第3話 侍女の自分語りが長すぎる
「お嬢様、失礼いたします」
扉が開かれ、現れたのは朝とは別な侍女だった。年の頃は二十歳前後だろうか。涼やかなアイスグレーの瞳をしており、肩につくくらいのライトブラウンの髪は軽く外に巻かれている。
(あら、キレイな子)
目鼻立ちがはっきりとしている。作中屈指の美少女であるシルクには及ばぬとはいえ、間違いなく美人の部類に入るだろう。
「お食事をお持ちしました」
侍女はキッチンワゴンを押して部屋に入り、次々料理をテーブルの上に並べていった。
「いい匂い! 全部美味しそう!」
シルクが前のめりになって歓声を上げると、侍女は驚いたように動きを止めた。
(まずい、怪しまれたかしら)
豪華な料理につられてはしゃぎすぎた。どうにか誤魔化さなければ。
シルクは不自然に視線を彷徨わせた挙句、目に付いたティーポットを手に取った。
「あ、ああー喉が乾いたなー。紅茶飲んじゃおーっと」
棒読みでそう宣言してティーカップを手元に置く。中身を注ごうとした瞬間、侍女にティーポットを掴まれた。
「私が淹れますので!」
「いいからいいから」
「お嬢様にそんなことをさせる訳には!」
「いいからいいから」
「ですが……!」
「あ、そう?」
そこまで言うなら、と手を離す。すると侍女は勢いよく後ろに転倒し、後頭部をしたたかに打ち、中の紅茶を顔面にぶちまけた。
「!?」
紅茶を浴びたまま、侍女は死んだように動かない。シルクは肝を冷やした。
「ご、ごめんなさい。わざとじゃなくて……」
シルクは恐る恐る侍女の前にしゃがんだ。前髪が紅茶で張り付いていて表情はよく見えない。
「あの……」
あまりの反応のなさに不安を覚え始めた頃、侍女はひとりでに上体を起こし、顔を上げた。その瞬間シルクは硬直した。
「誰!?」
そこにはのっぺりした顔の見知らぬ人がいた。
彼女はシルクの反応を不審に思ったのか首を傾げる。……一拍置いて、何かに気付いたように姿見を振り返った。その途端、顔面蒼白になった。
「ぎゃあああああ!」
「ええと……?」
ここは魔法が存在する世界だったはず。ということはこれも魔法だったりするのだろうか。変身魔法……みたいな?
いずれにせよ紅茶をかぶったままなのはよくない。シルクはおずおずとタオルを差し出した。
「大丈夫……?」
「……!」
彼女はそれをひったくるように掴み、ヤケクソみたいにゴシゴシと顔を拭った。タオルには肌色のものがべったりと付着した。
かと思うと、今度はシルクの顔を真っ直ぐ見据える。相変わらずのっぺりした顔だが、覚悟を決めたかのような凛々しい表情にシルクはたじろいだ。
やがて彼女は口を開く。
「私、マリーと言います。見ての通り本当はドブスなんです」
「え、ええ……?」
マリーは立ち上がると窓辺に歩み寄った。そして窓の外にゆっくりと視線を移す。まるで物語の主人公にでもなったかのような切ない眼差しで。
「――あれは一年前のことでした」
「え?何?え?」
何もない所からスポットライトがマリーを照らし始めたように見えるのは目の錯覚だろうか。シルクの狼狽などお構いなしでマリーは語り始めた。
「私は田舎育ちで、幼い頃から農家の両親の手伝いをしていました。故郷の村は子供が少ない所で、私は村のみんなからかわいいかわいいと愛されてきたんです」
「は、はあ……」
「だけどこの村には同世代の子がいないからこのままじゃ結婚ができない!そう思った私は一念発起し村を出ることにしました。まだ見ぬ王子様を求めて……」
長くなりそうだと察したシルクは椅子に腰掛けてステーキをむしゃしゃと頬張った。さすがは伯爵家のお抱えシェフ。うん、美味しい。
「都会に出た私は浮かれていました。かわいいドレスを着てカフェにでも行けば王子様の一人や二人、十人や百人、出会えるものだと」
シルクはスープを啜りながら適当に「それで?」と相槌を打つ。
マリーは悲劇のヒロインのように瞳を潤ませ、ゆるゆると首を振った。
「それが大きな間違いだったんです。カフェに開店から閉店まで居座っても、私は誰にも声をかけられませんでした。なので思い切ってこっちからアプローチしてみたんです。でも、そのときに言われたのが……」
『あっちいけ、ブス!』
男は顔を歪ませて邪険にマリーを追い払った。
「そのとき悟ったんです。私はブスなんだって。村のみんなはかわいいって言ってくれたけど、そうじゃないってことを……」
シルクはシャンパンに口を付けながら配信者時代のコメント欄を思い出した。どの世界にも口の悪い奴はいるもんだ。
「……それで、どうなったの?」
マリーは寂しげに微笑み、そっと胸に手を当てた。
「私はそれを受け入れることにしました。……でも、せっかくの都会暮らし。満喫しなきゃ損でしょう?そこで私は仕事探しを始めました」
そろそろ話も佳境に入っただろうか。シルクはサラダに手を伸ばした。
「でも、この容姿のせいかなかなか雇って貰えなくて、このまま田舎に帰るか本気で悩みました。……そんなときに知ったんです。メイクの魅力を」
鬱々とした気分で訪れた居酒屋。そこでたまたま相席した綺麗な女性にメイクを施され、自分が別人に変化する過程に魅了された。それからメイクにのめり込み、研究を重ねるうちに特殊メイク級のメイク術を身につけた。そして作り込まれた顔面を武器に、無事にこの伯爵邸の侍女として雇われたのであった。
「へえ……」
思ったよりも真面目な話だった。シルクはケーキを頬張りながらマリーの顔をじっと見た。
「でもブスって言うのは卑下しすぎじゃない? 確かに印象は薄い顔立ちだけど……メイク前の女子なんてだいたいそんな顔でしょ」
「でも、お嬢様はすっぴんでもお綺麗じゃないですかー!」
「それは……」
否定はできない。シルクほどの容姿だと謙遜すら嫌味に聞こえるかもしれない。シルクは咳払いで茶を濁した。
「……そんなことより。マリー、あなた天才じゃない?そのメイク技術は誇るべき才能だわ。今度私にもメイクしてくれないかしら」
「……!」
その言葉にマリーはぱあっと顔を輝かせた。メイクをしていなくても、この笑顔は素直で魅力的だ。
「はい、お嬢様!」
「じゃあ、とりあえずメイク直したら?そのまま部屋を出たら他の使用人がびっくりするだろうし。私の化粧品も好きに使っていいから」
「はい!」
マリーはドレッサーの前に座ると慣れた手つきでメイクを始めた。
シルクはデザートのパフェを口に含みながらマリーの顔が出来上がっていく様子を眺めた。砂漠に花園でも出現したかのようだ。まさしく神業。
「どうです?お嬢様」
マリーはくるりと振り返ると、したり顔でそう尋ねた。いかにも自信満々なその表情を見ていると思わず笑みが零れた。
「やるわね」
「でしょう? ……ていうか、シルクお嬢様ってこんなに話しやすい方だったんですね。知りませんでした」
「ああー、うん。ま、まあね?」
それは私じゃないから、という言葉は飲み込む。
「綺麗だけが取り柄の根暗だと思ってました」
「待って。マリーあんた口悪くない? しばくわよ」
「すみません田舎モンなもので」
「……」
ぎろりと睨んでもマリーはどこ吹く風だ。小憎らしいが、こんなやり取りを誰かとしたのは久々で、正直あまり嫌な気はしなかった。
「……ふ、」
シルクは堪えきれず吹き出す。そして声を上げて笑った。
「お、お嬢様?」
「ううん、何でもないわ……ふふっ」
シルクは目尻に浮かぶ涙を拭った。こんなに笑ったのはいつぶりだろう。
(なんだか、友達ができた気分)
小説の世界に転生するという非現実的な出来事は案外すんなりと受け入れられたが、突然命を失い、知り合いもいない世界に紛れ込み――本当は少し心細かった。
まだまだ不安ばかり。どうすればハッピーエンドを迎えられるのかなんて皆目見当もつかない。
だけどたくさん笑って気持ちが緩んだら、何もかも、なんとかなりそうな気がしてきていた。
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