第20話【番外編】その男忠犬につき④

 キイイッッ。

 ブレーキの音がして、黒塗りの車体が急停車する。

 バタバタと左右のドアを開けて乗り込んできた二人の男は、それぞれ家康を間に挟む形で左右に座ると、顎を上げて運転席の男に発車を促した。

 再び走り出す車内で、男の一人が家康をまじまじと見つめる。


「意外と肝が据わってんなあ。ブルブル小鹿みたいに震えてるのかと思ったぜ、組長さんよ?」


 むさくるしい男二人に挟まれて、家康がぼそりと告げる。


「武田組か?」


 車内で歓声が上がる。


「正解! よっく分かったねえ、お嬢ちゃま」


 囃し立てる男達を軽く一瞥すると、家康はつまらなそうに視線を車窓の外に移した。


「武田も落ちたものだな」

「「ああんっ?」」


 男達の声色が変わる。家康が淡々と続ける。


「誰を誘拐したか分かっておるのか?」

「ハッ、徳川組組長、徳川家康だろ?」

「……では、仕方ないな」


 家康が浮かぬ顔をして、溜息をついてみせた。

 男たちがイラッとしたのが、車内の空気で伝わってくる。


「おい、何が言いたい」

「いやはや、感心したのじゃ。そんな勇気ある男達には見えなかったもので……人は見かけによらぬとは、よく言ったものだ」

「あ?」


 低い声で、男の一人がすごむ。

 家康が愁いを帯びた目で、男たちを見る。


「徳川組の狂犬を知っておるか?」

「狂犬……?」

「お主ら、下っ端か。大方、今回のことも上の確認を取らず、出世の為に勝手に動いたというところか。なるほどな」

「何だとっ」


 家康が困ったように、眉を下げた。やれやれといった様子で、左右に首を振る。


「一度標的にした獲物は決して逃がさず、骨まで噛み砕いて再起不能にする。時々、飼い主の言うことさえ聞かないで暴走するのでな、手を焼いておるわ」

「何を言っている」

「儂に手を出すということは、奴を敵に回すということだ」

「おいっ、何言ってんだこいつ!?」


 男の一人が運転席の男に向かって上擦った声を出したのと同時に、走行する車体がぐらりと大きく揺れた。

 

 ドンンッ。

 

 バランスを崩して、S字に曲がりながら進む車体。車のスピードが落ちる。


「なっ、なんだああぁ?」

「ひ、左側に、バイクが」

 

 運転席の男が、蒼白な顔で悲鳴を上げる。


「あれはっ!」

 

 ドンッッ、ドンッッ。


 猛スピードで走行する車の左側に、一台の黒い大型バイクが見えた。バイクは意図的に、車の車体に己の車体をぶつけてきている。


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