第13話 ポプリ

『私の男友達の話なんですけど、本ッ当に愛想がないんです。名前は――そうだな。クロさんって呼ぼうかな。何聞いてもはいしか言わないし、にこりともしないんです。さすがにここまでくるとわざとなんじゃないかって気がしてくるんですよね〜』


テディは慣れた手つきでティーカップにコーヒーを注いだ。角砂糖はなし。ミルクもなし。目が覚めるくらいに濃いブラックコーヒーだ。


『皆さんの周りにもこういう人いません?顔は良いのに残念な人。現実はおとぎ話じゃないんだから、そういう態度をとられると冷めちゃいますよねー』


執務の傍ら晶響器に耳を傾けていたレイヴンがぼそりと呟く。


「なんだこの男。最低だな」


ガシャーン、と派手な音を立ててティーカップが粉々に砕ける。顔を上げれば、執務机の向こうでテディが顔を引きらせていた。


「落としたぞ」

「……公爵様。それ、本気で言ってます?」

「?」


この顔は本気だ。テディは寒気を覚えた。

テディはティーカップの破片を拾い集めながら、何気ないふうを装って話を続ける。


「いえ。私の近くにもこういう人いるなーと思って」

「そうなのか。そいつもこの放送を聴くべきだな」

「……」


どの口が言うか。


テディは心を無にして掃除を終えると、淹れ直したコーヒーをレイヴンの元に置いた。


「でも、確かにこの放送は参考になりますね。クロさん? って方ほどじゃなくても、微笑むだけで相手からの印象はぐっと良くなると思いますよ」

「そういうものなのか?」

「そういうものです!」


そう即答すれば、レイヴンはペンを持つ手を止めて何かを思案するように黙り込んだ。

テディはちらりとその顔を眺める。


(……これは、珍しい)


三百六十五日、年中無休で無表情。国王陛下に拝謁したときですらあの調子でどれだけ肝を冷やしたことか。

今までさりげなく愛想のなさを指摘しても無反応だったのに、己の態度について考える日が来ようとは。


(キヌカさん万歳!)


テディはひっそりと晶響器に向かって手を合わせ、拝んだのだった。


***


「――それで、今まで散々愚痴ばっかり言っちゃいましたけど、本当は別に悪い人じゃないんですよ。最近知ったんですけど、クロさんにも意外とかわいい所があって憎めないというか……」


そのときノック音が聞こえて、シルクは慌ててまとめに入った。


「じゃあ今日の所はこの辺で! また夜にお会いしましょう」


晶響器の蓋を閉じると赤い光は消え失せ、元の無色透明な魔晶石に戻る。それと同時に扉が開いた。


「失礼します」


入ってきたのは小柄で大人しそうな侍女だった。ダークブラウンの瞳をしており、短いオリーブ色の髪を一つに結っている。見た感じシルクよりも年下のようだ。


「この時間帯は一人にしてって言ってたはずだけど」

「す、すみません!」

「今度から気をつけてね」


シルクは晶響器を片付けながら、慌てたように頭を下げる侍女を眺めた。


(そういえばマリー、今休暇中だっけ)


数日前、マリーはバカンスに行ってくるとピースをしながら報告してきた。一日に何度もその話をするので少し鬱陶しかったが、伯爵家は福利厚生がしっかりしているようで何よりだ。


「あのっ、お嬢様に招待状が届いております」

「招待状?」

「その……王宮からのようです」

「えっ?」


差し出された手紙はこの国を象徴する不死鳥の印で封蝋されている。中身は建国祭の日に宮殿で開かれるパーティーへの招待状だった。


何故こんなものが届いたのだろう。王宮に知り合いなど……。……一応、いるが。まさかまたあのお茶目な王女様の仕業なのだろうか。


「こういうパーティーって一人で行くものなの?」

「いえ。基本的にはパートナー同伴だと聞いています」


(パートナー……)


シルクは表情に乏しい婚約者の顔を思い浮かべた。

ただでさえ忙しそうなのに来るだろうか。誘うことを想像するだけで気が重い。


(適当に理由を付けて断ろうかな……)


シルクは溜め息を零すと、招待状を引き出しに仕舞った。


(……ん?)


そのとき、先程の侍女がこちらをじっと見ていることに気が付いた。


「まだ何か?」

「い、いえ! 失礼します!」


侍女は一礼すると慌てて部屋を出ていった。


「?何だったのかしら」


まあ大方の予想はつく。シルクの美貌に見とれていたとかそういうのだろう。

だがその日、食事中も着替え中も入浴中も、一日中あの侍女からの熱烈な視線を浴び続けた。


「あそこまで見つめられるとさすがに落ち着かないわね……」


そして、夜。仕事を終え、例の侍女はぺこりと頭を下げて部屋を後にしようとした。


「では、失礼します。おやすみなさい……」

「ねえ、あなた」

「は、はいっ!」

「名前は?」

「ポプリと……いいます」


侍女――ポプリは恥ずかしそうに俯き加減で答える。不慣れな感じが初々しい。


「ポプリ。何か私に言いたいことでもあるの?」

「えっ!」


あからさまに動揺している。シルクは余裕を醸し出しながら微笑んだ。


「言ってみなさい。怒らないから」


(さあ、好きなだけこの美貌を褒めてくれてもいいのよ?)


「えっと……」


ポプリはしばらくもじもじしていたが、やがて意を決したように口を開いた。


「あの……お嬢様って、キヌカ様なんですか?」

「!?」

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