7/10 感傷とペトリコール






 雨が降ると、地面から匂いが上がってくる。

 縁側の窓を開けて、ザァザァと雨の降りだした庭を眺めた。

『ペトリコールって言うんだって』

 そう言って笑った君の声が、聞こえてくるようだ。

 この家には、もう僕しか住んでいない。

 古びた屋敷だけど、それなりの広さがある庭。

 雨に打たれる緑は、天の恵みを喜んでいるようだ。

 いつも君が汗まみれになりながら、庭の手入れをしていた姿を思い出す。

 君が植えた木も花も、名前が覚えられなくて、怒られた日すら懐かしい。

 今は人に頼んで手入れをしてもらい、あの頃と同じ景色を保っている。

『雨の匂いっていいよね』

 君は雨が好きだった。

「僕はあまり好きじゃないな」

 いつもそう答えて、君と軽く言い争ったことも、懐かしい。

 君の言葉を忘れていないことも嬉しかった。

 僕は雨を眺めながら縁側の窓を閉めた。

 雨の音が静かになり、僕は部屋の明かりをつける。

 今日も、明日も、雨の予報だ。

 梅雨はいつになったら明けるのか。

 座椅子に座り、テレビをつけようとして、写真立ての中の君と目が合う。

『辛気臭い顔してるわよ』

 笑顔で叱られて、僕は肩をすくめた。

 雨が降ると感傷的になってしまう。

 でも、君の声を思い出せるなら、これも悪くない。




(終)


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