第16話 パクリ配信者、現る
……三万人を超えてから登録者数が伸び悩んでいる。
シルクはベッドに仰向けに寝転んだ。そして涙目で叫ぶ。
「なんで〜~?」
これまで人気は右肩上がりだったのに、このところ停滞気味だ。
「もっと新しいことをやった方がいいのかしら……」
そう独り言ちたとき、扉が蹴破られ、マリーが部屋にスライディングで突入した。
「お嬢様、大変です!」
遅れてポプリも駆け込んでくる。それを横目にシルクは起き上がった。
「マリー、ノックくらいしなさい」
血走った目のマリーがヤケクソのように「これでいいですか!」と床を拳でノックした。教育のなっていない侍女だ。
「そんなことより大変なんです! これ、聞いてください」
ポプリの手のひらには青く光る小瓶が握られていた。小瓶――晶響器からは少女の声が漏れ聞こえる。可愛らしい声。いわゆる『萌え声』だ。
『こんにちは、リリカです〜。最近はどうお過ごしですか?私はよく刺繍をして遊んでいます〜』
「……ありふれた雑談チャンネルじゃない」
『キヌカ』の認知度が高まるにつれ、個人で配信をするチャンネルもぽつぽつと現れ始めた。だがそれは予見していたことだ。
「そうじゃなくて、内容を聞いてください!」
マリーの剣幕にたじろぐ。ポプリもマリーに同調するようにぶんぶんと首を縦に振っている。
「わ、わかったわよ……」
この二人、火がついたときは厄介だ。シルクは渋々耳を傾けた。
『私にはタンポポさんっていうお友達がいるんですけど、本当におもしろいんですよ〜。メイクがとっても上手で〜』
「ん?」
『シロさんっていう男友達がいるんですけど、本当に愛想がなくて~。でも可愛い所もあるんですよ?』
「んん?」
どこかで聞いたような話ばかりだ。名前や言い回しは多少違うが……まさか。
「どう考えてもパクリですよね!」
マリーがかっと目を見開いて吠える。ポプリは悔しそうに涙目で震えていた。
「ひどい。何でこんなことをするんでしょうか。馬車に括りつけて街中引きずり回してやりたいです……」
「ポプリは物騒すぎるわね?」
普段の大人しさで忘れていたが、彼女はキヌカの大ファンだった。別名を過激派とも言う。
(……それにしても)
二人の言う通り、この配信者はどう考えてもキヌカのパクリだ。とはいえ過去の放送のアーカイブが残っている訳でもなく、それを証明する手立てはない。
声質が違うので初見のリスナーからすれば似ているとは思われないだろう。彼女の人気が高まれば、むしろこちらがパクリ扱いされる可能性もある。
シルクは眉根を寄せた。
「……かなり厄介だわ」
始めたばりのようだが既に登録者は五千人を超えている。最近伸び悩んでいたのは、このチャンネルに新規層を奪われていたせいという可能性もある。
『……ところで皆さんは前世って信じます?実は私には前世の記憶があって。……ふふ、なんと別の世界の住人だったんです〜』
「……あれ?」
「どうしました?またパクリですか?」
「確かにパクリなんだけど、この話って初回の放送で話してたことだわ。一回しか話してないはずなんだけど……」
ポプリも首を傾げた。
「私も聞いたことないお話ですね」
「ってことはこの子、私の古参のリスナーかしら? いくらパクリって言っても、過去の話をここまで記憶して自分のスタイルに落とし込んでるのは凄いことだわ」
「感心してる場合ですかァ!?」
「絶対に犯人を探し出しましょう……。大陸中を這い回ってでも必ず見つけてみせます」
マリーは床に穴を開けそうな勢いで地団太を踏んでいるし、ポプリは完全に目が据わっている。このままでは本当に何かやりかねない。
二人を必死に窘めていると、いつの間にか机上の晶響器が紫色に点滅していることに気が付いた。……通信だ。ダレルだろうか。
蓋を外すと魔晶石に紫色の光が灯り、聞き慣れた声が聞こえてきた。
『もしもし』
「!?」
その声の主に気が付いた瞬間、晶響器を取り落としそうになった。
『リベラ伯爵令嬢?』
「……もしかして、公爵様?」
『はい』
淡々としたこの喋り方はどう考えてもレイヴンだ。シルクは急にそわそわして無意識に髪をいじり始めた。
「どうしたんですか。何か御用でも?」
『パーティーはお好きですか』
「……?好き……ですかね?」
唐突な問いかけに困惑を隠せぬまま答える。すると安堵したような溜め息が漏れ聞こえてきた。
「……それが何か?」
『建国祭の日に王宮でパーティーが開かれるのですが、パートナーとして来て頂けませんか』
思いがけない言葉に目を丸くする。
そういえば、と引き出しを開くとマリーに貰った禍々しい置物の隣に、仕舞った招待状がそのまま残っていた。
まさか向こうから誘われるとは夢にも思わなかった。招待状を手に取ってぼうっと眺めていると、不安げな声が聞こえてきた。
『……難しいですか?』
レイヴンが一緒だと思うと少し心強い。シルクは力強く答えた。
「いえ、行きます」
『……よかった』
やけに声色が優しくて、心臓が跳ねる。
『では、当日お会いしましょう』
「はい!」
そして、通信は途切れた。
無色透明になった晶響器をいつまでも眺めていると、マリーが肘で小突いてきた。
「お嬢様ったらニヤニヤしちゃって~」
「え!」
鏡を見るとすっかり頬が緩んでいた。これでは言い訳のしようもない。
「~~~~」
(私ったら何でレイヴン相手にこんなに浮かれてるのよ!?)
この間からおかしくなってしまったのかもしれない。レイヴンを意識しすぎている。
マリーの
「それより王宮ですか……素敵ですね。服装にも気合を入れたいところですね」
「それもそうね」
確かにこれまでのシルクの生活を思えば、この間のティーパーティーを除いては公の場に顔を出すのは久々だろう。シルクは拳を握り締めた。
「舐められないようにしなきゃね」
「この際ですから、ドレスを新調してはどうですか?」
「新しいコスメも試しましょうよー!」
「いい考えね!」
こうしてパーティーのことで頭がいっぱいになり、例のパクリ配信者について考える暇はなくなってしまった。
そしてあっという間に数日が過ぎ――建国祭当日を迎えた。
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