」

「え?」

「なんて尊いんだ!はぁー、うちの秘書にも見習ってほしいぐらいだね!」

「あの人は、無理でしょう。」

「そーだよね=。いやー、それにしても柊君!君はなんてできた人間なんだ。

本当は、もし君があの時言い返さなかったら殺すつもりだったんだよ。」

「なんですって・・・」

 顔が引きつっていた。そうだ。忘れてた。ボスはこういう人だった。


「どうやら、君はヴェルカ君にふさわしい男のようだ。これからもヴェルカ君のことを頼むよ。」

 差し出された手をミスター柊はじっと見ていたが、フッと笑って

「もちろんです。」

 そういって力強く握り返した。


「さて、それではそろそろお暇するとしよう。」

「お見送りしますね。」

「私も行こう。2人きりにはできない。」

「心配ないよ。ヴェルカ君」

「先ほどのようなことをされたので心配です。」

「信頼を失うのはホントに一瞬だね。」

「今度あのようなことをしたらいくらボスでも許しません。」

「ほんとにすまなかった。では、そのお詫びにこれを」


 1つの紙袋をボスからもらう。これは一体・・・

「後で確認してほしい。ミッションの道具だ。」

「仕事道具ですか。これのどこがお詫びですか。」

「いや、仕事ではない。ミッションだ。とにかく、確認しておいてね。」


 そう言って、ミスター柊とボスが外に行った。

 仕方がないので、自室に戻ると、パソコンが開いたままだった。そういえばメールを確認していなかったと思い、ミッションならついでに確認しておこうと考え、メールを開く。


『まったくあなたはとことんめんどくさいですね。ボスから荷物は受け取りましたか?届いているならいいんです。

 今、いやボスが来ないうちにメール見たらどうするんだと思ったでしょう。今のあなたの状態ならすぐにメールを確認する元気はないと判断しました。当たっていたでしょう?

 それにしても、夫と喧嘩中だなんて情けない。気に入らないなら、力で思い知らせなさい。まぁ、あなたには無理でしょうね。

 さっさと添付したURLの場所に行って、もらった荷物を活用して、さっさと死ぬほど幸せになって死んでしまえ。クソッタレ』


 なんて内容のメールだ。喧嘩撃っているな。いくら秘書だからといって、殴る時は私も殴るぞ。

 URL?なんだ?・・・

「これって。まさか!」

 急いで紙袋の中を確認する。

「これって・・・」


夫視点

 少し遠い場所に車を止めているらしく。二人で道路の脇を歩いていた。


「きれいな海だね。いいところを選んだんだね。」

「誰にも邪魔されなくて、ヴェルカさんが落ち着ける場所がいいと思って」

「それで、人里離れた海沿いの家ね。」


「君に話さなきゃいけないことがある。」

「なんでしょう?」

「ヴェルカ君は、愛を知らない。」

「それはどういう。」

「彼女の両親は私が殺した。彼女が赤ん坊の時だ。」


「なっ!」

 突然のカミングアウトに眩暈がした。

「彼女自身もそのことを知っている。しかし、親がだれであろうと、育ててくれた音がある私を親だと考えているらしい。」

「なぜ、殺したんですか?」

「仕事だったからだ。」


「組織のみんなが家族代わりだった。実際この所が来てから、殺伐としていたうちの組織もだんだん変わっていった。しかし、どんなに良い教育をしても、殺しの仕事をしていると、感情を殺す時がある。彼女は体と心が結びつかなくなった。」

「それが恋を知らないことにどうつながるんですか?」

「恋や愛という言葉は知っている。しかし、心のときめきや、きゅんとしたり、特定の相手に恥ずかしさを持ったり、そういうことが恋や愛ということを彼女は分からない。彼女にとってみれば、初めての感覚であり、ただただ心臓の音がうるさくなっているだけだ。」


「だから、彼女を愛してほしい。いつか気づくだろう。」

「僕は…僕は愛しています。ヴェルカさんを。もしヴェルカさんが死ぬまで愛を知らなくても、僕はずっと愛し続けます。」

「そうかい。なら安心だ。」

 フッと笑う仕草が、ヴェルカそっくりだった。やはり親子なのだと今初めて実感した。

「でも、彼女は僕を殺すまではずっと暗殺対象だとしか思わないでしょうけど。」

「ん?暗殺対象?」

「ええ。何か僕おかしなことを言いました?」

「いや…なるほどそういうことか。」

 しばらくの沈黙の後、笑って

「まぁ、それはそれで問題ないだろう。頑張りたまえ。」


「そうだ。君たちは今喧嘩中だったね。」

「な、なぜそれを!」

 顔がなぜか赤くなる。

「これでも、プロの暗殺者なんでね。」

 人差し指を口元に当て、ウインクする。なんでこんなところでおちゃめな面を見せるんだ?!仕草といってることが一致しないぞ。

「そんな君にキッカケを与えよう。ここから一番近い村で夏祭りがあるそうだ。実に綺麗な花火が上がるそうじゃないか。私はあいにく仕事で見れないが。フフ。」

「夏祭り…ありがとうございます。」

「色々大変だと思うが頑張りため。あ、これチラシね。」


 そういって渡してきたチラシはいかにも地元の役人が書いたと思われるシンプルでチープなチラシだった。

 たしかにこれなら、いいキッカケになるかもしれない。始めはとんだ死神が来たと思ったが、ホントにキッカケが歩いてきた。これはありがたい。


「あの!」

 しかし、顔を上げた瞬間、ブラックハートさんの姿はなかった。

 さすが暗殺者だ。


 家に帰るとヴェルカさんが迎えに来た。

 なんと美しい着物姿で

「あの、ミスター。夏祭りに行かないか?」 





 

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