第19話 VSパクリ配信者
シルクは移動を終えると晶響器の蓋を開いた。
「キヌカチャンネル~! こんばんは、キヌカです。今日はなんと王宮のパーティーに来ています!」
いつもの調子で。でも、今日はたった一人に向けて。
「色んなデザートがありましたけど、特にマスカットのタルトはたまらなく美味しかったです! シャンパンも香りがよかったですね」
会場の様子は参加者しか知らないはず。だから今の発言で『キヌカ』が王宮にいることへの信憑性が増したはずだ。
「ちなみに今、私は大好きな場所で寛いでます。小さい頃かくれんぼしていた場所に似てるんですよね〜」
……餌は与えた。
前世ではよく、公園の薔薇園で友達とかくれんぼをして遊んでいた。そして噴水の影に潜んでいたら一日中見つけて貰えず、通報されたこともあった。そんなありふれた思い出。だけど、この話を知っているのは初期の配信を聞いたことのある者だけだ。
(本当に古参のファンなら、ここに現れるはずよ!)
「もう少しここでゆっくりしていこうと思います」
そう言い残し、配信を締める。そのまま薔薇の生け垣に身を潜めて待っていると、誰かが近づいてくる気配がした。
コツ、コツ……と、その足音は確実にこちらへ向かっている。
その人物は噴水の前でぴたりと立ち止まり、周囲を見回した。まるで誰かを探すように。
「――あなただったのね」
「!」
弾かれたように振り返る。拍子に、二つに結った赤褐色の髪が揺れる。
「……ユリアちゃん」
その人物――ユリアは衝撃に目を見開いた。
「シルク様?何故ここに……」
「キヌカの配信、聴いて来たんでしょ?」
「!」
肩がびくりと揺れる。図星なのだろう。
ユリアは少しの間おどおどしていたが、落ち着きを取り戻すと控えめな笑みを浮かべた。
「実は、そうなのです。もしかしたらキヌカ様にお会い出来るんじゃないかと思って。シルク様も?」
「……」
シルクは曖昧に微笑む。
「ところで知ってます? 最近、キヌカの真似をするチャンネルがあるって」
「え、ええっと……」
ユリアの目が泳ぐ。
「名前はリリカチャンネル……だったかな? キヌカの配信内容をちょこっとだけ変えて話してるんですって。それでそこそこ人気もあるんだとか。本当にずるいですよね〜」
「あ、いや、その……」
ユリアは笑顔を保ってはいたが、ほとんど顔を引き攣らせている。……もう一押しだ。
「あまりに悪質だし、キヌカを馬鹿にしてるとしか思えません。ファンとして絶対に許せないです。ユリアちゃんもそう思いません?」
「あ……。わ、わたくし、は……」
ユリアは俯いた。
「ユリアちゃん?どうしました?」
シルクは詰め寄った。今、一体どんな顔をしているのか見てやろうという魂胆で。
しかしその目いっぱいに涙を溜めていて、シルクは面食らった。
「ごめんなさい……!」
そう叫ぶと、ユリアはぼたぼたと大粒の涙を零して泣き始めた。そしてあっさりと、自分がそのリリカだと自白したのだった。
「初めはそんなつもりなかったんです」
そう前置きして、ユリアは語り始めた。
キヌカに憧れて始めた配信活動。しかしリスナーは思うように増えず悩んでいた。そこで、ある日侍女に相談をしてみた。
『……でしたら、お嬢様がお好きな方を真似してみたらどうです?』
『真似?そんなことしていいのかしら』
『参考にするだけですよ。それくらいなら許されるはずです』
『……。まあ、参考にするだけでしたら……』
こうしてユリアはキヌカの真似を始めた。
間の取り方や抑揚の付け方、話すテンポ、果てには話の中身まで。視聴者が増えるにつれエスカレートし、気がつけば『参考』の域を出ていた。いけないと思いつつも後戻りができず、ずるずるとここまで来てしまった。
「本当にごめんなさい……」
瞳を潤ませてユリアは頭を下げた。シルクは溜め息を吐く。
……本当は、ショックだったのだ。
あの場にいたのがユリアだと気が付いた瞬間、友達を一人失ったと思った。だけどこんな姿を見てしまえば怒るに怒れないではないか。ぷるぷる震える姿は小さなうさぎみたいだ。シルクは頭を掻いた。
「……わかりました。でも、ファンなら推しが嫌がることをしちゃダメでしょ?」
「仰る通りですわ」
澄んだ薄緑の瞳を涙で濡らしながらユリアは何度もしゃくりあげた。それを見るうちにシルクは完全に毒気を抜かれてしまった。
(……仕方ないわね)
シルクはハンカチを取り出し、差し出した。ユリアはびくりと肩を震わせて顔を上げ――シルクが微笑んでいるのに気付き目を見開く。
「でも私、ユリアちゃんの配信もいいと思ったんですよ。素敵な声をしてるし、もっとあなたの言葉で、あなたのお話を聞かせて欲しいです」
「……! はい……!」
ユリアは受け取ったハンカチで涙を拭った。目元も鼻も真っ赤にしていたが、最後には少しだけ笑顔を見せてくれた。
やがて何度も頭を下げると会場に戻っていった。シルクは手を振り、その後ろ姿が見えなくなるまで見送った。
「……これで一件落着ね」
ようやく一息ついたとき、薔薇園の方から誰かが音もなく現れた。
「リベラ伯爵令嬢」
「ひゃっ!?」
人がいるとはつゆ思わずシルクは飛び上がる。拍子に足を滑らせ、バランスを崩す。
このままでは背中から噴水に落ちる――そう身構えた瞬間、腰に手を回され、身体を支えられていた。
「……!」
夜空を背に、細かい金髪がスローモーションのように揺れる。青く澄んだ瞳が至近距離でこちらを覗き込む。
(ヴァージル……?)
世界から音が消えたみたいだ。
まばたきも忘れ、シルクはその顔を見つめ返していた。
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