第15話【番外編】最終兵器忠勝⑤


(完全に、理性を失っておる……)


 家康にとって、あんなセクハラ銀行強盗下劣犯罪者どうなっても良いのだが、あんなクズでも死なせてしまったら、忠勝の汚点になる。お勤めだって、相当長くなるかもしれない。

 それは、家康としても避けたい。

 忠勝は徳川組の大切な一員で、大事な仲間なのだ。

 何より、自分の知らない忠勝の姿をこれ以上見ていたくなくて、ふうと一度息を吐くと、忠勝が先程男の手から蹴り上げた銃を床から拾い上げ、忠勝の方へ向かって駆け出した。


「忠勝、その辺にしておけ!」

「てめえらあ、何してやがる!」

「……おっと」


 家康の背後から、残りの男たち、茶髪に髭面の男と、赤髪の男の怒鳴り声が聞こえてくる。

 やはり二人の銃はフェイクだったらしく、こちらに向かって突進してくる男たちの手には、ギラリと光る銀色のナイフが握られていた。


 パン、パンッ。


 家康は振り向きざま男たちの片足に一発ずつ撃ちこむと、二人は糸の切れた人形のように呆気なくその場に崩れ落ちた。

 コツコツと革靴を鳴らして、家康が男たちにゆっくりと近づいていく。


「急所は外してやったが、あんまり血を流し過ぎるとヤバいかもしれんな? 早いとこ警察が突入してきて、確保してくれることをせいぜい祈るんじゃな」


 ぐううと断末魔のような呻き声を上げ、床からこちらを睨み上げる二人の男たち。

 家康が黙って見下ろすと、ビクリと男たちの身が縮こまった。家康は、真っ白な薔薇が咲き綻ぶように艶やかな笑みで応えてやった。





「送っていく」


 ようやく口を開いた忠勝は、ボソリとそう告げた。

 家康の撃った2発の銃声をきっかけにようやく突入してきた警察に、家康は右の腿と脛を自分が撃ち抜いた犯人たちを引き渡した。

 そして、家康に絡んで忠勝にボコボコにされた主犯格の金髪の男は、死んではいなかったが、半殺し、いや4分の3殺し程度にはズダボロで、タンカーで運ばれていく際にはピクリとも動かなかった。

 あれでは、もう二度と犯罪に手を染めるような気にはならぬかもしれん。

 警察の簡単な調書に協力し、忠次と数正に家康が電話口でくどくどと説教をされ、すべてのことからようやく解放されるまで、忠勝は必要最低限の言葉しか発しなかった。

 普段の勝ち気で慇懃無礼な大きな子供のような様子がまるで嘘のように、じっと押し黙っている。

 さすがにこいつも疲れたのかと思い、銀行を出たところで家康は気遣うように声を掛けた。


「お主、大丈夫か?」

「何が」

「何がって」

「それより、殿。ホテルに直帰でいいのか?」

「いや、儂は……織田家と氏真殿にも、事の顛末を説明するよう言われておるし。儂は、一人で帰るからいいぞ。お主も疲れたじゃろ? とっとと帰って、今日は早めに」

「駄目だ。送っていく」


 有無を言わせぬ雰囲気でそう告げると、忠勝は、ぐいと家康の左手首を掴んだ。そのまま引きずるように家康ごと歩き出そうとするのに慌てて、家康が制する。


「ちょっ、忠勝」


 わたわたと焦る家康とは対照的に、忠勝は押し黙ったまま動かない。

 向かい合った忠勝の顔はどこか俯きがちで、その表情はよく見えなかった。

 ただ、家康の手首を掴む忠勝の力が思いのほか強くて、まるで知らない街で置き去りにされて不安で縋りついてくる子供のような、そんな必死さが感じられた。


 眉根を寄せた家康が、おずおずと問いかける。


「なあ、お主。さっきから変だぞ」

「そうか」

「いや、儂はいいんじゃが。銀行で、怪我でもしたんじゃないかと思ってな。だから、やり過ぎだって止めたのに」

「あの程度で、怪我など負うか。それにあいつに関しては、殿が止めてもやっぱり殺しておけば良かったと、今になって後悔してる」

「へっ」


 家康が、間抜けな声を上げる。

 ゆっくりと顔を上げた忠勝の顔は、家康が想像していたのとはまるで違っていて、ひどく大人びて見えた。

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