どくはく
@Y02N00Kl7
始まりと終わり、そして出会い
俺はまっすぐに歩いていく。頭の中はからっぽだ。何も考えてなんかいない。そんな俺の頭の中で自動ドアの開く音が小さく響く。そして店の中へ足を踏み入れる。
自動ドアを通ってすぐの場所には、沢山の花が売られていた。だが、俺は花を愛でるためにここに来たわけではない。そうは思いつつも花には少し見入ってしまう。
時間は十分にあるだろう、と自分で自分に言い訳をした。
俺の花に関しての知識はほとんどゼロに等しい。コーナーの中央に大量においてあるパンジーはわかるがその程度だ。おぼろげに小学校の校舎に植えられてそれらの姿が脳裏に浮かんだ。それ以外の花は値札に書かれた名称を見ても全く分からないものが多い。17年の人生の中で花を売っているところなんてほとんど見てこなかったせいだろう。結局ほんの数分で花への興味は失せてしまった。そんな自分の心の荒み様に胸になにかがつまるような感覚を覚えた。
いつからだったろうか。
俺は目線をあげ店内に進んでいく。豊富な種類の工事用具。素人には、いつ使うのかよくわからない塩ビ、同じ規格で切られた木材たち、等。これらが棚に綺麗に陳列され、高く積み上げられた中を俺が通る。世間からはみだした俺が。
なぜだろう。今日は周囲の光景がやけに鮮明に、そして細部までみえる。
人はほとんどいない。ただでさえ集客のよくないこのホームセンターには、見え得る限り、作業服姿の男二人組と店員くらいしかいない。駐車場にも軽トラックが二台止まっていただけだ。そんな空間で俺の耳に入ってくるのは何処かで聴いたような音楽だけである。寂しい電球の放つ光が少しまぶしい。
俺は真っすぐ目的のものが売られた場所には向かわず、なんとなくだだっぴろい店内を一周する。一周するその終盤で目的のものだけをかごに入れレジへ向かう。一つしか稼働していないレジのその前方では花火が売られていた。そこには袋にたくさん入ったよくみるタイプの商品や蛇花火、ロケット花火などの変わり種のものまであった。
目つきの悪い毛先の痛んだ茶髪の男に対応されて商品を買う。彼は一つしかない商品を手に取って、怪訝そうに眉を顰めこちらの顔を初めて見上げる。睨まれたように感じて体に緊張がすこしはしった。が、そのまま金を支払い、無事に店から出る。そういえば彼の薬指には指輪がはめられていた。
俺は店の傍に置いた原付に跨りそのままある店へ直行する。俺が働いていた店、そして俺のサイゴの場所になる場所へ。
繁華街にある目的地へ向かう裏道は慣れ親しんだ道であり狭く人通りも少ない。ところどころではたまり場のような場所もあるが何故か妙に静かさを感じる道で俺は好きだった。
そんな静けさを味わっていたその瞬間ライトに照らされたなにかの塊が目の前に転がりこんできた。
「っ、」
声帯が詰まったことで、声になりそこなった音が俺の口から洩れる。
その塊は人だった。そして徐々に冷静さを取り戻していく思考が、その事の重大さを脳に認識させ指先の感覚を失わせる。そんな中で解像度の上がっていく視界情報は現状をクリアに知らせた。
人は女で長い茶髪、事故の衝撃によってか倒れこんで動かない。ああ、心臓の鼓動があまりに大きく胸が苦しい。なんとか理性で体を動かし女性のもとに駆け寄る。
「大丈夫ですか、お、起き上がれますか、」
久しぶりに発した声はあまりに情けない声だった。しかし、反応がない。速度の出ない原付とはいえ打ちどころが悪ければ、この状況はまずいかもしれない。そう思い彼女の顔を除くとそこには想像よりも幼い顔があった。そして彼女は泣いていた。泣いていたのだ。
どれだけの時間がそこにあったのかわからないが、その妙な静けさのある路上で彼女の小さく嗚咽する声だけが響き続けた。
どくはく @Y02N00Kl7
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。どくはくの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます