第14話 身バレ

時が止まったかと思った。

誰にも教えていない秘密を、何故この子が……?


口を開いては閉ざし、また開いて――ようやく出たのは上擦うわずった声だった。


「な、なにそれ。誰のこと?私は私よ?」

「……」


ポプリは表情を変えずにただこちらを見ている。控え目で静かなその眼差しが急に恐ろしく感じられた。


「私は新入りで……最近までずっと雑用を担当しておりました。掃除をしたりゴミを捨てたり、そういったお仕事が多かったです」

「へ、へえ〜」


何を語り出すのか気が気ではない。シルクは引き攣った笑みを浮かべた。


「お仕事をする中で気付いたことがあります。あるときから急にゴミが増えたんです。……大量の晶響器です。かなり長時間使用しないと、あの量にはならないでしょう」

「ふうん……?」

「ですが、お嬢様は侍女がいる間は晶響器を使用されません。また昼と夜、決まった時間帯には人を部屋に入らせないようにしています。そしてその時間帯、部屋からはお嬢様の話し声が微かに聞こえてきます」


冷や汗が止まらない。生唾を飲み込もうとしたが、口の中がカラカラでそれすらできなかった。


「初めは誰かとお話でもされているのかと思ったんです。ですがお嬢様の交友関係をみる限り、そういった方はいらっしゃらないようでした。なので疑問だったんです」

「ん、んん……」

「そしてお嬢様と接する機会が少しずつ増え……気が付きました。お嬢様のお声がキヌカ様によく似ていることに」

「……」


もう相槌すら打てない。断崖絶壁に立ち、隅までじわじわと追い込まれているようだ。

それでもまだ、シルクは悪あがきをした。


「えー、えっと。でも、声なんていくらでも似てる人いるでしょ。そんなのは証拠にならないわよ」


ポプリの追撃は終わらない。


「……キヌカ様がよく話題に出す『ヒマワリさん』。あれってマリー先輩のことですよね? 先日の放送で『ヒマワリさんが素手で魔獣を倒して食べた』と言ってましたが、ちょうどその前日の晩、洗濯室で血みどろの制服を洗うマリー先輩を見かけました」


魔獣とは言っても弱った小型の鳥の魔獣だった。配信では少し話を盛ったのだ。ポプリはマリーのことを超人だと勘違いしていそうで歯がゆい。

訂正したいが、自分がキヌカだと認めるわけにはいかない。シルクはしらを切ることを選んだ。


「血……? ケチャップじゃない?あの子よく食べるし、豪快に食べすぎてこぼしたのよ。うん。きっとそう」

「いえ。あれは血の匂いでした」

「あー、じゃあ、生理とか」

「あの量出たら失血死ですよ。あれはマリーさんの血じゃないはずです」

「………………」


逃げ場がない。


刑事に追い詰められた犯人が崖下に垂直落下していくイメージが脳裏に浮かんだ。もうここまでだ。

シルクは自白した。


「……そうよ。私がキヌカよ」


ポプリの目的は何だ。これをネタにお金でも強請ゆする気か……?

そう思って身構えたが、その反応は予想とは違っていた。


「やっぱり……!」


ポプリはぱあっと目を輝かせ、シルクの両手を握り締めた。


「あのっ! 私キヌカ様の大ファンで、キヌカチャンネルが毎日の楽しみなんです!」

「……え?」

「お仕事に慣れなくて辛いときも、キヌカ様のお話を聞いて元気を貰ってたんです。ご本人に会えるなんて、わたし……わたし……!ううっ」


ポプリは大声をあげて泣き出した。その声は屋敷中に響き渡る。あまりに豪快な泣きっぷりにシルクはぎょっとした。


「え、えっ。ちょ……ポプリ?」


シルクがオロオロとポプリの周りをうろついていると、扉が勢いよく開け放たれる。


「ヤダ〜! お嬢様が新入りを泣かせてるぅ!」


頭にサングラス、首から花の飾りを下げ、アロハシャツ姿のマリーがブルーハワイのドリンクを飲みながら姿を現した。肌もこんがり焼けている。完全に浮かれた格好だ。


「違うのマリー。これにはワケが」

「うわあああぁぁぁぁん!」

「あっ、落ち着いて!」

「いーけないんだ!」

「マリーは茶化さない!」


地獄絵図だ。シルクが己の声帯をフル活用してあやし続けたことで、ようやくポプリの嗚咽が止んだ。


「……それで、実際何があったんですか?」


マリーはズゾゾゾゾッ!とうるさい音を立ててドリンクを飲み干しながら尋ねる。

この光景を見られて言い逃れはできず、渋々、マリーにも事情を話すことにした。しかし意外にもマリーの反応はあっさりしたのものだった。


「あー、やっぱり」

「『やっぱり』?」

「不思議だったんです。いつも部屋の灯りが遅くまでいているから」

「あー……。バレてた?」

「配信をしてることは知りませんでしたけど、なんかコソコソしてるなーとは思ってました」

「そっか……」


シルクはショックで真っ白になった。

迂闊うかつだった。こんなにあっさり身バレするなんて。前世はそれが原因で死んでいるのに、学習しないにも程がある。

シルクは八つ当たりのようにマリーを睨んだ。


「ていうかマリー。何そのふざけた格好。せめて着替えなさいよ」

「へへへ。お土産もありますよ」


そう言って恐ろしい形相の人間が象られた置物を寄越した。えも言われぬ禍々しいオーラを放っている。シルクは無言でそれをはたき落とした。


「嫌がらせ……?」

「違いますよぉ!」


マリーはすかさずそれを拾うと押し付けてくる。シルクは必死に押し返す。いつまでも勝負はつかず、睨み合いが続く。

そのとき、ポプリがぶり返すようにまた泣き出した。


「!?どうしたの」

「キヌカ様とそんなに仲良しだなんて羨ましい! ……ううッ、私だってキヌカ様のこと大好きなのに! ……ひっく」

「泣かないでよ……」


その隙にマリーはシルクの手に置物を握らせた。あ、と思ったときにはもう遅い。マリーはそっぽを向いて下手くそな口笛を吹いた。やられた。

シルクは渋々置物を引き出しの奥に仕舞い、咳払いをした。


「……一つ言っておくけど、私が配信をしてることは他の人には絶対内緒ね」

「もちろんです」


マリーはにやにや笑いながら答え、ポプリは真剣な顔でこくこくと頷いた。


「……よろしい」


シルクはふう、と息を吐く。バレたのなら仕方がない。むしろ、これはいい機会なのかもしれない。

シルクは幾分か表情を和らげると手のひらを差し出した。そして微笑む。


「じゃあ、これから二人には私の配信活動のサポートもして貰うわ。いいわね?」

「!」


二人は目を見開くと、嬉しそうにシルクの元に駆け寄ってきた。そのまま熱い握手を交わす――かと思いきや、次の瞬間には三人で円陣を組んでいた。


(アレッ?)


そしてぐるぐる回り始めた。マリーが雄叫びを上げる。ポプリも共鳴する。何かの儀式みたいだ。……思っていたのと違う。


(この二人に頼んで大丈夫……よね?)


早くも先行きが不安だ。

何はともあれこの日、たった一人で始めた配信活動に頼もしい助っ人達が加わったのであった。

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