7/9 花束と花火

(BLです)






「なあ、プロポーズする時って、花束もって跪くのが定番かな?」

「はあ?」

 いきなり訳の分からないことを言い出したヤツに、彼はぴくりと眉をしかめた。

 ヤツは彼の十年来の友人で、顔が良いので女に良くモテる。

 大学の構内で見かける時は、いつも女を数人侍らせて、楽し気に笑っている。

 それなのに、地味でさえない彼と、毎日のようにこうして部室で顔を合わせているのだから不思議だ。

 いくら中学の時からの付き合いとはいえ、大学にもなれば気の合う友人は他にもいるだろうに。

「花束でプロポーズとか、もうダサい? それなら花火大会とかでさ、花火に見惚れてムード満点って時にするのがいいかな?」

「どっちもダサい」

「ええ!? マジで?」

 彼の返事に、ヤツが悲壮な声をあげる。

「そっかー。ダサいのか」

 しょんぼりとうなだれるヤツ。

 まるで犬が反省している時のような顔で、つい手が出てしまう。

 わしゃわしゃと髪をかきまわすと、ヤツは顔をあげて嬉しそうに笑った。

 犬だな……。

 大型犬を飼ってる気分になるのは、彼だけのせいではない。

「お前、プロポーズするって言ってるけど、真面目に付き合ってる人がいるのか?」

 彼はむしろ、そっちの方が気になる。

 ヤツは女にモテるが、彼の知る限り特定の彼女がいた気配はない。

 遊び仲間はいても、本命はいないのだと思っていた。

「いや? まだ付き合ってはない」

「え? じゃあ好きな人いるのか?」

「うん」

 うなずくヤツは、頭から花を咲かせてもおかしくないくらい、腑抜けた顔をしている。

 その顔を見ると、彼はイラっとした。

「へー。よかったな」

「まだよくねぇよ。プロポーズしてないし、返事もらってないし」

「プロポーズの前に、告白しろよ」

 彼の正論に、ヤツは首をかしげる。

「どっちも一緒だろ?」

「一緒じゃねぇわ。いきなりプロポーズとか引くだろ」

「そんなもん?」

 ヤツは頭をひねっているが、どうしたらそういう思考になるのだろう。

「ま、俺には関係ないし」

 彼は呆れつつも、そう言ってヤツに背を向けた。

「せいぜい頑張れよ」

 内心、振られることを祈りながら、そう言った。

「ちょ、ちょっと待って!」

 ヤツがあわてて彼の手を引いた。

 振り向くと、ヤツがめずらしく真面目な顔で彼を見ている。

「なに?」

「お、オレと結婚してくれ!」

「……はあ?」

 何の冗談かと思った。

 ヤツは彼の両手をつかむと、もう一度目を合わせて言った。

「冗談なんかじゃない。オレはお前が好きだ」

 その声に嘘はなかった。

 ヤツとは十年も一緒にいるのだから、嫌でも本気だと分かる。

「わーっ!」

 彼は掴まれた腕を振り上げて、ヤツから離れた。

 数歩下がって、逃げの体勢だ。

「そ、その話は後日聞くから!」

「なんで?」

「とにかく、今じゃないから!」

 彼はそう言うと、くるりと回れ右して走って部室を出た。

 ヤツが追いかけてくる前に、人気のない校舎の階段に逃げ込む。

「いやいや、おかしいだろ!」

 女にモテまくりの色男の友人が、彼を好きだと言った。

 それだけでもおかしいのに、もっとおかしいのは彼の心臓だ。

 さっきからドキドキがおさまらない。

 顔も真っ赤になってるだろう。

「プロポーズとか告白の前に、もっとあるだろ!」

 ヤツは男で、彼も男。

 おまけにまだ大学生だ。

 人生を決める決断は早すぎる。

 だけど。

 ヤツの言葉は、嫌じゃなかった。

 それをどう伝えればいいのか、彼は頭を抱えながら悩む羽目になった。





(終)







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