第2,5話 妻の仕事帰り 妻視点

時間は鈴虫の声が聞こえるはずの頃 体内時計の針は12時を指し示す

扉をひらく。 音の導かれると光の中には男が立っている。

近寄ってきたため首筋にナイフをあてた。


 私の仕事は暗殺。暗殺者だからな。仕事によっては家を長い間留守にすることもある。 

 私の帰りを待ってくれる者などいない。私を心配してくれる人などいない。

 私が癒されることなど世界が許しはしない。

 それだけのことをしている。大丈夫、理解している。

「ぎゃぁぁぁ!」

「…っ!」

 だからこそ仕事帰りはいつも殺した奴の顔が1度はフラッシュバックする。声さえもまるで耳元でしゃべっているかのように聞こえる。悲鳴がこだまする。

 びっくりして車のブレーキを踏んでしまった。この道の先は我が家しかないため車なんかめったに通らない。だから暗殺帰りに人をひき殺すなんてことがなくていい。

 車を再び動かす。しかしなおも声が聞こえる。

「助けてくれ!」

「金か?!金が望みなのか!」

「娘がいるんだ!ここで死んだら誰があの子を!」

「かわいそうになぁ。」

「ここで私を殺したところで何も変わらない。

「お前の最後は悲惨なものになるだろう。」

「感情など俺には邪魔だ。」

 怖くなる。しかし、自分を守れるのは自分だけ。声を置き去りにするように車を走らせる。


 気づくと自分が玄関にいることに気が付いた。疲れすぎて自分がどうやってここにたどり着いたのか忘れている。こんなのではダメだな。

 自分に呆れていると一つの気配に気づいた。

 その気配はだんだん近づいてくる。光が見える。そこには一つの影が見える。生命体がいる。警戒心が増してくる。一度は足を止めたようだが、こちらにまた向かってくる。ナイフの準備はできている。

「・・・」

 私の目の前に来て、何かをしゃべった。私は無意識にその命の首筋あたりにナイフを突き立てた。しかしどうやら防がれたようだ。私の速さをとらえたとでもいうのか。もし相手の方が強かった場合、私はここで死んでしまうだろう。

 私の人生もここで終わりか

 しかし、私の一撃を防いだ手はナイフの持っている手を両手で包み込んだ。…温かい

 なにやら下から私の瞳を見上げている。

「・・・お疲れ様。が・・・ばった・・・。・・・夕食できてるよ。あったかいココアも用意してある。・・・・・・のようだから・・・お風呂に入ってゆったり休んで。」

 だんだん意識がはっきりしてくる。その生命体がミスター柊だと両手で握られた手が感覚で訴える。どうやら風呂を促しているようだ。

 そうだ、まずは体をきれいに洗って薄汚れた体をきれいにしないと

「うん」

 私は力なく、今出せる精一杯の声で答える。しかし、思ったより声は出なかった。

 次に意識が覚醒したのはシャワーを浴びてる時だった。鏡に映る自分を見てだんだん。意識を取り戻してきた。

 鏡に映る自分の姿は血だらけだった。しっかり綺麗にしないとミスター柊が心配する。

 しっかり体をきれいにして、湯船につかり、体から一気に力が抜ける。

「ふぅ~」

 あまりに気の抜けたため息が聞こえる。想像以上に疲れていたようだ。

 風呂場から出ると、服は本部に輸送用の金庫に入れていた。あまりに血だらけだと洗ってもらう必要がある。いつもの癖で入れたようだ。しっかり道具がそろっているか最終確認をして、お気に入りのパジャマに着替え、リビングに向かう。

「おかえり」

 ミスター柊がこちらに振り向く。しっかりとこちらを見つめてくる。

 ああ、私には帰りを待ってくれる大切な人がいたんだったな。

 そして、ナイフを向けた人物がミスター柊であることを理解してしまう。いつものことながら恐怖を抱く。あれは本当にミスター柊だったのだと。もしあの時死んでいたら。

 今度こそ謝ろう。そう思い口から出た言葉は

「ただいま」

 また、考えていることと違うことを言ってしまった。ほんとは謝りたいのに、くだらないプライドがそれを止める。こいつは暗殺対象なのだぞと、暗殺者の私が私を脅す。

「夕飯は?」

 作ってくれていたのか。いつも私の仕事終わりはスムーズに食事の準備をしてある。感謝しかないな。ありがたくいただくとしよう。食欲は正直沸いてはいないが…

「まだだ。」

「良かった。座ってて。今盛り付けるよ。」

 ミスター柊はキッチンに行って、料理を温める。その間に座って腰を落ち着ける。力が抜けていく。ふと視線を感じてキッチンを見るとミスター柊がニヤニヤとこちらを見ていた。

「何か今失礼なこと考えてなかったか?ミスター柊」

「いや、そんなことないよ。」

 まったく何がそんなにおかしいのだろうか。

 外では鈴虫の鳴き声が聞こえる。ミスター柊は歌声だという。日本で育てられてきた私でも雑音ではなくあくまで鳴き声だと思って聞いているが、まだ歌声には聞こえないな。しかし、この音を聞くとこの空間が安らぎの空間になる。

 私がいて、私を待ってくれる人がいる。この空間が続けばいいのにとさえ思ってしまう。

「おまたせ」

ミスター柊が2人前の料理を机に並べる。

「ミスター柊もまだ食べていなかったか。」

「ああ」

 食べずに待っていてくれたのか。律儀なことだ。

「先に食べていればよかっただろう。」

「一人で食べるより二人で食べたほうがおいしいだろ。」

「本当は?」

「ヴェルカさん、一人で食べると寂しいだろ。」

「本当は自分が寂しいだけじゃないのか?」

「ははは そうだね。…うん。きっと寂しかったんだと思う。」

「なんだそれ」

 未だにミスターの考えていることは分からん。なんだかミスターの手のひらで踊らされてるような気がしたから、ちょうど今日の暗殺で使った誘惑術でも使ってみるか。

 どんな反応をするか楽しみだ。かかったのならそのまま殺せばいい。数少ない隙が生まれるはずだ。

 夫の瞳を覗く。机に乗り出し、胸を強調させて、上目使いでじっと見つめる。

「そんなにあたしに会いたかったのか?」

 さぁ、どうだ!

「悪いか?」

 少し目をそらして、強い口調で反発される。

(なんだその顔は!なんだその態度は!かっこよすぎるぞ!私をキュン死させる気か!夕飯作って待ってくれていたり、一緒に食べたかったなんて。こいつわたしのことだいすきすぎるだろ!)

 いやいや落ち着け自分。よくよく考えてみろ。今日の暗殺対象ですらかかった誘惑術がまったくもって効いていないのだぞ!

 なんか腹立ってきたな。こんな良く分からない感情になるくらいなら、色気なんぞ使わなければよかった。恥ずかしい。

「そうか」

 素っ気ない態度でごまかそう。そう思い、椅子に腰かける。

「いただきます。」

 私は何事もなかったかのように食事を始める。

「今日は魚か」

 血を見た後だったから肉の気分ではなかったからありがたい。小さな魚の切り身や野菜がシチューの中に入っている。いわゆるシーフードシチューだ。固形物も疲れすぎて食べれそうになかったからありがたい。そういえばミスターと結婚してから、仕事の後でも料理を食べれるようになった。あれから、空腹や体調不良で仕事に支障が出ることは少なくなったな。

 籠に会ったパンをシチューにつけて食べる。これならパクパク食べれる。

「ほんとにお疲れ様」

 ふいに頭をなでられる。

「むぅ」

 先ほどの恥ずかしさが込みだしてきた。顔が赤くなるのを隠そうと険しい顔をする。

 しかし、頭の上に置かれた手が温かく、癒される。ムリだとわかってはいるが、いつまでもこの幸せのような時間が続きますようにと願ってしまった。

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