第17話 建国祭当日
「わあ……!」
シルクは姿見の前で感嘆の声を漏らした。
身に纏うのは装飾の多い青のドレス。華やかさもありつつ上品で大人っぽいデザインだ。メイクはマリーに施して貰い、まばゆいばかりの美貌が三割増で輝いている。
自分で言うのも何だが、主役をかっさらいそうな仕上がりだ。キャッチコピーをつけるならば『女神すら嫉妬する美しさ』だろうか。
戯れに、長い銀髪を払うと物憂げな表情を作る。
「TPOを弁えられない美貌でごめんなさい……」
「お嬢様?」
誰もいないと思って呟いたらマリーにしっかり聞かれていた。シルクは咳払いで誤魔化した。
「……何かしら?」
「公爵様がいらっしゃいました」
「!」
窓の外を見やると、近づいてくる公爵家の馬車が目に入った。自然と胸が高鳴る。
「じゃあ、行ってくるわ!」
「いってらっしゃいませ」
シルクはスカートの裾を持ち上げて階段を下り、早足でエントランスを抜けた。扉を開こうとして一度止め――手櫛でさっと髪を整えてから外に出る。
それと同時に馬車の扉が開き、中から黒衣の男が降りてきた。
「公爵様!」
「!」
金の瞳と目が合う。レイヴンはぴたりと足を止め、驚いたような顔でシルクを見つめた。
シルクは残りの距離をゆっくりと詰め、レイヴンの目の前で上品に微笑んだ。
今日こそ、何か褒めてくれるのではないか――そんな期待を込めて見つめ返したが、レイヴンはぼうっとこちらを眺めるばかりだ。
……ややあって、レイヴンは我に返ったように口を開く。
「お迎えにあがりました」
そう告げたきり、レイヴンは黙り込んでしまった。
(なーんだ。つまんない)
せっかく気合を入れてドレスアップしたのに感想もなしか。まあ、そんな気はしていたが。
そんなシルクの心中を知ってか知らずか、そっと手を差し出される。
「お手をどうぞ」
「あ、ありがとうございます……」
(お世辞は言えないくせに、案外こういうことはスマートにこなすのね……)
シルクはどぎまぎしながらその手を取った。
二人が乗り込むと馬車は静かに走り出す。馬車に揺られながら、シルクは向かいのレイヴンを盗み見た。
思った通り、今日も黒い衣装を身に纏っている。しかしいつもよりも刺繍や装飾が多く華やかだ。前髪は半分ほど撫で付けられ、印象が違って見えた。
「公爵様。今日の衣装よくお似合いです」
「……」
レイヴンは驚いたようにぱちぱちと瞬く。黙ってシルクの姿を凝視すると、やがて口を開く。
「それを言うなら、貴女こそ――」
そのとき、ガタン! と派手な音を立てて車体が揺れる。振動でシルクの身体が大きく傾いた。
「きゃっ!」
「!」
壁にぶつかる――そう覚悟して目を瞑ったが、いつまで経っても衝撃が来ない。そのかわりに何か柔らかい感覚がして、ゆるゆると瞼を開いた。
「申し訳ございません、鹿の魔獣が飛び出したみたいで……。大丈夫ですか?」
外から御者の声が聞こえる。
「平気だ」
そう答える声がやけに近くて、シルクははっとして顔を上げた。蜂蜜みたいな金色の瞳と至近距離で目が合う。シルクの身体はレイヴンの腕に抱き留められていた。
レイヴンが不安げにこちらを覗き込む。その拍子に撫で付けていた前髪が一筋落ちてきて目元にかかる。それが妙に色っぽくて、目が離せない。
「……大丈夫ですか?」
「わっ!?す、すみません!」
顔が熱い。シルクは慌てて席に戻った。
馬車は何事もなかったかのように走り出す。シルクはしばらく俯いていたが、そおっと顔を上げた。
窓の外を眺める端正な横顔。その頬がほんのり赤みを帯びて見えたのは、きっと見間違いだろう。
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