第6話 妻の上司はクロウ顔

闇夜に紛れる カツンカツンと音が聞こえる

恐ろしくも優しい音 

しかし、もう遅い こちらが認識すれば、あちらも認識している

後ろを振り向けば 首はない


 海風が香る道を一人の男が歩いている。カツンカツンとヒールをわざとらしく音を鳴らして。昼にはあまりに目立つ黒い服がたなびく。

 その手に握られてるのはあまたの大きな命。色とりどりの命。普段、血とインクに染まる手は、今日だけは命を持っている。

 仮面で隠れた顔は、笑っている。まるで娘の結婚を喜ぶ父親のように。うきうきしている。その足取りは軽く、タップダンスを踊っているかのよう。

 誰もいない海沿いの道をただ一人のカラスが通る。


 家の中は静かだ。ヴェルカさんとは実は3日ほど話していない。

 あの日を境に僕がつまらない意地を張ってしまっている。


「だれが僕以外を殺していいと言った?」


 自分もなぜあんなことを言ったのか、よく分かっていない。でも、言ったことは本心で間違いない。この家の中で彼女が殺していいのは僕だけだ。

 って言うのは良いものの、なるべくなら殺されたくはない。今まで殺されなかったのはたまたまだろう。

 

 部屋から出てきたヴェルカとちょうど目が合う。

「あ、」

 銃いじりでもしていたのだろう。汚れてもいい軽装をして、ところどころ黒く汚れている。

 僕と会った目が、迷いを見せる。彼女にしては珍しく、感情が良く見える。

「あ、あの、ミス、」


 彼女が何か訴えようとしている声を、僕のつまらないプライドが邪魔をして、僕は彼女の前を無視して通る。

 普段なら絶対にやらない。やれば彼女の殺意が僕の背中を襲うからだ。でも、今の彼女にはそんな気力はないのか、襲ってこない。


 あれからごはんも別々で食べてしまっている。これは避けてるわけでもなくお互い忙しくなって、僕が作った料理を、それぞれの仕事場に持って行って食べている。

 でも、味がしない。僕は意地を張っている。ホントに男というものはめんどくさい生き物だ。彼女は何度か謝ろう謝ろうとしてくる。でも、僕はそれをことごとく避けている。


 僕も、意地を張るのに疲れた。それに彼女のあんなしおれた顔を見るのは。僕がつらい。でも、キッカケがない。何かきっかけが欲しい。

 あの時のハーバリウムみたいなキッカケが・・・でも、もので謝るのは僕は嫌いだ。何かきっかけが・・・


リンゴーン!


 静寂が流れる重苦しい空間に一つのチャイムが鳴り響く。まるでキッカケがやってきましたと言わんばかりに。

「僕が出るよ。」

 初めて発した言葉だった。あまりにむなしい。

 それでも足は玄関へと向かう。一歩一歩何かを期待して


「はーい。今出ますよ。」

 涼しい風が漂う室内から、夏の暑さが立ち込める外への扉を開ける。

 そこには、誰もいなかった。人の気配すらいなかった。

「あれ?」

 周りも確認したが誰もいない。

「気のせいだったのかな?ん~?」

 疑問は消えないが、いないものはいない。仕方なくドアを閉めた。


 なんだったんだろう?疑問は消えない中リビングに戻ると、目の前を部屋に戻ろうとするヴェルカが横切ろうとした。

 そのとたんヴェルカが驚いた顔をして、無言で銃を僕に向けた。

「な、なに?!」

 その目は、なぜここにいる?!と言いたげな目をしていた。

 しかし、その目も、銃口も僕の後ろに向けられていた。


 後ろを振り向くと2Mはある大男が立っていた。

 体はとても細く、黒色のスーツ姿、肩には黒色のロングコートをかけている。黒色に白色の帯を巻いた低いシルクハットをかぶっている。中でも、特徴的なのは黒色のカラスのお面をしている。目は赤く光り、くちばし部分が鼻に位置し、長さが長い。口物は何もなく、ただきれいな肌が見えている。


 こんな大男に気が付かなかったなんて。その男は僕を見下ろしている。

 玄関からここまでで、僕が気付かないなんて、どんな気配の隠し方をしてたんだ。てゆうか、どうやって入ってきた?

 

「なぜここにいるのです?ボス」

 この人がボス?つまり、ヴェルカの所属している組織のトップか。

 完全ではないが警戒した声音で話すヴェルカ。いつになく真剣だ。

「銃を下ろしなさい、ヴェルカ君。彼に危害は加えない。」

 太くて低い声だ。とても落ち着いてるようにも見える。


 ヴェルカは銃を下ろす。安心してよいのだろうか?

 もう一度彼の方を振り向くと、誰もいなかった。

「怖いかね?」

 声の方を振り向くとヴェルカの後ろにその男がいた。

「私を見て、気絶をしない一般人初めてだよ。ヴェルカ君の夫なだけあって肝が据わっているね?」

「ミスター、落ち着いてくれ。彼は私の組織のボスだ。」


 彼をリビングのソファに座らせ、冷たい麦茶をお出しする。

 僕はヴェルカさんの隣で、男の向かい側に座る。

「ありがとう。うんうん、やはりこの時期は冷えた麦茶がおいしいよね。」

 ものすごく丁寧で優しい口調だ。

「あの、コートをお預かりしましょうか?」

「気遣い感謝するよ。でも、これが私のスタイルだから、遠慮しよう。」

 ことりとコップを置いて、姿勢を改める。

 そして手には色とりどりの花が束ねられた花束がマジックのように出現する。

「私の名前はブラックハート。もちろん偽名だがね。会えてうれしいよ。柊さん。」


「ヴェルカ君が、結婚していたのは知っているんだが、忙しくてあいさつに行けなくてね。」

「いえいえ、こちらも式は挙げませんでしたし、周りにも言ってませんから。」

「それでも、組織のトップが赴かないのは失礼に値する。こちらの花束は結婚祝いだ。もらってくれたまえ。」

「ありがとうございます。」

 ブラックハートさんはなぜかうきうきした声で話しかけてくる。そんなに色恋沙汰が好きなのだろうか?

「ヴェルカ君も、結婚おめでとう。父親として鼻が高いよ。」

「ありがとうございます。」

「父親?」

「私は育ての親なんだ。彼女は組織に入ったのは物心がついたころだったからね。」

「私の話は、」

「ヴェルカ君は私にとっては本当の娘同然だからね。もう目に入れても痛くはない!」

 なんだか陽気な人だな。とてもじゃないが暗殺組織のトップとは思えない。

「なのに、娘の記念日を仕事に振り回されてしまって、挨拶にも行けないなんて!私は!私はなんてダメな父親なんだ!!!」

「トップ、うるさいです。」


 おいおいと泣き始めたブラックハートさん。本当にヴェルカのことを愛しているんだな。

「でもね、私は暗殺者に結婚はムリだと思っているのだよ。」


 急な告白に場が凍る。それを知っているのか知らずか、彼は真剣な声で話を続ける。

「ヴェルカ君に限らず、暗殺者は命を殺す者。それに対して君は、創作して命を宿す者。交わることがないはずだった者たちだ。暗殺者は結婚を暗殺するために使うことが多い。そんな暗殺者が家庭に本当の幸せを感じることができるのか。その背に罪を背負ったまま果たして 命をはぐくむ 幸せを感じることができるのか」

 彼の赤い目はヴェルカを凝視する。ヴェルカの眼は思い当たることでもあるのか、顔は青ざめており、蛇ににらまれたカエルみたいに目を彼から放すことができずにいた。

「わ、私は・・・」


「君はどうだい?」

「僕ですか?」

「本来なら暗殺者と知っているものは殺すのがルールだ。君は特例なんだよ。今までヴェルカ君に殺されてないのが、いや、君の首がつながっていることが不思議でしかない。いつ頃殺されるかもわからない状況で、君は幸せを感じることができるかい?いや、できるわけがない。我々はそんな人生を選んだのだ。」

 今度は私にまるで憐みのような視線が注がれる。

「君は彼女を愛することはできない。  かわいそうに」


 隣で、何かが光った。はっきり見たわけではないが、見なくても分かった。

 僕の中で何かが切れた。

「かわいそう、ですか。それは私に対してですか?ヴェルカさんに対してですか?それとも、いつか僕が殺される未来の出来事に対してですか?」

 心の底では恐れていた。反抗すれば、彼は僕を殺すだろう。なぜなら、僕にだけ見える位置から、ずっとナイフの刃先が僕の喉元を狙っていたからだ。でも、この愛の前では、そんなものは問題ではない。


「僕はヴェルカを愛している。出会った時から愛が冷めたことなんかこれっぽっちもない。僕はヴェルカに殺されても構わない!簡単に殺されるつもりはないが、それでも僕を殺していいのはヴェルカだけだ!そんなものは問題じゃない。

 出会ったあの時から、透き通るような髪に、血で汚れた体に、誰もが振り向く美貌に、そしてなにより、信念が宿った強い眼に惚れたんだ!

 僕は幸せだ。ヴェルカが僕を殺そうとしても、血で汚れて帰ってこようと、ヴェルカといられるだけで幸せだ。ヴェルカには笑ってほしい。そうでなければ、彼女のために花を育てたりなんかしない!」


 ギラリとナイフが光るのが見えた。しかし、この想いは止まらない。

「僕は幸せだ!幸せを感じれるかどうかはお前が決めることじゃない!僕は幸せだ!!!」






 


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