第18話【番外編】その男忠犬につき②
いつものように駅前で迎えの車を待っていた家康は、滑るように自分の目の前に停車した黒塗りの車に乗り込んだ。
普段と違ったのは、いつでも家康の送迎車に同乗していた四天王の誰の姿も見当たらないことぐらいだ。
ちなみに徳川組の四天王とは、酒井忠次、本多忠勝、榊原康政、井伊万千代の四人の組員のことを指す。
ただ、運転席にはいつも顔を合わせる組の若い衆が居たし、今までにも数は少ないが四天王の誰も同乗していないことは何度かあったので、特に何かを確認することもなく、いつものように家康は車に乗り込んだのだった。
ミラー越しに、後部座席の家康と運転席の若い衆の目が合う。
「出してくれ」
「はっ。本日ご同乗出来なかった兄さんたちの分も、責任もって殿を組までお送り致します」
「大袈裟じゃのう」
じっとこちらを見据えるミラー越しの家康の視線から、若い衆が視線を逸らした。
淡々とした口調で、家康が告げる。
「……よろしく頼む」
家康はコートの袖に隠して、携帯をいじる。だが、携帯はなぜか圏外になっており、電波が一本も立っていない状態だった。
(妨害電波が出ておる)
家康は涼しい顔のまま、心の中で呟いた。
家康は、人の気配を感じ取るのが聡い。運転席の男の僅かな焦りのような気配に、ふいに違和感を感じたのだ。
――結果、彼は誘拐犯だった。
運転手の若い衆が徳川組と敵対していた組と通じ、決行した家康誘拐事件。
車内で携帯が通じないようにしたのは、件の忠臣たちに連絡させない為だ。家康が連絡して来たが最後、どんな用事の最中でも、光の速さで駆けつけてきてしまう。
家康の祖父が死んだ時、徳川組傘下の極道、特に下っ端たちは、これで徳川は終わりだと考えた。
家康の父が死んだ時も、徳川組傘下の極道、特に下っ端たちは、今度こそ徳川は終わりだと考えた。
徳川組の敵対勢力や、表面上は友好関係でもいつか取り込んでやろうと画策していたよその組は、二代目組長の死亡後、すぐにでも徳川組を潰しにかかるつもりでいた。
それほどまでに、先代の跡目を継ぐことになった家康は舐められていたのである。
残された唯一の跡目が高校生、さらに女──前代未聞の珍事に、多くの極道者が腹を抱えて笑っていたという。
だが、徳川組は潰れなかった。
セーラー服を着た女子高生組長の側近が、揃いも揃って規格外の人材で固められていたからだ。
浮浪児だったところを先代組長に拾われ、その恩義を果たすべく、生涯いち極道を胸に二代目組長の懐刀として長年尽くしてきた極道の中の極道、石川数正。
二代目亡き後は、忘れ形見である家康と組を守ることだけに、己のすべてを捧げてきた献身の教育係、酒井忠次。
元は華族の出とも噂される、一見風変わりな榊原康政。学業では優秀な成績を収めていたが、次男ということもあり家業も継がずフラフラしていたところを、なぜか徳川組へ入門した男。実家からは案の定、勘当されているらしい。
小柄でありながら、驚異的な身体能力と抜群のスピードを誇る男、井伊万千代。おなごのように可愛らしい顔をしているが、実はえらく短気で、家康を貶めた人間には一切の容赦がない。
そして、本多忠勝。長きにわたり徳川組を支えてきた本多家直系の男子。家康が三代目を襲名した頃から、常に傍らで見かけるようになる。強靭な肉体とおそろしい戦闘センスを誇り、これまで三代目組長の暗殺を企てたものは、すべてこの忠勝に消されてきたとひそかに噂されている。一説には、脳のリミッターが外れている特殊体質で、政府秘密裏の人体実験施設出身との噂まであるとか(当然、嘘なのだが)。
運転手の若い衆は、はあーと大きく息を吐いた。
この五人の男だけは、敵にまわしてはならない。
奴らに感づかれるな。
真っ向から闘うな。
事が運ぶまで、決して悟られるな。
運転席の男が家康の誘拐実行犯として雇われた時、まず最初に言われた言葉がこれだ。
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