第19話【番外編】その男忠犬につき③
そういう理由で、家康誘拐決行日は、石川数正と酒井忠次、榊原康政に井伊万千代、そして本多忠勝が傍にいない時、と決まったのであった。
だが、徳川組は過保護集団なのか、組の跡目とはいえ二十代半ばの家康から直近の組員が離れる日などほとんどなかった。誰かしらが傍にいる……背後霊のように……特に、本多忠勝は。
だが、奇跡が起きた。
五人全員に重要な案件が重なり、誰も家康の傍にいられない今日の日が訪れたのだった。
家康の誘拐は、家康を乗せた黒塗りの車が駅前を発車して暫くののちに発覚した。
忠勝たちの代わりに迎えの車に乗って行く予定だった二人の組員が、駐車場にいつもの送迎車が既に無い事に気づき、異変が確認され、組内部は大騒ぎとなったのであった。
ちなみに、榊原康政と井伊万千代は組の使いで、離れて暮らしている家康の母親と、義父の元へ出向いていたのであったが、家康誘拐の一報を受けてとんぼ返りで帰ってきたのだった。
織田組に、叔父の忠真と共に出向いていた忠勝はどうしただろうか。
先ほど康政たちの車を追い抜いて行った爆走するバイクを見る限り、答えは明らかであろうが。
「誘拐犯の素性は、もう分かってるんですか?」
助手席に座る万千代が、己の爪を見つめながら問う。
カーステレオから流れる古いラブソングが、男二人の車内に響き渡る。
ちら、とバックミラーを確認して、榊原康政がハンドルを切る。強引な車線変更。
「ああ。うちの若いのと通じていたのは、おそらく武田の組員だろう。何度か、二人が外で会っているのを見たとの証言が取れている」
「馬鹿っすね」
「武田は、古くから敵対している勢力だ。殿に失礼な真似をしていなければ良いのだが……」
「怖いっすねえ」
「怖いな」
康政と万千代が苦笑する。
「「忠勝殿が……」」
康政がアクセルを踏む。
ふうと溜息を吐くと、康政は車窓から外の景色を眺める。勢いよく流れてゆく景色は別の街に入ったのか、微妙に色合いを変えた。
誘拐、人質、暗殺。
物騒なキーワードが頭を飛び交うわりには、車内の二人にそれ程の緊迫感はない。
「出口1km」の標識を確認した康政が、左車線に移動する。
カチ、カチ、カチ。
左ウィンカーを出し、出口レーンへ入っていく二人を乗せた車。
「そいつらも、運が無いというか頭が悪いというか。眠れる獅子を起こしちゃって、まあ」
「眠ってます、普段? ギンギンじゃないっすか」
「まあ、闘う為に生まれてきたような男だからな、彼は」
「闘う為というより、殿を守る為、じゃないっすか?」
万千代の言葉に、康政が不敵に笑った。
同意するまでもなく、一言一句その通りだったからだ。
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