第3話 夫は勘だけは良い 妻視点

シャーペンを走らせる騒音 紙がめくれる雑音 

カップから漏れ出る湯気 部屋のむせかえる熱気

対象の仕事場で引き金を引き

弾丸が対象の頬をかすめる。


 ミスター柊は殺せない。

 それは私が手を抜いているとか、力及ばずということではない。私自身、暗殺者の腕は相当なものだ。数々の重要人ぬもこなしてきたし、組織でもトップレベルの技術を誇っている。

 では、なぜ殺せないのか。理由は主に2つだ。

 1つはミスター柊を殺そうとすると体が震えること。原因は不明。私にとっては初めての経験だ。対処法はまだ分かっていない。だから、相手は一般人だと思って銃を向けても手が震えて照準が定まらなくなる。やるなら本気でやらないといけない。もちろんいつも本気でやっていないわけではない。

 もう1つは、ミスター柊は何かと勘がいい。それに加えて運もいい。私が牙を向けても、なにかと邪魔が入るし、たまたま当たらなかったなんてことが日常茶飯事だ。彼にアスリート並みの身体能力があるなら、私が手を抜いても3秒なら生き残れる。しかし、ミスター柊は運動をがっつりしているわけでもないのだ。なのに私と結婚して4か月も経っている!これは運が良すぎるでかたずけていい問題ではない。

 なんなんだ!「たまたまペンが落ちたから拾ったらナイフをよけれた」とか「いやな予感がしてお酒を飲まなかったら、睡眠薬を入れたお酒に口をつけなかった」とか!勘がいいと、運がいいのダブルパンチで済ませていい問題ではない!

 失礼。少々取り乱した。

 結果何が言いたいかというと、ミスター柊は技術のみでは殺せないほど勘が良すぎるんだ。だから殺せない。


 夏の暑さがピークに近づいてくる7月の今日この頃。テレビでは夏の暑さを警戒するニュースが流れている。窓は開けて喚起しており、リビングには蝉の音がうるさく響き、風鈴の音色が心地よいリズムで鳴っている。そんな中、私はミスター柊のためにコーヒーをマグカップに注いでいた。

「ミスター、コーヒーができてるぞ。」

「ありがとう。」

 ミスター柊がコーヒーを受け取ろうとした。私はお盆にカップの乗せて、ミスター柊の元まで行くとお盆を右手で持ったまま、彼の死角に入るように足元に身を低くして足払いをかける。盛大に転んだ彼の上馬乗り状態になり、ナイフを胸めがけて突き立てる。

 これはいけたと思った。本気でかかったわけではないが、今までの経験上一般人ならこれで殺せた。

 しかし、ナイフを握った手を握られ、彼は一命をとりとめた。

「いきなり危ないね。」

「なぜいつも私の攻撃を防ぐんだ。」

「そりゃ、簡単には殺させないよ。」

 その顔は笑っているが、焦りで顔が歪んでいた。

 私のナイフぐらいだともう防げるようになったのだろうか?だとしたらいつの間に?私以外の暗殺者にも狙われた経験でもあるのだろうか?

 まぁ、今回も手が震えて、速度がいつもより落ちていたのは事実だが。それでも誤差のはず。

 しかし惜しかった。ミスター柊の反応速度がもう少し遅かったら、完全に殺せれていた。

「コーヒー、もらってもいいかな。」

「ああ」

私はミスター柊を起こし、カップを渡す。一口飲んだ。

「うん。おいしいよ。」

 とっさにお盆で顔を隠す。

 彼が笑うと胸がどきどきして変な気持ちになる。この時の顔は見られたくない。

 これがこの夫婦の朝だ。

「そうだ。お昼前には呼んでね。ご飯作るから」

 そういって彼は私を置いて仕事部屋にこもった。

 私は正体不明の感情を鎮めるために銃の整備をすることにした。

 

 リビングで絨毯に汚れが付かないよう布を引いて、手早く銃を解体する。

 部品の一つ一つには小さな傷があり、支給されてから長い間使っていたことが一目瞭然だった。しかし、弾がなくなった時容赦なく銃で殴ったりしていたため普段つかないようなとこまで傷がある。手入れはしっかりしている為、血などはついておらずピカピカだ。

 綺麗なものを見ると気持ちが落ち着く。そう、落ち着くのだ。

 

いつもなら


 暑い。それにしても暑すぎる。窓に近い場所でやっていると言っても、窓は開けて風がちゃんと入っているから涼しいはずなのに、風鈴の音も実に涼しげな音のはずなのに。どうにも暑い。こんな暑い日によくミスター柊はホットコーヒーなど飲めるものだ。いくら料理が下手だからって、アイスカフェラテぐらいなら作れる。あまり私を舐めるな。

 蝉の音がうるさすぎ、日差しが暑すぎ、おまけに黒色のシャツのせいで暑い

 なんだかふらふらしてきたぞ

 その時、整備していた銃のパーツがてからポロリと落ちた。

 ガチャン!

「ああ!…あーあ。あ、…あーーー」

 ダメだ、集中できなくなってきた。

 部品を拾うと当たり所が悪かったのか部品が欠けて動かなくなっていた。

 なんだか怒りがわいてきたぞ。

 最悪、替えのパーツがあるから別に構わんが…もういっそのこと本部に最新型を支給してもらおう。いつまでも旧型というのはダメだ。時代に合わない。

「申請めんどくさいんだよな。あの女がまたキレてくる。」

 なんでいちいち書面で書かなくちゃいけないんだ。あーイライラする。

「なんでめんどくさい申請をした後に、怒られに行かなければならんのだ!あーイライラする!なんでこんなことになるんだ。今日もミスター柊を殺せなかったし」


 するとハッとする。


 そうだよ。

「あいつがいつまでたっても死なないからいけないんじゃないか。」

 あいつをいつまでたっても殺せないからこんな感情になるんだ。今朝の意味不明な感情だって、いつぞやの胸の痛みも、いつぞやの制御不能の心臓運動の上昇も、すべてあいつに出会ってからだ。あいつがいなければこんな意味が分からないことなんて起きなかった。あいつがいなければこんな茶番なんかしなくていいんだ。

 運が何だ。勘がいいのが何だ。手の震えがなんだ。

 殺してしまえばすべて解決じゃないか。

 イライラがだんだん膨れ上がって、内側から怒りがドクドクと湧いてくる。

 

 まずイライラを抑えよう。感情を一度無にして、外からの刺激を遮断する。

 落ち着いたら次に、手順をイメージする。

 次に自分の手の動きを目をつぶったまま確認する。

  1,2,3,4,5 よし動く。

 目を開けると目の前の銃を瞬時に組み立てる。

 最後に立てってもう一度イメージする。

 なぜかふらふらとする足だが、ゆっくりとたてる。


 いいだろう。


 私は段数を確かめ、彼の部屋に音もなく忍び寄る。そして扉を開け、ターゲットを補足。

 扉を閉めて逃げ道をふさぐ。少し移動して完全な死角に立つ。

 標準をターゲットにあわせて引き金を引く!!!

 バァァン!!!

 しかし、彼は首を右に傾けて弾丸をよけた。

 彼は慌てて後ろを振り返る。銃を構えた私を見ると顔に少しの安堵と恐怖が表れた。

「なぜ毎度毎度避けれるんだ。」

「たまたまだよ。たまたま。」

「勘のいいやつだ。」

 彼はひょうひょうとしていた。しかし先ほどの表情を見るに見栄を張っているのだろう。

 やはり、殺されるのは怖いか。では、逃げ場をなくしてからとどめを刺そう。この状況ならば一度避けれても次が来る恐怖で足がすくむはずだ。この男ならなおさらだ。

「ならこれはどうだ?」

 そういいながら彼の座っている椅子の足を撃った。足は壊れ、椅子が傾き、彼はバランスを崩した。

 しかし、地面に手をつき、受け身のように前転して、近くに会った本で盾代わりにした。

 いつの間にそんな上見方法など学んだのだ?私に殺されないための対策か?そんなことをもしされているのであれば、いつまでたっても殺せない矢張さっさと殺すほうがいいようだ。

 作家が本を盾にするのもどうかとは思ったが、命のやりあいをしているときにそんなことは関係ないのだろう。当然だ。どんなに大切なものだろうと。自分が助かるためなら、そんなものだろうと投げ出す。過去の栄光や、思い出や、命でさえ。こいつも今まで殺してきたやつらと何も変わらない。

 もう一度足元に発砲し逃げる気力をなくさせる。これで大抵のヤツは立てなくなる。だが、こいつは立っていた。

「今日は妙にしぶといな。」

「そういう君も今日は妙にキレキレだね。動きも、感情も!」

 その軽口、腹が立つ。また怒りがわいてきた。もうこいつの心臓しか見えない。まわりの音は全てシャットアウトした。これなら殺せる!!!

 しかし彼は突撃してきた。ビビって動けなくなったと思っていたため一瞬反応が遅れた。

「そこだぁぁ!」

 ミスターの声が聞こえる。まさか私を倒しに来るとは。しかし未熟よ。

 私があと3秒動けなかったのであればお前は狙い通り私の銃を持っている手をつかめただろう。しかし…

「やはりミスターは詰めが甘い。」

 私の技術を舐めるなよ。


 標準は額に。これなら避けられまい。めいいっぱいの怒りと殺意を弾丸に込めて引き金を引く。


 彼も人間だった。やはり銃口を向けられてはよけようとした。そのせいで躓いて倒れそうになる。

 その時、声が聞こえた。(このままでいいのか)と

 シャットアウトしたはずの情報が流れ込んでくる。

 今どうなっている?彼の仕事場で、私は銃口を向けて、そして

 ハッ!とする。 そのたおれ方はまずい!足を痛める!

 私は彼を受け止めようとした。その結果おたがいハグをするような形になってしまった。

 彼は私の胸に顔をうずめ、銃口は完全にミスター柊からはそれて、私の腕は彼を放さまいとギュッと力をこめ、腰を支えていた。

 ミスター柊はまずいと思ったのか慌てて顔を上げた。不意に思ってしまった。その顔は可愛かった。そう思った瞬間私の頭からボンッと音が聞こえたような気がして、スゥーと殺意が引いていく。しかし、顔がだんだん熱くなっていく。

 私の頭は完全に真っ白になってしまった。

「ぁ、…えぁ、は…はぅ」

「えーと、ヴェルカさん?」

 だんだん熱くなっていく。シャットアウトした情報がいきなり入ってきたため、暑さも急に感じ始めた。

「あ…あつ、あちゅい!、は、離れろ!」

わたわたと柊を引きはがし、せわしなく銃をしまう。

「なんか今日は妙に積極的だったね。」

「し、しるか!もう、今度こそ殺せると思っていたのに!なんであそこで転びそうになるんだ。」

「もしかして、暑さでイライラしてた?」

「な、私はこれでもプロだぞ!気温なんかで感情が爆発するわけ…」

しかし、ふらふらとした足が限界を迎えてしまった。身体が大きく傾く

「おっと!」

 ミスター柊が受け止めてくれた。息が荒くて、ぼーっとして、視界がチカチカし始めた。

 なんだ?気を抜いてしまったのか。

「もしかして熱中症?!」

「そんなわけあるか」

「強がらないの!とりあえずリビングいくよ。」

 お姫様抱っこされてリビングに連れていかれる。


 ソファに寝かされた。横に慣れたことでしんどさがましになる。

 しかしそれでも気持ちが悪かった。おそらく立つことすらできないだろう。

「うう、ぅ」

「・・・さん?」

「ん」

 ミスター柊の声が途切れて聞こえる。

「口・・・。お水持っ・・・たから。」

 水と聞こえたため自然と口が開いた。

 冷たい液体がのどを潤す。

 脇に冷たい何かを差し込まれた。

 頭の下にひんやりしたものがあってだんだん暑さが引いてくる。

「どう?」

「だいぶ楽になってきた。」

 目を閉じている為、ミスター柊の表情は分からない。呆れているのだろうか、失望しているのだろうか。

 私のことを嫌いになってしまっただろうか

「はぁ、もうムリしないでね。」

「ムリもするだろう。私は暗殺者、おまえはターゲット。ターゲットに隙なんか見せられるか。」

 そうだ。彼はターゲット。私は今彼に生殺与奪をにぎられてるも同然。もしかしたらこのまま殺されるかもしれない。

「ターゲットである前に僕は君の夫だ。しんどい時はしんどいって言ってよ。僕を殺すのはちゃんと体調を万全にしてからでも遅くないよ。」

 まさかの言葉だった。私はあなたのことをずっとターゲットとしか見てないはずなのに

 胸から重たいものが一つ外れるような気がした。

「だが」

「僕は逃げも隠れもしない。僕は君以外に殺される気はないからね。」

 なんて甘いことを。おかしすぎて笑ってしまう。しかし、その気力もなく、息が漏れるだけだった。

「ふん。簡単、には・・・殺らせて、くれない、くせ、に」

 だんだん意識が遠のいていき、私は眠ってしまった。

 夢を見た。私たちの住んでる家で、ミスターと何でもない生活をしている夢。

 彼は私に笑いかける。幸せだと。その時自分も笑っていた。私も幸せだと。

 あぁ、私も


こんな顔ができたのだな。


 目覚めると、ミスター柊の顔があった。どうやら私は膝枕をされていた。恥ずかしさのあまり何かわめいてしまったがよく覚えていない。その後、二人でそうめんを食べた。

 なんだか夢の内容を思い出した。



「ボス、なんですか?その花束」

「ああ、ヴェルカ君が結婚したからね。お祝い品をと思ってね。」

「遅すぎません?もう4か月たってますよ。」

「何かと忙しかったしね。でももうすぐ休みだし、いい機会だと思ってね。」

「ちゃんとお菓子とかも持っていくんですよ?」

「分かっているとも。さて、彼女の結婚相手とは、いったいどれだけ肝の座っているお相手なのだろうね。」


 楽しみだよ。

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